< ――――――――乙六 >

 翌未明、真っ暗なうちに加藤たちは叩き起こされ、明け方の出撃を命じられた。

 いつの間にか整備された隼や九七式重爆などの機体。

 総勢六十機ほどが、朝日に照らされて、北海道の空を北上していた。

 加藤は隼を駆りながら、人知れず歯ぎしりした。

「間違いなく、あれがそうだった」

 潜水艦探しをしているさなか、視界の隅に入ったフネだ。

 あれを報告していれば今頃、と思わずにはいられない。

 心のどこかで、報告したところで防げない事は分かっていた。それでも、何かできたという思いは尽きない。

 そして……

 その先を考える前に、敵が見えてきた。

 ここで二手に分かれる。

 艦砲射撃で焼かれた樺太西岸を進む陸上部隊と、さらに砲撃を加えようとしている沖合の艦隊だ。

 加藤自身は沖合に向かう。

 三連装砲塔が前に弐基、後ろに一基。

 太った『加賀』のような姿の戦艦を中心に、大小の艦艇が並んでいる。

 どこかの飛行場から上がってきた護衛戦闘機が、艦隊上空で待ち受けていた。

「なんともこれは」

 見えてきた姿に、あぜんとする。寸詰まりで、どうしようもなく不細工なのだ。

 だが見た目で判断してはいかん、と気を引き締める。ソ連の航空戦力は未知数だ。

「イチゲンサンだ。気ぃ引き締めろ。突撃!」

 無線を開いて部下たちに命じ、自分も真っ先に突っ込んだ。

 護衛のソ連機が、回避する気があるのかないのか、異様に鈍い動きで旋回を始める。

 きっと油断しているのだ。今が好機と、一塊の編隊のまま一撃を加えた。

 手応えあり、と振り向く。

 多数の敵機が炎や煙を吹いて落ちていくのが見えた。

「散れ! 油断するな!」

 隼は散開して残りの護衛にとびかかり、瞬く間に壊滅させてしまった。

「どういう、ことだ?」

 加藤が困惑している中、後から来た重爆が一番大きな目標めがけて爆弾をばらまく。

 黒い塊がバラバラと落ちて、ほとんどが外れた。

 数発が命中して火災を発生されているが、さしたる打撃にはなってないだろう。

 そもそも、陸軍は対艦装備は持っていないし、動いている軍艦へはろくに攻撃訓練もしていないところで当てたのだから上等というものだった。

 陸上に向かった方は、敵の侵攻部隊に攻撃を加えているはずだ。

 そう思いながら、攻撃を終えて引き返す。航続距離に余裕がある重爆以外は、指定された北海道の陸軍飛行場に降りる予定だ。

 ぼちぼち煙を上げる敵艦を後にして、加藤はふと違和感を感じた。

「戦艦といえば、火山みたいな対空砲が迎え撃ってくるものではないか」

 重爆の攻撃など当たらぬとみたのか、よほど装甲に自信があるのか。

 油断大敵と、海軍に伝える必要があると加藤は思う。

 夕方までには、千歳の飛行場から対艦装備を整えた海軍機が大挙してくるはずなのだ。


 

 陸軍機が空襲をかけている間に、『山城』はじめ西村艦隊は昼過ぎに対馬海峡を抜け、艦隊最大速力に近い十八ノットで北北東に驀進していた。

 この時ばかりは、日本列島の長さが疎ましい。

「なんだか、やたら陸上機が来てるな」

 宇佐美は暇そうに空を見上げた。

「いや、海面を見ろよ」

 巽がつついて、水面をさした。

「ん、まあ」

 この速度で移動しながらだと、水上戦闘機の出番はない。出ることはできるが、止まれなければ回収できないのだから仕方ない。

 だが、飛んでいるのは味方ばかりで、巽の機銃も出番がないのはある意味悪いことでなかった。

 この状況、二人にやれることといえば、水面の見張りくらいだ。

 前方については、心強いことに途中で合流した最新鋭軽巡『利根』『筑摩』と駆逐艦からなる艦隊が先行し、飛んでいる航空隊と共同で対潜警戒に当たっている。

「海面といっても、追いかけてこられる潜水艦なんてないしなぁ」

「浮上したら分からん」

「ここで浮上? んな阿呆がいるか」 

「いた! いたいたいた」

 突然、艦隊のど真ん中に潜水艦がどぼんと浮いてきた。

 潜望鏡どころか、丸ごとだった。

「落ち着け、宇佐美。上にしらせ……」

「いたいた、い? あれま」

「もう気づいてやがる」

 すぐに駆逐艦が寄ってきて、砲撃を始めた。

 近距離からの攻撃となり、すぐに命中弾がでる。

 その潜水艦は短時間のうちに連打をうけ、魚雷一つ放つことなく猛炎に包まれ、十分ともたずに沈んでいった。

「阿呆か」

 その様子を見ていた巽が、呆れて言った。

「そうでもない、多分」

「なにが?」

「居場所が、われた」

 もそっと、重大なことを口にする宇佐美だが、あまり表情は変わらない。

 巽が「ふむ」と隊列に戻る駆逐艦を目で追う。

「ふむふむ。むしろ、わざと目立ってるのかもな」

「阿呆か」

 宇佐美はさっきの仕返しのように言った。



 日没直前、海軍の零戦や九六戦が、加藤のいる稚内近くの飛行場にわらわらと降りてきた。

 降りてきた搭乗員たちは、示し合わせたように微妙な表情をするという器用なことをしていた。

 加藤が、まだ元気そうな艦戦乗りを一人捕まえて話を聞くと、しばらく考えたあと、こう答えた。

「あいつら、からっきし弱いんだけど、なんぼ落としても次から次に湧いてきやがる。戦果は上がってるが、勝った気がせん」

「湧いてって、どのくらいだよ」

「たくさーん!」

 艦戦乗りは、お手上げとばかりに投げやりな返事をして、逃げるように去っていった。

「沢山て、おい」

「そっとしてやってはくれんか 」

 さらに話を聞こうとする加藤の背中を、ベテラン搭乗員が叩いた。

「みな、実戦経験は皆無でな」

「そいつはまぁ、そう………おお、江草少佐!?」

「陸さんに知られてるとはね。いかにも江草だ。大佐だけどな。んあ? 『蒼龍』なら対潜部隊に使って貰ってる」

「自分は、加藤。少佐であります」

「知ってる」

 お互い、この界隈では有名人だった。

「加藤少佐は、確か先に相手をしたと思うが、露助の戦闘機は確かに弱い」

「同意だ。だが、あの様子は」

「今しがた、聞いた通りだ。駄菓子に群がる蟻みたいに、わらわらと集って来やがった。おかげで、肝心の敵艦は補足できずに、爆弾はやむなく敵の陸上部隊に落としてきた」

「対艦爆弾を?」

「対艦爆弾どころか、魚雷もだ。捨てるよりはマシだ」

 対艦兵器は分厚い装甲を叩き割るために作られていて“点”に対しては強力だが、戦車や歩兵を“面”相手には向かない。魚雷など、ただの重たい棒だ。

 とはいえ、どの道ぶら下げたまま着陸出来ないので、どこか、どうせなら敵の上に落としてくるしかない。

「集ってくる敵も問題だが、加藤殿」

 江草はちょいと手招きして、加藤を寄せた。

「民間人に、かなり犠牲が出ている。露助ときたらお構いなしだと」

「ナニ!?」

「しーっ、知れ渡ったら士気に響く。さっきの爆撃で、少しは避難の時間稼ぎになっていれば良いのだが」

「それは一大事。で、現地の兵隊さんはどうでありますか」

「分からん。貴様こそ陸軍だ、上に聞いてみたらいいのでは。んあー、加藤殿は陸さんなんだから余り階級気にせんでくれ」

「そうだな、江草殿」

 ここで長話もできす、二人はわかれた。

 見回すと、かき集められた爆弾や銃弾が、次の出撃のため運ばれているようだった。

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