第六幕 北海の嵐 中

      七

「昨日の昼辺りから一度増えて、こんどは静まり返っている」

 傍受しているドイツ軍の通信量のことである。内容は分からずとも、量なら分かる。

「津田少尉、これをどう見る?」

 神はまだ若い津田に訊いてみた。

「大規模な作戦の前触れと思われます」

「おしいな。敵の作戦は、もう始まってるよ。艦隊がヴィルヘルムスハーフェンを出たと言う情報を、英情報部が掴んだそうだ」

「だとしますと、我々だけでその艦隊と戦うとおっしゃいますか?」

「いやぁ~。今頃、栗田中将の名前で、英本土に作戦第二段階がだされてる」

 神はそう言って艦橋の外に目をやった。

 日はとっぷりと暮れ、ややもやのかかった海上はうっすらとした月明かり。

「貴様は今のうちに寝ておけ。明日は夜明け前から忙しくなるぞ」

 神は振り向くとニヤリと笑った。月明かりに照らされ、ブキミである。

「は、はぁ」

「なに、高木少将だってやられに来たわけじゃないさ」

 そう言ってはみたが、神だってやっぱり怖い。

 地中海で『血の海』と化した艦橋が頭をよぎる。

(~~俺は本当の神じゃないぞ。神様、同類だったら俺を守ってくれよ~~)


         八

 英国はスコットランド東部の某飛行場。

「おいおい、まだ夜明けまでに何時間もあるっていうのに、なんだありゃ。格納庫の中身が全部出て来たみたいじゃねえか」

 坂井は宿舎からでてくるなり、一瞬で目が覚めた。

 滑走路の周りには、所狭しと月に照らされた飛行機が並べられていた。零戦だけでなく、九九艦爆やら九七艦攻やら、英国の重暴まで並んでいる。百機は下るまい。

 坂井は半分あきれながらもいつもの集合場所に行くと、書類を抱えた中隊長の笹井少尉が待っていた。

 そこに西沢、太田といった仲間もぞろぞろと宿舎から走ってくる。

「貴様ら!今日はちょっとした長旅だ」

 笹井は集合した面々を見据えていった。

「よって、搭乗前に弁当と飲み物を受け取ること。また、なるべく全員生きて帰って来い。以上だ」

 笹井はそう言って書類と畳むと、先に自分の分の弁当をとりに行った。

「西沢か? どこへ行くんだろう」

 坂井は視野に入りきれないほどの飛行機を見ながら言った。

「し、しらねえよ。ていうか、おい! あれを見ろよ」

 少し離れた所で待機している東洋重工製九九艦爆を指した。

 東洋重工は、広島の東洋紡績に端を発し、三輪トラックがバカ売れしたのを皮切りに、急激に伸びて来た企業。いつの間にか、飛行機まで作るようになって来ていた。

 従って採用である。

「なんだよ、坂井。ん? 足が妙に太いな」

 九九艦爆の固定脚、その付け根が妙に太い。

「それに『足首』のあたりにもう一枚ハネが生えてて、複葉機みたいだ」

 二人はまじまじと(遠目に)その艦爆を眺めた。

 そこへ「おい」太田が声をかけた。

「貴様ら、何ぼさっとしてやがる。弁当が無くなっちまうぞ」

「あの艦爆、何か変じゃないか?」

「コンポジット・タンクだよ、あれが。坂井は知らんのか」

「初めて見た。ナニ、あれが航続距離を大きくのばしたヒミツってやつか?」

「ああ。聞いた話じゃ、アレ一つで東洋重工が愛知から採用を奪い取ったらしい。紡績屋が、豆トラ屋にくら替えして、飛行機屋になっちまった」

 彼は忘れていたが「あれ一つ」だけではなかった。

 愛知の試作機より頑丈で積載量が少し多いが、結構重い。だが、頑丈が故にカタパルトに対応でき、飛び立つのに困らなかった。もちろん、荷物を減らせばカタパルト無しの小型空母からも飛び立てる。

「なるほどな」

 そう言ったことに割と無頓着な坂井は納得してうなずいた。

「でも、どことなく中島っぽくないか?」

「エンジンが栄だから、しょうがないさ」


「やれやれ、やっと俺の番か」

 坂井はちょっとため息をつきながら言った。

 さらに足の遅い爆撃機などが先に飛び立ったため、発進までずいぶんと待たされていた。

 誘導員の旗が振られ、いざ発進!

――ブォォォォォン!

 一二五○馬力と、今となっては大したことの無い「栄」エンジンがうなり、彼の機を猛然と加速させる。そして、滑走路を半分ほど使った所で、機首を上げ、ふわりと舞い上がった。

 そのまま上昇し列機と合流したところで、笹井から隊内無線の声が入った。

『全機、友軍機と共に南東に向かう。我に続け』

 編隊を組み、さらに上昇していくうちにだんだんと東の空が白み始めた。

 それとともに、多数の、あまりにも多数の機影が空に浮かび上がった。

「なんだ、こりゃ。他の基地からも沢山出てるぞ」

 坂井はきょろきょろと首を廻しながら呟いた。

 そこへ、再び笹井からの無線が入った。

『現在、レーダー誘導により友軍と合流しつつあり。我が日本から零戦、艦爆、艦攻、そして英国からはハリファックスをはじめとする重爆が参加する』

 そして、最後にこう付け加えた。

『目標は、ウィルヘルムスハーフェン。繰り返す、目標はウィルヘルムスハーフェン。敵海軍基地を完膚なきまでに叩く!』


     九

 昨日からの雨は止み、朝日を浴びながらベルゲン基地を出航した戦艦「ビスマルク」は、敵がいると思われる北西の方に進路を取っていた。

 雲量三程度で天気はそう悪くないが、少し風があり、波も高め。

 この空の下、独大西洋艦隊はやや遅めの速度で北西に進んでいる。

 大西洋艦隊はは戦艦「ビスマルク」「ティルピッツ」、シャルンホルスト‟改”級巡戦「フェンリル」「ヨルムンガント」などを中核とする有力な艦隊だ。

 速度を落としてるのは、昨日夕方ヴィルヘルムスハーフェンを発った本国艦隊を待っているため。夜明け前にはシュタファンゲルを通過したとのことだから、間もなく見えてくるはずだった。

「お、見えて来た」

 砲術長のブラウンは南の海上に艦影を見つけた。

「予定通りのようだね」

「はい、シューマッハー艦長」

 突然現れた艦長に、ブラウンは流れるような動きで敬礼した。

 彼らの乗る戦艦「ビスマルク」は独艦隊の旗艦。もちろん、司令部も兼ね備えている。

 その「ビスマルク」は、隠密性を確保するためレーダーを動かしていない。確認は肉眼のみ、偵察は艦載機に頼っている。その程度の制約で合流に失敗する独海軍ではなかった。

「本国艦隊には、空母を二隻とも連れて来てもらったそうだ。巡戦のシャルンホルストもだ。さらに、ポケット戦艦も二隻来ている。相手が英国のグロス・フロッテ(グランド・フリート)の総力をだしてきたとしても、渡り合えるはずだ」

 独海軍は、ここ数年で作られた新鋭戦艦をそろえている。それにひきかえ、英艦隊の戦艦は、姉妹艦修理中のため新鋭と言えるのはキングジョージVただ一隻のみ。さらに、独側は戦争の間の時期に米国から散々くすねとった、船の「量産技術」をもとに、大量の小型駆逐艦を配備することに成功していた。

「だが、気になるのは日本の空母だ」


「敵艦隊捕捉! シェトランド北方、当艦より北西に二百五十キロ!」

 偵察機からの報告が入り、ビスマルクの艦橋に緊張が走った。

「敵は、戦艦一、巡洋艦一、空母一、駆逐艦数隻」

 報告を聞いたミューラー大将、顎に手を当てて「ふ~む」と考えること数秒。

「少ない。少なすぎる。他にもいる可能性が高い。慌てずに、味方と合流してから、一気に叩くと――ああ」

 旗下の艦隊に指示を出しかけたところで、ビスマルクの横を本国から来た空母「グラーフ・ツェッペリン」「ペーター・シュトラッセル」から発進した航空隊が、編隊を組んで飛んでいった。

 およそ六十機。艦載機の八割近くに上る数だった。

「本国艦隊より入電! 『ゴランアレ』と、シュナイダー中将の名で来ています」

 それを聞いたミューラーは、そこでクルミが割れそうなほど眉間にしわを寄せた。

「参謀長、バカにつける薬は持っていないか?」

 横にいたマイバッハ参謀長が、思わず「は?」と聞き返した。

「こちらの指揮下に入る前に、暴走したようです。我々の傘は、勝手に飛んでいってしまった。おそらく、雨露をしのげる状態では、二度と戻って来ない」

「さっさと合流する要に、本国艦隊に通達しますか?」

「そうしてくれ」

 ミューラーはそう答えると、さらにもう一つ付け加えた。

「例の作戦を徹底させてくれ。前回よりは、楽に戦えるはずだ」

 そして海図をにらみ、そこに乗せてある味方を示す旗を動かした。

「水雷第七、第十四戦隊は西に微速にて移動、残りは北に五十キロ移動して待機」


      十

「てっつあん、お出ましだよ」

『おぅ、こっちからも見えとる』

「行っちゃってください」

『了解!』

 金剛のレーダーで敵襲を掴んだ高木は、「瑞龍」から零戦四十機を発進させ、空中に待機させた。英国の技術協力で、早いうちからカタパルトを搭載できた飛龍型は、発艦効率が非常に良い。

 かなりてんこ盛りに積んできていても、地中海で発艦が順調にできたのは、英国様、カタパルト様のおかげだった。

 ベテランの岩田は、金剛からの指示をもとに、うまい具合に雲間へ機体をに忍び込ませ、待ち伏せをしていた。

「ここからじゃ分からんかな。だが、ふむ、出て来た」

 高木から見て東の方の空、明け方と比べて雲の量がかなり増えて来た。

 その雲を突っ切って、沢山の零戦がつぶてのように飛び出した。

 すぐ下を六十機ほどの独軍機が飛んでいたが、不意打ちが見事に決まり、瞬くまに同数程度にまで撃ち減らした。そして、そのまま零戦得意の格闘戦に持ち込み、護衛の戦闘機に全く仕事をさせまいと、大暴れしていた。

 そんな中、五機ほどのシュツーカが、どさくさにまぎれて「金剛」に向かって来た。

「対空戦よーい!」

 桑原艦長が命じると、艦橋にいる全員が鉄兜を用意した。

 直後、艦後部に集中は位置された両用砲が「ガーン、ガーン」と射撃を開始した。

 その都度、六個から八個ほどの煙玉が空中に発生し、敵機をとらえようとする。

 が、なかなか当たらない。

 その間に、敵機はどんどん迫ってくる。

 地中海の悲劇が頭をよぎり、皆鉄兜をしっかりかぶった。

「みなさん、そんなに堅くならないで。当たらなければいいんですよ」

 こんな状況だが、桑原は軽く振り返ると、こともなげに言ってのけた。

 さらに接近。その間に、何とか一機だけ撃ち落とせた。

 それとほぼ同時に、至る所に儲けられた対空機銃が、噴火した活火山のように火を噴き始めた。

 それをかわすようにシュツーカは二手に分かれ、急降下して来た。

「あわてない、あわてない。あれ?」

 気がつくと、「金剛」の艦橋では、桑原以外全員床に伏せていた。

「信用されてないなぁ」

 そう言いながら、桑原はまず軽く取舵、そしてリズムを取るようにして徐々に大きく取舵を一杯まできっていった。そして、舵を戻し、面舵をあてて元の進路にもどした。

「もう行っちゃいましたよ~」

 桑原がそう言うと、皆ゆっくりと頭を上げ、外を見た。

 そとでは、爆弾が立てた水柱が、少し離れた右舷側でゆっくりと崩れていく所だった。

「桑原、桑原」

「はい、神中佐。何でしょう――って、中佐!」

 神中佐の声は足下からする。

「クワバラクワバラ」

「しゃきっとせんか!」

 桑原が振り返るのと、栗田がうずくまっている神を蹴飛ばすのは、ほぼ同時だった。

「いてて。あ、ああ~お見苦しい所を」

 蹴飛ばされた神は、すぐ我にかえり、むくりと起き上がった。

「このデレスケが! 貴様が動かんと、作戦運用に支障を来すのだ」

 横では、青筋を立てた栗田が仁王立ちになっている。

 神中佐は事実上、司令部要員の大半を失ったこの艦隊での参謀長。仕事は海に捨てたくなるほどある。

「まぁまぁ、栗田中将。敵は帰って行きますよ。それに、こちらは全艦無傷です。あ、津田少尉、てっつぁん、じゃない岩田大尉に少数で敵を追尾するように伝えてくれ」

 津田が「は」と言って通信機に着く。

 本来なら通信兵の仕事なのだが、いかんせん人が足りなので、一人何役かこなさざるを得ない状況なのだ。


「だいたい、敵の陣容が見えてきましたね」

 神が海図を見ながら言った。

 独軍の空襲から一時間弱。偵察の結果がまとまってきている。

「さきほど、追尾させた零戦から敵空母と戦艦発見の知らせも来たな」

 と、高木。隣で栗田が「ふん、航続距離が一番長いのが戦闘機、ってのも妙な話だ」と言っている。

「敵『本隊』の場所は、ベルゲンの西。ここから二百キロ程度、か」

 神はわざわざ『本隊』を強調して言った。

「しかしまぁ、よくこれだけの艦隊を運用してるよ。驚きだ」

 高木は半ばあきれたように言った。

 報告では、北海北部からノルウェー海にかけて、大小七十もの小型艦がうじゃうじゃしてるとのことだった。

 シェトランドの北八十キロにいる高木達にしてみれば、遠巻きに取り囲まれているに等しい。

「まさしく、ウルフ・パックの水上版ってところですかね」

 横から桑原が海図を覗き込んだ。

「そんなところでしょう。これに英国護衛艦隊はやられた。でも、ま、どうってことありませんわ、今回は」

 高木はこの状況の中、あっけらかんとして言った。

「ところで神中佐、瑞龍の様子はどうかな?」

「戻った戦闘機の補給が終わり次第、いつでも。もうじきです」

「では、こちらは逃げ出すとしますか。敵さんはそろそろそれどころじゃ無くなるころだし」

 そこに、「高木少将宛で緊急電です」と通信兵が紙を一枚もって現れた。

「どれどれ――『トラトラトラ』。ほら、来た」



      十一


「あれはなんだ!」

「鳥だ! いや飛行機だ!」

「わかっとるわ!」

 けたたましいサイレンの音が鳴り響き、防空要員が高射砲に向かって駆けて行く。

 世が明けて二時間ほど経ち、人々が朝飯を喰っているころ、ドイツ北部にあるヴィルヘルムスハーフェン海軍基地は、唐突に大混乱に陥った。

 百機に少し足らないほどの大規模な編隊が、北西の方から真っすぐ向かって来ているのが、薄く広がった雲の間から見えている。

 近くの基地から次々とMe109が迎撃に飛び立っていく。

 数はそれなりにあるが、前線から遠く離れたたここでは型落ちばかりである。

「どうせ、ここまでくるのは爆撃機と、鈍重な双発戦闘機だけだろう。返り討ちにするだけさ」

 そう思いながら、地上の将兵は迎撃隊を見守っていた。

 しかし、そんな期待はすぐに音を立てて崩れ落ちた。

「あれは、なんだ!?」

 先ほどの敵機が、迎撃機を易々とたたき落とし始めたのである。

 それとほぼ同時に、その編隊の向こうから、雲の下に張り付くように雲霞のごとき大編隊が現れた。


「よし、よっつ!」

 坂井は真っ先に上がって来た敵機に飛びかかり、ちぎっては投げまくっていた。

『坂井、どうだ?』

 そこへ、隊内電話が入った。

「四機撃破! 笹井少尉は?」

『俺も二機喰った。喰い足りんが、敵がもうおらん。』

「張り合いが無いであります。ロンドンに来る連中の方が強い!」

『そうだな。だが、油断は禁物だ。気を引き締めよ!』

「リョーカイ!」

 圧勝だったが、味方の全機が残っているわけでもなかった。喰われるときは喰われる。

 そして電話が切れると、坂井は振り返って後続の編隊の方を見た。

 迎撃機の一部が、八十機に昇る坂井達の制空隊を突破して後続に向かっている。が、それらも直援隊四十機に阻まれて爆撃隊に被害らしい被害は出ていないようだった。

「いまごろ、攻撃隊長は『トラトラトラ』打電してるんだろうな」

 坂井はぼそりと呟いて、視線を前に戻した。

 『トラトラトラ』すなわち、『我襲撃に成功せり』。

 制空隊は,ほぼ仕事を終えたので編隊を組み直し、敵地上空で旋回しながら上昇し始めた。警戒を厳にして、他の基地から来る敵機に備えねばならない。

 そうしていると、爆撃隊の第一陣、九九艦爆がコンポジット・タンクを投棄し、敵陣に突っ込んで行く姿が見えた。

「がんばれ!」

 届くわけは無いのだが、坂井は思わず声を上げていた。


 単発固定脚の、ある意味「元祖」シュツーカによく似た外観をした小型機は、足の付け根からハネのついた物体を放り出すと、真っ逆さまに高射砲めがけて突っ込んで来た。

「ヤパンのシュツーカだ!」

「こっちへ来るぞ。うわ! みんな、伏せろ!」

 伏せるか伏せないかのうちに、『ずどーんずどーん』と数回の衝撃が彼らを襲い、天地がひっくり返ったようにもみくちゃにした。

「いってぇ。おい、おめーら、生きてるか?」

 兵士が一人、ひっくり返った高射砲の影から起き上がった。

「誰かいねえのか?」

 返事が無い。

 と思ったら数秒後れてがれきの山からもう一人、誰かがムクリと起き上がった。

「ち、チクショウ。何が起きた!?」

「おぅ、ハインツ、生きてたか」

「あーあーあー、耳が逝っててよく聞こえねえ。ヨゼフか、何だ?」

「生ーきーてーたーかー!」

「ん? ああ。今度は聞こえた。生きてるが、イテエな」

「そりゃ、イテエだろうな。モルヒネとって来てやろうか」

「あ? おおおおっ! い、いってぇ! つーか、モルヒネならお前も必要じゃね?」

 ヨゼフは頭に大きな裂傷が出来て血まみれ、ハインツは右足が明後日の方を向いていた。

「ショウガネエな、ハインツ。肩を貸すから、とりあえず医療班を探そう」

「他の連中はどうする」

「どうするも何も……きたぁ~~~~!」

 ヨゼフはハインツを引っ掴んで再び伏せた。

 桟橋の辺りで爆発音がして、その直後、二人の頭上を今度は引き込み足の単発機が通り過ぎた。

 ばらばらと小さな破片が二人に降り掛かる。

「いてぇな、チクショウ!」

 ヨゼフが起き上がると、隣でハインツがあまりの痛さにのたうち回っている。

 そして、海上ではタンカーが、陸上では燃料タンクが爆撃を食らって炎上しているのが見えた。

「おい、ハインツ落ち着け。とにかく、逃げるぞ。焼けちまう」

 ヨゼフはハインツを二三発軽く叩いて落ち着かせると、肩をかついで起き上がらせようとした。

「やっぱり、ここらで伏せてよう」

 さらに後から来た重爆が、まだ無事な施設や艦船を狙って爆撃を始めている。

「ど、どうした、ヨゼフ」

「もうぶっ壊れているこの陣地の物陰に隠れて、死んだふりでもした方がマシに思えて来たのさ」

「ちげえねえ」

 本来なら、停泊中の艦船からの激烈な対空砲火が打ち上げられるのだろうが、今日に限って出払っている。地上の高射砲陣地もあらかた潰されていて、速い話が敵のなすがまま。

 そう思って見てる間に、また爆撃機が降りてきて停泊中のタンカーに一発爆弾をぶつけてきた。轟音と共に、真っ赤な炎と真っ黒なキノコ雲があがる。

「畜生、空軍は何をやっているんだ!」

 ヨゼフはそう叫んで上を見た。が、飛び回っているのは二種類のミートボールを掲げた飛行機ばかり。

「どうなってやがるんだ!?」

 後に、運良く生き残った二人が聞いた所によると、その日の攻撃には戦闘機大小百二十、小型爆撃機六十、大型機百機以上が参加していたとのことである。

 その結果は、一言「壊滅」だった。

 

 

      十二

 一方、その遥か南のロンドン周辺もまた、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。

「ジミー、ピーター! 我々も出撃だ!」

 シャーク第一中隊長になったワトソン「大尉」がサイレンが鳴るとともに、宿舎にいた二人を呼び出した。

「ゼロがいないときを狙ってきやがったな」

「あれだけ派手に移動すれば、バレバレだわなぁ。それにしては、空は静かだ」

「五月蝿くなってから飛んでたら、間に合わんだろう!」

 呼ばれた二人は喋りながらも手早く着替え、愛機に向かった。

 宿舎を出て集合場所へと向かう間に、待機状態だったオリジナルの「鍾馗」が何機か先に飛び立って行った。

 瞬く間にほぼ全員が集まる。

 顔ぶれを見ると、全員尉官以上かベテラン下士官という、平均階級の妙に高い飛行隊だ。殆ど、教官養成部隊か教官そのものに等しい。

 その強者達にやや後れて中隊長が現れた。

 すぐに中隊ごとに分かれて、曇り空の下「青空ブリーフィング」が行われた。

「敵艦隊が英仏海峡をを北上している。我々は、雷撃隊を突入するため制空権を確保しに向かう。「シャーク」は本来迎撃機であるが、比較的滞空時間も長いため、先行して出発する。以上!」

 全員が「イエス、サー!」と敬礼し、すぐさま愛機へと走った。


 ジミー達の制空隊は、レーダー誘導を受けた中隊長のワトソンに先導されて英仏海峡へと向かった。

 途中,別の飛行場を飛び立ったボーフォート雷撃機が合流し、少し離れて後から着いて来ている。

『十時半の方向に敵艦隊を捕捉。我々は上空の護衛機を叩く。着いて来い』

「りょーかい! うひゃ~凄い」

 雲の間からだんだんと敵の様子が見えて来た。

 三十、いやもっといるであろう護衛戦闘機。そして、大型艦を含む十隻以上の艦隊が海上を進んでいた。

「フランスの戦艦じゃねえか!?」

 四連装の主砲を前向きに二基備えたその特徴的な姿は、まぎれも無くフランスの戦艦だった。

 そのフランス戦艦。

 三月にフランスが降伏した際脱出しようとしたのだが、伊艦隊がビスケー湾に大挙して居座ったために、失敗。そのまま独軍に押収され、後に出来た親独のビシーフランスに返却されていた。

 が、そんなことよりも、ジミーにとって目の前の敵の方が重要だった。敵もこちらに気付いたのか、編隊を組んで向かって来る。

 ジミーは慌てずにワトソンについて接近しつつ、まずは高度を稼いだ。

 見たところ、敵はMe109のE型のようだ。上昇力はシャークが勝っている。

『今だ、突っこめ!』

 敵の斜め上に着いた所で、突撃命令が下った。

 ジミーは期待を半横転させて、ダイブにもちこむ。

 斜め前にはワトソン、横にはピーター。気の知れたどうしの三機編隊は、二個中隊二十四機とともに敵編隊に襲いかかった。

 敵は不利な体勢の中、懸命に反撃体制をとろうとしている。

 しかし、その前に先頭のワトソンが敵を捉えた。

「よし!」

 ワトソンが撃つのに合わせて、ジミーも撃つ。隣ではピーターも合わせている。

 三機分の射線に絡めとられ、敵の一機が火を噴いた。

 そして、敵編隊を突き抜けて振り返ると、敵機がばたばたと墜ちていた。

『敵は混乱している。もう一撃を。くそっ、だめだ。別働隊だ!』

 雲の間から、もう一団、二十機ほどのMe109が現れた。

 突撃で高度が下がったシャーク隊よりはかなり高い位置に陣取っている。

 他にもいないか、とジミーが首を廻す――いた。

「九時の方向、ほぼ同高度にフォッケが十機!」

『了解! 護衛どころじゃねえ、お前ら生き残れ!!』

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