<甲十七 ―――――――>

 ジミーは手持ちのぐしゃぐしゃになった地図と、小さなコンパスをたよりにバイクを走らせ、どうにか実験隊の基地に戻ることに成功した。

 日はとっぷりと暮れ、傘のかかったお月様がぼんやりと飛行場を照らしている。

「ただいま」

 くたくたになったジミーは、仕事帰りのお父さんみたいに基地舎に戻った。

「おお、生きてたー。バイクで帰ってきたのか」

 静かな部屋に一人、書類に埋もれる男が居た。

 パイロット達が寝てしまった後も忙しい、補給主任のテイラーだ。

「よかった~。電話くらい入れろよな~」

 テイラーは書類を見ながら、顔もあげずに答えた。 

「寝ていいですかね」

「いいよ。司令には僕から……あら」

――どたっ

 鈍い音がしたので顔を上げると、ジミーが部屋の隅にあるソファーで伸びていた。

「もぉ~、まだ四月だよ。夜は寒いのに」

 テイラーはそう言いながらも、ちょっとしわしわな自分の上着を取って乗せてやった。

「さて、こっちもこの辺で休もうかな。場所取られちゃったから、仮眠室でも行こう。ふわぁ~」


――どさっ!

「いてて。ああ、着くなりねちまったのか」

 眠りこけていたジミーはソファーから落っこちた。

 時計を見ると午後十時。二時間半ほど寝てしまったようだ。

「あはは、誰もいねえや」

 灯火管制で部屋も街も真っ暗。窓の外には、ぼやけた月だけが明るい。

 その月の下の方に、いくつかの光る点が見えた。

 「なんだ、曇ってるのに」と窓の方によると、突然けたたましくサイレンが鳴り出した。

 スピーカーから『空襲警報!』という声が鳴り響き、地上のあちこちから、サーチライトの光が伸びて、垂れ込めた雲を照らす。

 それから一分と経つか経たぬかのうちに、皆がどたどたと飛び起きてきた。

「ジミーじゃないか。大丈夫か?」

 先頭に居たワトソンが声をかけた。

「無事です。帰って来るなり、くたびれてここでダウンしてました」

「そうか。無事で何よりだ。飛べるか?」

「イェッサー」

「よし、行くぞ!」

 さすが実験隊のメンバーは強者ぞろいで、寝起きでもしっかりとした足取りで各部署に向かった。

 だが、エンジンをかけようとした頃には、既に爆撃機は真上に来て、爆弾を落とし始めていた。

「退避せよ! たいひーーーー!」

 このままでは危険なので、皆退避壕に走った。

「な、なんだ。異様に早いな」

 ジミーは壕に飛び込みながら言った。

 隣にはいつの間にか出てきたテイラーが居た。

「ナイショ、でも何でも無いけど、ドーバーが今えらい騒ぎなんだ。レーダー網も大変で、どうしても警報が……どひゃあ!」

――ずどーーーん!

 大型爆弾でも落ちたのか、直下型大地震のような凄まじい地響きがおきた。壕の中でも埃が舞う。

「い、嫌に正確だなぁ。誰か誘導してるのか」

「テイラー准将、来る途中で怪しいドイツ人がいて、つかまえ損なったけど、橋の爆破を阻止、ぶわっ!」

――どかーーん!

 再び凄まじい地響きがおきた。近くにまた落とされたようだ。

「そうか。変な電波出してる奴が近くに居るかもね。調べよう」

「調べるって、准将、補給主任じゃなかったんですか」 

「雑用係だよ。何でも屋なんだよ~、まただぁ~」

――ぐわーーーん!

「これが収まらんと、どうにもできないよぉ」


 その頃、大陸に一番近い街ドーバーの海岸線は、それこそ余す所無く燃えていた。

 夕刻英戦艦部隊を撃破した独艦隊が、海岸沿いに舳先を並べて猛烈な艦砲射撃を加えている。

 夜明けとともに陸戦隊を陸揚げするための、徹底した下地作りだ。

 轟音とともに数百発の巨弾が打ち込まれ、何もかも無くなってしまいそうな破壊が繰り広げられている。

「すげえ、視界が真っ赤だ」

 ルドルフはゼーイェガーの船縁に立って唖然とした。

 海から見る火の海。人々は何処に逃げるのだろう。

「コラ、ぼうっとしてないで、動かんか」

 突っ立っていたルドルフを水雷長が引っ張り、「すんません」と仕事に戻る。

 彼らゼーイェガーの部隊は英艦隊と交戦の後、大陸伝いに移動してドーバーの近くで再集結していた。激しい戦いの末。数は四十隻ほどに減ってしまったが、まだ戦える。

 そして今、三十四号艇は横付けした補給艦から燃料や弾薬を受け取っている所だった。

 箱詰めになった荷がクレーンで降ろされ、それを開けて所定の場所に運ぶ。

「ルドルフ、早く!」

 オスカーが呼んでいる。

 大きな魚雷は何人も集まってアームの所まで動かし、そこで取り付けていた。力自慢のルドルフがいないと、どうにもはかどらない。兵士は皆疲れていたが、補給を済ませないと、明日に差し支える。

 それから何十分か何時間か経ち、オスカー達が休養を命じられた頃、既に艦砲射撃は終わっていた。

「いちにいさん……あれ、ちょっと減ったような。まあ、俺たちには関係ないか」

 燃え盛る炎に照らされて、何隻かの軍艦が居るのがオスカーの目からもよく見えた。そして、それに続く上陸部隊を乗せた輸送船も。

 明日こそ本番の上陸作戦だ。

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