<甲十一“海の戦車_2nd”――>
「今だ、行けぇーーーーーー!」
右前方の重巡の土手っ腹に、誰かが放った四本の水柱が上がった瞬間、艇長の怒号がオスカー達の方まで響き渡った。
直後、水雷長が「魚雷戦よーーーーい」と大声で命じた。
「ルドルフ、いくぞ」
「よっしゃ!」
どうせ調子が悪いならと、魚雷のアームを動かすレバーを引くと同時に、二人で力一杯押した。
今度は一発でアームは水平に回転し、ぐおんと音を立てて舷側からまっすぐはり出した状態で止まった。
その先には魚雷が二本、真正面を向いて釣り下げられている。
反対舷にも、後部から回転してきたアームが張り出し、両脇に魚雷を抱えたような形となった。
「ありゃ、オスカーはどこだ」
次の瞬間、さっきまで隣に居たオスカーが消えた。
「ここだー」
「なにやってんだー」
「たすけてー」
消えたオスカーはというと、なんとアームの先に引っかかって、魚雷のさらに向こうでぶらぶらしていた。
少し高くなってきた波が、ぶら下がった足をすくおうとする。
「どうしろと」
「なんとかして、うぎゃー!」
近くに落ちた砲弾が水柱を上げ、オスカーは思いきりそれをかぶってしまった。
が、とりあえずまだそこにいる。
「がまんしろー」
「なんだとー、薄情もの~、イケズ~」
オスカーが必死で何を言おうとも、そう簡単に魚雷は元に戻せない。
「敵は目の前だ、もうちょっとだけ我慢しろい!」
それに気付いた水雷長が声をかけた。
「ヤー! なるべく早うたのんますー!」
波をけたてて、三十四号艇は疾走する。
前方では今しがた魚雷を四発も喰らった巡洋艦が、大傾斜を起こして沈没しつつある。その穴に向かって、沢山のゼーイェガーが集まって来ていた。もちろん三十四号も、その群れに加わる。
反撃の十字砲火がそれを襲い、密集したゼーイェガーを次々と沈められて行く。魚雷発射態勢に入っていると、動きも鈍く脆かった。
――ババババ!!
「どひえー!」
機銃弾がぶら下がったオスカーのすぐ下で飛沫を上げる。
反撃は確かに激しい。
だが、既にゼーイェガーは大多数による飽和攻撃態勢に入っていた。
わらわらと重巡の抜けた穴に向けて、さらなるゼーイェガーが集まる。
もはや、英側はその群れに対処しきれていない。
そしてある瞬間を境に、塞を切ったようにどっと戦艦めがけて押し寄せた。
丁度戦艦部隊の真横から突入する形になり、四隻中の二番艦と三番艦にあたる、『プリンス・オブ・ウェールズ』と『レパルス』に取り付いていく。
オスカー達の三十四号艇は、そのうち二番艦へまっしぐらに向かった。
『プリンス・オブ・ウェールズ』の巨体が目の前に迫っている。
「もうちょっとだ、頑張れー!」
水雷長が、励ましの声をかけるが、時折副砲弾が正面装甲にぶち当たり、その度に艇が震動してオスカーは振り落とされそうになる。
「もうだめ~~」
『びーっ!』
「今だ!」
――がこん、ばしゃばしゃ
もう限界か、というところでけたたましくブザーが鳴り、全魚雷が投下された。
至近距離用に調節された魚雷は、燃料を一気に使い、ものすごい勢いで突っ走っていった。
軽くなったアームは、急いでウィンチで巻き戻される。
そして、甲板に戻るなりオスカーも引き上げられた。
振り向くと、さっきまでぶら下がってた辺りに機銃弾が立て続けに着弾している。
「あっぶねー。ルドルフ、水雷長、助かったです」
「いいから、早く装甲板のところに」
くたくたのオスカーは、ルドルフに引きずられるように装甲板の陰に隠れた。
直後、身軽になった三十四号艇は急旋回して衝突を避け、『プリンス・オブ・ウェールズ』の後方から反対側に抜けていく。
「おお、やったぞ!」
抜けた所で、ブリッジが邪魔で見えなかったオスカー達も、ようやく戦果が確認できた。
『プリンス・オブ・ウェールズ』の舷側で、魚雷による水柱が続々と立ち上っては崩れている。ぱっと見ただけで、七本は命中していた。後続の『レパルス』にも、五、六本は命中している。
小躍りして喜びたい所だが、そうもいかない。
収まる様子の無い四方からの砲撃を切り抜け、生きて帰らねば。それには戦艦を挟み重巡の反対側に列を作る、軽巡部隊を突破しなければならない。
彼らの三十四号艇は全速で蛇行を繰り返し、なんとか離脱しようと試みている。
近くに砲弾が落ち、機銃弾がガンガンと甲板の何処かにぶちあたる。
艇後部では、機関砲が敵機銃の一つでも黙らせようと、砲身が焼き付きそうな勢いで撃ちまくっていた。
一方仕事を終えたオスカー達は、装甲板の陰に隠れてなんとか無事に済むことを祈るだけだ。
「魚雷?」
ふとルドルフが装甲板の隙間から外を見ると、ちょうど何号艇かの放った魚雷が、吃水の浅い艇の下をくぐっていくところだった。
それと同時に艇はくるりと魚雷に合わせるように向きを変えた。
ルドルフが一瞬首を上げると、斜め前方から迫る軽巡が見えた。
艇は真っすぐそれに向かって突き進んでいる。
正面を向いているため、一番頑丈な面が砲弾も銃弾もことごとく弾き返しているが、乗っている方は生きた心地がしない。
「あわわわ、ルドルフ大丈夫かな、な、な、な」
ガンガンドンドンと金属的な音を立て、そのたびに艇が震動する。
その音の半分はこちらの砲撃なのだが、オスカー達にそれを区別する余裕など無い。
一分ほどそれが続いた後、艇は少しだけ向きを変えた。それとともに後部機関砲がぐるりと回って、斜め前方を撃ち始めた。
ルドルフが「なんだ?」と、もう一度ちょっとだけ頭を上げて様子を見てみる。
「お、すごいぞオスカー。見てみろ」
ルドルフに引っ張られてオスカーが頭を上げると、ちょうど軽巡の艦首付近で魚雷による水柱が崩れ落ちるところだった。
オスカーは「さっきの魚雷か」と驚いていった。
軽巡は急激に浸水したのか、少し傾斜して行き足がばたりと止まる。
だめ押しとばかりに、三十四号艇からは機関砲が撃ち込まれ、装甲の薄い部分があちこちで破壊されて行く。
そしてタイミングを計ったようにぐいっと向きを変えて、軽巡の鼻先をかすめるように反対側に抜け出した。
「ぬけたーぁ!」
オスカーは思わず立ち上がって声を上げた。
ルドルフが慌てて引き戻そうとしたが、もはや敵の銃弾は襲ってくることは無かった。
このまま逃げ出せば、夜の闇が守ってくれることだろう。
彼らのような一般兵には今の所さっぱり分からないが、敵艦隊のそこかしこで上る炎や真っ黒な煙を見る限り、大戦果を上げたのは確かのようだ。
その煙を見ながら「やったなあ」とオスカーは呟いた。
そして、普通の若者なりに、その戦果と、それ以上にまだ生きていることを喜んだ。
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