<甲十二“ポーツマス沖海戦_1st”>
英艦隊が苦戦を強いられている頃、高木たち第一次遣欧艦隊は、フランスはチャネル諸島側から来た艦隊と砲火を交えようとしていた。
「敵さん、結構な数ですよ」
偵察機の報告を纏めてきた神中佐が言った。
司令官の高木少将は、ひげをさすりながら「結構、じゃ分からん」と聞き返した。
「ここからおよそ南西に百キロ。『ラ・ガソニエール』級巡洋艦四隻を中心に、二隻の旧型軽巡と駆逐艦が十隻以上になります」
「数だけ、かな。さて、その距離だと、間もなく空襲の圏内じゃないかな」
「はい。手はず通りに、動いております」
「よろーし。情報が錯綜しているが、どうやら英海軍がかなり苦戦しているようだ。さっさと片付けて、合流しようではないか」
ポーツマスを出て南下し、英仏海峡を抜けてきた英国艦隊と合流するはずだったが、あらゆる面でそれどころではない状況になっている。
高木でなくても、全力で合流を目指しているだろう。
「さっさと、ですか……」
神は驚き、言葉を詰まらせた。
高木が直接指揮するのは、巡洋戦艦の『金剛』と『比叡』、軽巡の『最上』と『三隈』だけ。
あとは後方、英本土沿岸に空母とともに遊弋させている。また、英海軍がひねり出してくれた戦力として、主に『トライバル』型からなる八隻の駆逐艦隊が、金剛の左側三千メートルあたりを並走していた。
神には、どう考えても「さっさと片付け」ることが出来るほど、戦力差があるとは思えなかった。
「あ、疑ってるな、神君。だから金剛級は、巧く使えば相当いけるのだよ」
そこに、若い参謀の津田少尉が「敵襲!」と報告してきた。
高木が「おいでなすったか」と空を見上げると、ちょうど味方の艦載機も到達した所だった。その一部が、直援のために艦隊上空にとどまる。
「神中佐、『うしろ』での作業は順調かな」
「はい、滞り無く」
『うしろ』こと沿岸の空母では、積みきれなかった予備機が、陸上基地から飛んで来て補給を行っているはずである。
「うまくやれよぉ。さて、こちらは、対空戦闘準備だ!」
南西の空には、ちょっと厚く垂れてきた雲と、ぽつぽつとした黒い点が現れてきていた。
シュツーカ(急降下爆撃機)とそれを守る戦闘機のメッサーシュミットMe109だ。
数は合わせて六十程度。
それに対して味方の零戦は三十ほどだ。
いささか旧式化したメッサーだが、改良を施してマシンとしてはそれなりに強敵に変わっている。だが、今回のメッサーはパイロットが今一つのようだ。百戦錬磨の零戦乗りたちに、追い回されている。
だが、数に物を言わせ、シュツーカが艦隊上空に迫って来た。
そこへ『金剛』と『比叡』の後部に並べられた、十二基ずつの連装両用砲が一斉に火を吹き、十二・七センチ砲弾を火山の噴火のごとく浴びせる。
が、相変わらず命中率はしれたものだ。なかなか当たらない。とは言え、凄まじい数の砲弾を放っているので、それなりに有効弾が出て、敵機をたたき落としていく。
そして、さらに近付いた相手には艦のそこかしこに装備された機銃が迎え撃つ。
一部のシュツーカはそれすら突破し、必殺の爆弾を次々と投下した。
しかしある意味、そこからが見物だった。
とにかく、何をやっても爆弾が当たってくれない。どの艦に対してもだ。
『金剛』をはじめとする高木指揮下の四隻は、呆れんばかりの操艦技術を発揮していたのだ。
投弾のタイミングを見切って、ひらりひらりと巨体を泳がせ避けて行く。
大きめとは言え軽巡である『最上』と『三隈』はともかく、巡洋戦艦である『金剛』と『比叡』までひらりひらり。
「あ、今度は危ないかも。ちょっと皆さん、伏せて!」
そんな『金剛』の桑原艦長だが、こんどは空を見ながら叫んだ。
空からは二機のシュツーカが、別々の方から襲って来ている。
だが、桑原の表情にはまだ余裕があった。皆が伏せる中、自分だけ立って舵をとっている。
「よーそろ、よーそろ、そろっ!」
爆弾が落ちてくる直前になって、桑原はさっとしゃがみ込んだ。それでもなお、片手で舵を掴んで、ちょいちょいと動かしている。
――ごん! ばしゃばしゃーん!
一つの固い音と、二つの水がはねる音が立て続けに起こった。
「もういいですよ~。ああ、危なかった」
桑原は再び起き上がると、危なくなさそうな口調で言った。
「いったい、どうしたと言うのだ」
遅れて起き上がった高木が言った。
「一発回避、一発直撃、被害なしです」
「回避は分かるが、直撃被害なしとは、何が起きたのだ?」
「『カド』で受けときました。あはは、うまくいった」
高木が「なんだそりゃ」と外を見ると、二番主砲塔の左の「カド」に焦げ跡のようなものができていた。『金剛』で一番頑丈な場所の一つである主砲の、そのまた「カド」で爆弾を弾いていたのだ。
「まったく、貴様は『金剛』の守り神だよ」
「どうも。でも、こっちの神さんは、相変わらずですが……」
桑原の指した先では、神中佐がうずくまって「くわばらくわばら」と唱えていた。
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