第六幕 北海の嵐 下

     十三

 空母「瑞龍」からは、補給が終わった零戦二十四機と、魚雷や爆弾を積んだ攻撃機二十二機(雷九:爆十二プラス一)が発進し、上空で大きな編隊を組んでいた。

『こちら源田。空中集合完了。これより進撃します』

「ンあ。こちら司令部高木、了解」

『どうかしましたか?』

「いや、なんでも。後はよろしく」

 源田の察したように、「金剛」の司令部はバタついていた。

 攻撃隊が飛び立って空中で集合する間に、英仏海峡へ仏艦隊突入の知らせが飛び込んで来たのである。

「あぁ~これじゃ、釣られたのがどっちか分からん!」

 高木はそう言いながら「金剛」の艦橋内をつかつかと歩き回った。

「ホーランド提督の艦隊は大西洋上で、我々は北海にいる。間には独軍の艦隊が……空襲で叩くにも、上空じゃ独空軍が固めてるし」

「落ち着かんか!」

 見かねた栗田が艦橋にが吹き飛ぶような怒鳴り声を上げた。

「行きたければ行かせれば良いではないか。何のためにウィルヘルムスハーフェンを叩いたのだ」

 栗田がその場にでんと構えて高木に鋭い目線を送った。

「わすれてた」

 ぴたりと止まる高木。同時にぽんと手を打とうとして、空振り。

「さっさと、帰ろう」


「『独艦隊を発見、攻撃にうつる』と、打電してくれ」

 源田は通信士に命じた。

 今は、前線指揮をとるために艦攻の一機を占領している。

 独艦隊は、予想よりやや南に位置していた。

 大型艦数隻ずつを含む二つのグループに分かれ、南東に進んでいる。北海全体に分散させてしまったためか、大型艦の数の割に、駆逐艦等の数が妙に少ない。

 攻撃隊を見つけたのか、向こう側、南東の方にのグループにいる空母から、二十機に満たないほどの艦載機が発進して迎撃に上がって来た。

「前衛隊、迎撃に向かえ」

 それに気付いた源田が命令を下した。

 零戦隊の前衛十八機が、丁度手前の艦隊外縁部上空にさしかかった時、一斉に落下タンクを投棄して敵迎撃隊に向かった。


「爆弾だ、伏せろ!」

 防空陣形外周をかためていた駆逐艦Z7。その艦上、対空機銃を発射しようとした矢先に上から黒い固まりが墜ちて来た。それは構造物の「カド」にブチ当たり、半分に割れて後部甲板上に転がった。

 と同時に、ばしゃん、と中からキツい臭いのする液体がぶちまけられた。

 「やれやれ、爆弾じゃない」と、兵達がわらわらと起き上がる中、若い兵が一人、がばっと起き上がって走り出した。伏せていたすぐ横に、直撃を食らった仲間が倒れている。

「この野郎!」

 興奮した若い兵は、まっしぐらに機銃に取り付いた。

「わーーーー! やーめー……」

 どっか~ぁ~~ン!!

 機銃の火が気化した航空燃料に引火し、止めに入ったベテラン下士官もろとも大爆発。駆逐艦Z7は「爆弾でも落ちた方がマシ」な状況に陥った。

 そこから広がった炎は瞬く間に広がり、機雷が誘爆を起こした。

 後ろ半分は完全に火の海。こうなっては手の施しようがが無い。

 ほどなく、Z7では総員対艦命令が出された。


「攻撃隊、炎上中の艦の影から突入せよ。残りの零戦隊は上空警戒を怠るな!」

 第二の命令が下ると、攻撃機は爆撃隊と雷撃隊の二手に分かれ、突入コースに入った。源田機も爆撃隊と共に突撃を開始した。

「機長、爆撃手は俺の本業じゃない。外れてもいじめないでくれよ」

「中佐はきっと命中させますよ!」

 源田機の腹の下には、九十五番徹甲爆弾が下げられている。

 長門型後継に当たる「駿河」級の新型十六インチ砲用に作られた撤甲弾を改造して作られた、重さ九百五十キロの対艦兵器だ。

 二手に分かれた艦攻隊は、一隻炎上のため開いた対空砲火の穴から、二隻の大きな目標「ビスマルク」と「ティルピッツ」に殺到して行く。

 海面ぎりぎりまで降下した雷撃隊は、本当にその煙をくぐるようにして、二隻の戦艦のうち後ろを走っている方に襲いかかった(後にティルピッツと判明)。

 対空砲火は、意外と薄い。というより、明後日の方を打っている。想定していた英国の雷撃機よりも、突入速度が遥かに速いのだ。

 ――よーし、その調子だ。巧いぞ。おっと、怯むなよ!

 それを上から見ていた源田が心の中で叫んだ。

 相手も必死だ。やたらと撃ちまられる機銃弾が艦攻の薄い防御を貫いて、一機二機と火を噴かせている。

「源田中佐、照準お願いします」

 そこまで見ていた所で、機長から声がかかった。

「よし、まかせとけ。よーそろ。しかし、えらくデカい戦艦だな」

 爆撃隊はもう一つの戦艦に向かって水平爆撃の体制に入った。

 高い所を飛び目立つ爆撃隊の周りには、雷撃機よりも遥かに多数の対空砲火が打ち上げられて来た。瞬く間に辺りが煙玉だらけになっていく。

 気がつくと、周りの仲間が何機か減っていた。

 例外無しに源田機の近くでも「ボム、ボムっ」と砲弾が炸裂し、その度に機体がが大揺れに揺れた。

「中佐、大丈夫ですか!?」

「俺を誰だと思ってる! 急降下に比べりゃ屁でもねえ!」

 直後、「どりゃ!」と言うかけ声とともに源田が投下索を引き、必殺の九十五番爆弾が投下された。

 そして、ほぼ同時に生き残った九機からも一斉に投下された。

「どうだ!」

 源田は頭を廻らせて下の様子を見た。

 数秒後――。

 六本の水柱と、四本の火柱が上がった。

 命中率四割。水平爆撃にしては非常に高い命中率だ。

 もうひと廻しして雷撃隊の方を見ると、水柱が二本崩れて行く所だった。

 突入した機数が少ないところ、十分頑張ったといえる。

 そして、頭上を飛んでいるのは零戦ばかり。空母から上がって来た敵は、あらかた撃退してしまったようだ。

「まぁ、攻撃機二十かそこらじゃ、こんなものだろう。十分だ」

 源田はそう呟くと、通信士に「攻撃成功、戦艦二隻に命中弾。我、これより撤収」と打電させた。

 

 

      十四

「ベルガー砲塔長、何処ですか!? ご指示を~~!」

「ここだぁ~。誰か、明かりを点けてくれ」

 部下の一人がパっと懐中電灯で照らすと、半分が腫れ上がったベルガーの顔が浮かび上がった。

「ぅわ! 大丈夫ですか」

「痛ぇが、無事だ。お前、俺の顔はいいから、非常灯をつけろや」

 彼の受け持つ第二砲塔内部は、巨大な岩でもぶつけられたような音と爆発の衝撃の後、電気系が壊れてしまっていた。また、砲自体がまったく動かなくなってしまったようだ。当然、砲塔内は大混乱である。

「死んだ奴は返事しろ。じゃない、各員、点呼!」

 混乱を治めようと、ベルガーが叫ぶ。

 あちこちから点呼の声が聞こえる中、うっすらと非常灯が点いた。

「ふむ、射撃中じゃなくて良かったな。そこらにタマがあったらと思うと、ぞっとする」

 浮かび上がった砲塔内には、ケガ人や壊れた機器は沢山あったが、戦死者や重傷者は居ないようだ。

「シュナイダー二等兵、ちょっと外を見て来い。キアシュ伍長は、艦橋に行って電話が通じないことを含めて、状況を報告して来い」

 ベルガーはケガらしいゲガのない二人を捕まえ、使いに出した。

「あと、衛生兵、顔面の応急処置たのむわ」

 ベルガーが治療を受けていると、時を於かずして真っ青になったシュナイダーがもでって来た。

「どうした?」

「あの、そのですね、ご自分で見ていただきたく存じます!」

 ベルガーは「ショウガネエな」と、衛生兵にもらった水袋で顔を冷やしながら砲塔の外に出た。

「ああ、さすがビスマルクだ。よく浮いてるわ、こんなんで」

 副砲が一基跡形も無い。艦尾辺りからは火の手。機銃は沢山ひっくり返ってる。

 そして、自分の居た第二砲塔は前縁当たりに焼けた跡があり、砲身があり得ない角度を向いて止まっている。

「煙だらけでよくわからんが、ろくでもない状態だ。何発食らったかわからんが、どうやら司令部は無事だな」

 幸か不幸か、この状態で艦橋はほぼ無傷だった。

 そのビスマルク艦橋だが――。

 見た目は無事だが、中は混乱していた。

 ヴィルヘルムスハーフェンを襲った編隊の中に、多数の小型単発戦闘機が含まれていたから,北海南東部に空母を含む艦隊が居ると推測されていたのである。

 しかし、今の所それは発見されていない。

 見つかるわけが無い。そこに空母など存在しないのだ。

 実際はスコットランドから飛来していたのだが、片道七百キロ以上飛べる小型機など、ドイツ人には想像もつかなかったのである。

 そこで、艦隊司令部では南に存在するとおぼしき空母部隊と戦うか、ビスマルクを襲った北の部隊に対処するか紛糾していた。

 母艦搭載機が壊滅してしまったため、さらに話がややこしくなっていた。

 で、散々もめた後で出た結論は「どのみち二戦艦の応急処置が出来るまでは身動きができないため、守りを固めよう」という地味なものだった。

 一方、「金剛」の艦橋である。

「偵察機からの報告だと、敵は混乱しているようです」

「神中佐、戦果は?」

「敵の戦艦二隻にかなりの損害を与えたようです。どちらも殆ど動けない模様」

「では、予定通り逃げ出すとする」

「『逃げる』はやめんか」

「あ、栗田中将。ゲンがわるいですか。それじゃ『全速転進』」

「まあ、よかろう」

 敵艦載機を壊滅させた今、艦隊周辺の制空権は揺るぎないものとなっている。

 周りの様子をうかがいながら、悠々と英国方面に撤退するだけ。

 の、はずだったのだが、敵は異様な数の駆逐艦を北海中に配置しており、どう見てもいくつかの部隊との交戦を余儀なくされそうだった。

「さてと。この状態で一番離脱し易いのは、こっちだな」

 高木は、海図の一部を指差して言った。

 それを見た全員が思わずぎょっとした。

 南よりの海域。そこには、先ほど襲撃した敵の本隊がいる。

「驚くことはありませんよ。索敵によれば、そっちには大型艦の他はあまり居ません。よほど布陣に自信があったのでしょうが、まともに相手をしないで横をすり抜けるくらい、わけないです」

 高木はすまして言ってのけた。

 神が「一歩間違えれば、全滅ですよ!」と冷や汗を浮かべて返す。

「それはそうですが、今回はこれが最良です。なぜなら、制空権が完全にこちらにあり、敵の動静を把握するのに苦労はいらないということ。対する相手は、こちらの行動を知る手段が非常に限られている」

「しかし、艦載機は攻撃に向かわせた後、送り狼対策として英本土に向かわせてしまったはず」

「予備の零戦八機と、水上偵察機で十分。さ、行きましょう」

 艦隊は陣形を整えると、北海の波をけたててばく進し始めた。

 

 

      十五

「おい、ピーター、気をしっかり持て!」

『ウルセー(ザーザー)体は(ビビ)だが、機体が(ザー)。今何処(ズザ)』

 ジミーは、よれよれになったくピーター機に寄り添うように、英仏海峡をロンドン方面に向かって飛んでいた。

 二機ともかなり被弾していたが、ピーター機の方がよりダメージが深刻のようで、煙を噴きながらよたよたと飛んでいた。

 無線で呼びかければピーターからの返事はあるのだが、どうにも無線機の調子が悪い。煙や油のせいで、視界もかなり悪いようだ。

「間もなく陸地上空だ。無理しないで、機体を捨てろ~」

『無理だー』

「なぜだー」

『フレーム(ザー)曲がっちまって、出(ジジ)ねー』

 見ると、ピーターがキャノピーを叩きながら喋っている。

「そんなもの、ぶち割れー」

『ハンマーが焼け(ズビザ)たー』

「しょうがねえな、手近な飛行場に降りるぞ。ついて来い」

『頼(キュイー)わー』

 ジミーは少し加速して機体をピーター機の前方に出し、手を振って誘導した。

「着いたぞー。お馴染みの所だー」

 ほどなく見えて来たのは、かつて慣れ親しんだ、ハリケーン搭乗時の飛行場だった。

『おー、ここかー。ところで、足(ジュイー)か?』

「足ー?」

『出てるかー?』

 ピーターはしきりりに下を指差している。着陸用の足のことらしい。

「だめだー」

『なんだとー? 胴体(ビー)かよ。』

「わかったー。下で待ってるから、巧くやれー」

 ここは、さっさと先に着陸を済ませるしか無い。

 そう思って、ジミーは軽くバンクすると、大急ぎで着陸態勢に入った。

 ピーターを待たせるわけにはいかないし、胴着の後は壊れた機体でしばらく滑走路が塞がり今度は自分が降りられない。

 あえてジミーは滑走路の隅の方に着陸し、寄って来た兵に事情を説明すると、自分は急いで機体を降りた。

 兵士の連絡を受けた軍曹がすぐに手近な兵を集めて、ジミーの機体を含む滑走路上のものを可能な限り片付けて行った。

 その間、ピーター機はよたよたしながらも着陸態勢に移行していた。

 滑走路上の兵隊があわてて脇に退避して行く。

 そして、着陸。

 よろけていた機体が最後の瞬間にぴたりと安定し、見事な姿勢で着地した。

 一瞬バタバタとペラが地面を叩き、土煙だか煙だかよくわからないものをまき散らしながら、ピーター機は滑走路の途中まで滑り、止まった。

 ジミーは何処からともなく自転車を見つけ、誰よりも先に鉄パイプ片手にピーターのもとに走っていた。

「今出してやるぞ!」

 ピーター機のすぐ横で自転車を乗り捨て、壊れた機体によじ上る。

 煙が立ちこめる中。開かなくなっていたキャノピーをこじ開け、愕然とした。

 ピーターは、肩から腰にかけてぐっしょりと血で濡れていた。

「こんなので飛んでたのかよ。おい! 生きてるか?」

 返事が無い。

 しかし、息はあった。

 いつ火災が発生してもおかしくないこの状況で放置してはおけない。

 そう思ったジミーは、まさしく火事場の馬鹿力を発揮してピーターを引きずり出すと、そのまま担いで機体を降り、駆けつけた医療班の所まで走った。

 ――ずどぉぉん。

 間一髪。後ろで、くすぶっていた機体が爆発炎上した。

「おい、大丈夫か?」

 ジミーは応急処置をする軍医に問いかけた。

「うむ。出血は多いが、急所は外れてる。まぁ、死にはせん」

「それは、良かった。びっくりしたよ」

 安心したジミーはその場に座り込んだ。

「それより、だ。お前さんも、衛生兵に止血と消毒くらいしてもらえ」

「え?」

 ジミーはその時初めて自分が負傷しているのに気付いた。

 頭と頬にガラス片かなにかで着いた大きな裂傷があり、平たく言えば血ダルマ。

「まいったな、衛生兵さん、頼むわ」

 ジミーは我にかえると、疲労と出血のためその場で気を失った。


 


      十六

「大型艦が二隻。重巡か巡戦のようですね。より強い相手と考えて動きましょう」

 高木は双眼鏡で追っ手を確認した。

 「金剛」を先頭、順に駆逐艦隊、瑞龍、しんがりが「最上」級巡洋艦隊と一直線に並び、少々荒れた海の上を敵本隊のいる南南東に向かってばく進していた。

『独大型艦との距離、約五万ーー』

 上空の水上偵察機から報告があった。

「艦長、予定通りお願いします。くれぐれも速度を落とさないように」

「了解。おもーかーじ」

 艦隊戦速三十五ノット超。

 前代未聞の韋駄天ぶりを発揮しながら、「金剛」の先導で艦隊は速度を保ったまま、ゆっくりと西の方に変進していく。

 元々反航の状態からの変進だったため徐々に距離はつまり、全艦が西を向いて直進状態になったときには、一番敵に近いしんがりの「三隈」までの距離が三万三千程度になっていた。そのとき独巡戦は数度十五インチ砲を撃って来たが、距離があるためか全てむなしく水柱を上げるにとどまった。

 そして砲撃が止まる。

 三十ノットを超える快速を誇る独巡戦だが、追撃を諦めたようだ。届くには届くが、もはや命中しないと判断したのだろう。

「うまく行きましたね。しかし、敵はちょっと及び腰のようだな~」

「きっと、いつぞやの魚雷が効いているんでしょう」

 双眼鏡を目に当てた高木の後ろから神が言った。

 地中海で一撃のもと独巡戦と重巡を沈めた雷撃は、トラウマになっていてもおかしくはない。

「ところで、我々を包囲しようとしてる敵はどうだ?」

「え~、偵察機からの報告ですと――」

 その時点で、軽巡らしき一回り大きな艦一隻と駆逐艦三隻によって構成された小部隊が三個、周囲に確認されていた。それらは進路が西に固定された時、十一時と二時半の方向に待ち伏せ、七時の方から追撃という形になった。「金剛」から見た距離は、それぞれ二万三千、二万、二万四千。

 北大西洋で護送船団をよってたかって壊滅させた時のように、独艦隊はここでも周囲に多数の水雷戦隊を配置していた。

「艦長、例の件はもう大丈夫かな?」

 高木は指をちょっと斜めのVの字にして言った。

「百点はやれませんが、使い物になるまでには訓練しましたよ」

「わかりました。前方の二隊は『金剛』で、『最上』『三隈』は後方の敵に攻撃開始!」

 艦長が「了解」と叫び、通信士が後方の二隻に命令を伝えた。

「主砲と左列は十一時、両用砲中列及び右列は二時半の目標を、それぞれ砲術長、副砲術長の指揮に従い攻撃せよ。高木指令、若干の進路変更を許可願いたい」

 桑原艦長はまずマイクに向かって命令を出し、その後高木に聞いて来た。

「許可する」

「了解。面舵十五。あとは、砲術科にまかせる。砲撃自由!」

 桑原は再度マイクに向かって命じた。

 操舵室と砲術科が応じ、艦と砲塔が向きを変えていった。

 その頃になると敵からの砲撃が始まっていたが、今の所かなり外れた所に着弾している。

 ガァーーン!ガァーーン!

 後部十二センチ両用砲群のうち中と右の列、合計八基が金属的な音を響かせて先に撃ち始めた。連装の砲を一門ずつ交互に、一発ずつ試射を行う。距離は一万九千。

 ズドゥゥゥーーーン!

 やや後れて重低音とともに三十六センチ主砲が発射された。六門斉射、距離二万一千。

 五十秒ほどが経ち、立て続けに三カ所に水柱が上がった。その水柱は、右前方では敵艦の向こうに八本で少し手前に八本、左前方では大きいのが六本敵を挟み込むように上がっている。

「悪くはないな。この距離なら当然だが」

 桑原は結果に一応の満足を示した。

 と、その時、敵弾が右前方三百数十メートルほどの所に着弾した。

「次は、本射いくだろうな。俺が命じるまでもないだろう」

 そしてひと呼吸置いた瞬間、後部砲塔が辺りを発射煙で埋め尽くすかのような猛烈な射撃を開始した。同時に主砲が再度発射される。

 両用砲は主砲発射の衝撃で照準がずれれるのもおかまい無しに撃ちまくり、最初の着弾までに交互射八回、六十四発の砲弾を撃ちだしていた。主砲弾は再び狭叉したが命中していない。

 その主砲弾が落下するまでの間に、空中に居た十二・七センチ砲弾が雨アラレと右方艦隊の一番艦に降り掛かり、数えきれないほどの命中弾のため燃え盛るくず鉄と化してしまった。「金剛」でそれを確認して目標を変えるまでにさらに数度の射撃が行われたため、次の目標に弾が墜ち始めた頃には、その艦は火災と浸水のために横転沈没してしまっていた。

 さらに主砲が三度目の射撃を始める直前、左列の両用砲群も射撃を開始した。こちらは主砲用のデータを変換して狙っているので、やや精度に劣る。

 で、その主砲弾には一発の命中弾があり、一瞬で相手を火だるまにした。同時に十二・七センチ砲弾が降り注ぎ、だめ押しとばかりに相手を海底に突き落としてた。同目標にさらにもう一度主砲が放たれたが、急に相手が(沈没と言う形で)動きを止めたため、無駄弾に終わった。

 独艦隊の駆逐艦はただ撃たれているつもりは無く必死で反撃していた。しかし、砲身の性能はともかく、砲撃システムやプラットフォームとしての艦自体の安定性、そして何よりも将兵の練度に圧倒的な差があった。ゆえに、両隊の一番艦が沈むまでの「金剛」への命中弾は、たった二発にとどまっていた。


 一方、「最上」と「三隈」は一時的に殆ど真後ろの相手をしなければならなくなり、後部砲塔だけで応戦していた。砲の死角が多いのはお互い様だったらしく、間もなく独艦隊は死角を消すべく進路をやや左に取って食い下がって来た。

 互いに有効弾の無いまま、最後尾の「三隈」から一万五千まで迫った所でようやく「三隈」と独一番艦が互いに全砲による射撃が開始された。

 なお、この時初めて、各群先頭の一回り大きな艦が二千五百トン級のZ級駆逐艦、残りがより小さい千二百乃至五百トン程度の新型小型駆逐艦だと判明した。

 独艦隊側から見ればもう一息で魚雷が撃てる間合いなのだが、その前に「最上」級二隻からの猛射が襲いかかった。

 「最上」級の十五・五センチ主砲は高初速で射程が長く、射撃精度が高い。

 と、言うことよりも、この距離では手数で相手を圧倒していた。毎分七回にわたって十五発ずつ撃ちまくられてはたまったものではない。(もっとも、「金剛」はその倍の速度で撃ちまくっていたが)

 後部砲塔からの「試射」でそこそこの照準をつけられていた所に、前部砲塔も加わった本射が始まり、一発、また一発と直撃弾が出た。

 この不利な状況の中、独駆逐艦は「三隈」に五インチ砲弾を命中させて来たが、重巡並みに強固な「三隈」の被害は、一部の装甲が無い機銃と内火艇だけにとどまった。

 本射開始後数分でZ級駆逐艦が大破脱落、その後もしばらく小型駆逐艦が食い下がって来たが、二隻目が撃破された所で残りも反転して去って行った。

 

       十七

「撃ち方やめ!」

「撃ち方やめーーぃ!」

 高木が命じ、桑原が復唱した。通信士が他の艦にも伝達している。

 このさい深追いは無用。さっさとこの場を去のが吉。それ以前に、撃ちまくった両用砲が過熱気味だ。

「敵の水雷戦隊、根性が足りないな」

 去って行く敵を見ながら、元水雷屋の高木が呟いた。

「『根性』ですか?」

 神が思わず聞き返した。

「俺が指揮を執ってたら、まず前から接近する戦隊をこっちの正面に回り込ませて進路を塞ぐな。で、魚雷をとにかく発射して回避行動をとらせる」

「そうすれば、速度がどうしても落ちますね」

「そこに後ろから来た戦隊を懐に飛び込ませるわけさ。それでこっちがじたばたしているうちに、振り切ったはずの巡戦が追いつく、と。まぁ、どのみち死ぬ気で突っ込む気がないと無理だ」

「つまり、根性が無いと。しかし、本当に敵がその手を使って来てたら、どうされるつもりでしたか?」

「そーぜつなどつきあい」

「本気ですか?」

「は、しないで、手の内の読みあいになるだろうね。こっちは空母連れだし」

「はぁ」

「まぁ、たいした被害で出なくてよかったよ。とにかく、制空権は大切だね」

 遣欧艦隊の今回の出撃に於ける損害は、「金剛」「三隈」「最上」「陽炎」が空襲と砲戦で小破。戦闘機十、攻撃機五が未帰還。

 対する戦果は、独空母艦載機撃滅、戦艦二隻撃破、駆逐艦七隻撃破(うち三隻撃沈確実)であった。潜水艦も六隻ほど撃破。

「あぁ、また山本長官に怒られそうだ」

 栗田が戦果を見て言った。

「大戦果ですよ。つり上げ部隊にしては」

 神がきょとんとして聞いた。

「なに、地中海のアレもあってな、暴れすぎるなと言われておるのだ。過大評価されてはいささか困る」

 栗田はそう言って顔をしかめたが、高木は「そうは言っても」と返した。

「そうは言っても、こっちも余裕なんかないですからね~」

「分かっておるわ。さしあたり、俺が怒られておくわい」



      十八  

 ロンドンの日が暮れる頃、ジミー達が所属する実験隊のある基地は、どんよりとした空気に包まれていた。

「『鍾馗』も『シャーク』も、半数が未帰還」

 テイラー准将はいつになく深刻な顔をして報告を受けた。

 修理部品や補充機の手配におわれつつも、一番心配しているのは、やはり出撃した搭乗員達の安否だった。

 そこに、無事帰還したワトソン大尉が新しい情報を持って現れた。

「ジミーとピーターの生存が確認されましたよ。五体満足でもなさそうですが」

「ああ、でも生きててよかったよ。生きてりゃ飯が喰える」

 テイラーは「らしい」表現で安堵の意を現した。

「まぁ、ウチは達人ぞろいだから機体は『未帰還』でも、結構パイロットは生存していますよ。よそに降りたり不時着したり、落下傘で降りたりと。悲惨なのは、爆撃隊や雷撃隊です」

「聞いたよ。相当やられたらしいなぁ。結局、フランス艦隊は取り逃がしたみたいだし。はぁ~」

「こっちも空ではずいぶん健闘したと思うのですが」

「らしいけど、混乱しちゃって戦果も損害も分からんのよ。おかげで、何を調達すべきか、こまってるのさ」

 そう言ってテイラーは肩を落とした。

「これで『シャーク』の実験中隊は二つとも解散ですね」

「どのみち、実験隊は近く解散の予定だっ――あ、言っちゃった」

「知りませんでした」

「ナイショだけど、『量産決定』につき実験隊は解散の予定だったんだ」

「そうでしたか。しかし、フランス艦隊を取り逃がしたのは痛かったですね」

「ん~、そうでもない。おっとこっちは本当にナイショ。じきに分かるけどね」


 そのころ、英空軍では航空隊の被害の大きさに頭を抱えていた。

 仏艦隊の海峡突破を阻むために急遽爆撃・雷撃隊を組織して、護衛機もつけて出したのだが、それが裏目に出た。

 独空軍の、周到に用意したと思われる航空隊の組織的な反撃に遭い、護衛機は自分のことで手一杯、雷爆撃隊はことごとく撃退された。大半が足が遅いソードフィッシュだったこともあり、すっ飛んで逃げるのもままならなかったようだ。

 また、主な戦闘空域が海上となったため、搭乗員に多数の未帰還者がでていた。

 英戦闘機隊も奮戦し、相手にも相当な被害を与えたのがせめてもの救いだ。

「フォッケ、恐るべし」

 激戦の中無事帰還したワトソン大尉は、ギブソン実験隊指令にそう報告した。

「『シャーク』と我々の技術(ウデ)を持ってすれば撃退可能ですが、V型より前ののスピットやハリケーンでは相当苦戦します」

「機体自体の性能が相当高いと」

 ギブソンは腕組みして唸った。

「はい。八月の大空襲辺りから出てきましたが、今回はだいぶ数も増えて、あちらこちらで護衛隊が反撃を食らいました」

「これ以上、フォッケが増えたらかなり苦しいな。が、安心したまえ。『シャーク』の量産は、もうじき始まる」

「初耳です(実はさっき聞いたけど)。ところで、あれはかなりじゃじゃ馬でありますゆえ、経験の浅いものには与えないことをお勧めします」

「そうもいくまい。ということで、中隊は一度解散し、生き残った隊員は各地で『シャーク』部隊の指導をやってもらう。おっと、君を含め一部には残ってもらうがね。テストパイロットが必要だ」



      十九

 一方、独海軍。 

「なんだこれは」

 ビスマルクのシューマッハー艦長は、それを見るなり素っ頓狂な声を上げた。

 穴だらけにされた艦を、よろよろとどうにか母港のヴィルヘルムスハーフェンに持って来たはいいが、どこでどうやって修理していいか分からないような状態だった。

 平たく言えば、がれきの山。

 そこに、決死の覚悟で英仏海峡を渡って来た仏艦隊が現れ、よけいワケが分からなくなった。

「どないせーちゅーんじゃぃ!」

 緊張感の切れたシューマッハーは、思わず地元ナマリを丸出しにしながら舵輪に八つ当たりして、突き指をした。

「イテテ……。なんだ」

 そこに、通信士が電文を持って現れた。

「か、艦長。え~と、ビスマルクの修理は、ハンブルクでやれとのことです。ティルピッツは、キールに行くらしいです、ハイ」

「あ~、分かった。いや、ハンブルクだと? 副長、そんな施設、あったか?」

「よく知りませんが、最近あの辺で大規模な施設が出来たと聞きました」

「そうか。まあいい。さっさと直そう。全治半年というところかな」

「そんな所です。ヴィルヘルムスハーフェンでやったらと仮定してですが」

 二人はそう言って艦橋から外を見回した。

 二番三番主砲中破、射撃不能。副砲一基大破、そのとばっちりで機関損傷。後部甲板に貫通弾、火災発生。至近弾で舵損傷。その他、アンテナがもげたり、機銃がひっくり返ったり細かい損害多数。

 が、一番痛いのは、それによって多数の訓練された兵を失ったことだった。

「当たりどころが良かったのか悪かったのか。もう少し高い所から爆撃されていたら、一巻の終わりだった」

 シューマッハーは第二主砲塔の着弾跡を見て言った。

 そこは最も頑丈な所の一つだったが、逆にそこを貫かれたら大変なところだった。最悪の場合、主砲弾誘爆。そして爆沈。

 今回はどうにか耐えたが、次はわからない。

 そのビスマルクも修理すれば元に戻るのだが、肝心の母港がこの有様だ。ここで修理や補給を受けられるようになるのはいつになるか、誰もわからない。いざ英国海軍を叩くべく集結した仏艦隊も、身動きが取れなくなってしまった。

 これではドイツ海軍は、ベルゲンの基地がもっと強化されるかここが修復されるまで、バルト海側かハンブルクにでも引っ込んでいるしか無い。

 で、このとき独海軍司令が出した結論は「当面は潜水艦のみ作戦行動をすべし」という、きわめて消極的なものだった。


「やれやれ、当分暇と言うことか。あ、キアシュ、ありがとう」

 キアシュ伍長に礼を言うと、ベルガーは顔を冷やす水袋を受け取った。

「いやぁ~、五体満足な者にはなにがしかの仕事が回ってきますよ」

「そらそうだが、とりあえず何をしてくれようか」

「砲塔『長』がそれでどーするんですか」

「あはは、とりあえず掃除でもするか~。何もしないと、気がめいっちまう」

 キアシュ伍長はそれを聞くと、わざとらしく敬礼してその場を去った。

 しばらくして、向こうの方で「掃除だ、掃除!」という声とバケツが鳴る音が響いて来た。

 ベルガーがそれを聞きながら甲板上に出ると、ブラウン砲術長にバッタリ出くわした。

 さしあたり、敬礼。反射的に返礼。

「砲術長、こちらは掃除中であります」

 周りの目を気にして、ベルガーはあえて堅い言い回しをした。

「普段通りでいいよ。掃除か……。砲塔を丸ごと交換かもしれないのに」

「兵隊に何もさせないのは、もっと悪いですよ、精神的に」

「そうだな。おっと、考えることは皆同じだ」

 二人の前をデッキブラシを抱えた若い兵が、一瞬敬礼して走り去った。

「酷い有様ですね」

「まったく、酷い。とはいえ、駆逐艦の方は、まるまる六隻も沈められてるわけだから、まだマシかもな」

「そんなに!?」

「しかたない。あれほどの速度で駆けぬける大型艦など、誰も想定していなかったからな。それについちゃ、このとおり、人のこと言えんわ。対空射撃訓練に、もっと速い飛行機を想定しなきゃいかん」

 ブラウンは副砲のところに出来た大穴を指差した」

「よく、副砲弾が誘爆しなかったものだ。ところで、艦長の話だと、ハンブルクに着いたら上陸が許されるそうだ」

「そうですか。きっと兵達が喜びます」

 一息の間をおき、ブラウンは折れかけた手すりにつかまって海面を見下ろした。

「今回は、参ったな。本当に参った。俺がどうこう出来ることではないが、ずいぶん死んだ。砲術科の将兵も、それ以外も。ヴィルヘルムスハーフェンはもっと酷い」

「まったくです。このフネの面倒を見てくれた連中も、ずいぶんやられたことでしょう」

 ベルガーが後ろから声をかけた。

「個人的だが、ヴィルヘルムスハーフェンには次男が居てな」

「ハイッツっていいましたっけ」

「無事だといいなあ」




      二十

 ジミーが気付くと、飛行場に併設されている軍病院に送られていた。

 小さな簡易ベッドに寝かされており、傷みも引いている。

 病室の窓の外を見るとだいぶ時間が経っており、かなり日が傾いていた。

「あ、中尉さんお気づきで。傷を縫い合わせる手術は無事終わりましたわ」

「ああ、それでここに。じゃあ、戦況を君に聞いても仕方ないよな?」

「あはは、ちょっとそれは」

 ナースは困った顔をして笑った。

 こうして見るとナカナカの美人。ジミーは不謹慎にもそう思った。

「で、俺は寝てなきゃいかんのか?」 

「かえってそこを空けてもらいたいくらいです」

 そう言って廊下の方を指差すナース。

 ジミーは清潔な患者服の裾を引っ掛けながらむくっと起き上がり、首をのばしてそちらを見てみた。

「ひでぇ、患者で溢れてらぁ」

「と言うわけなのです。できれば、外のテントに行っていただけませんか?」

「あはは、しょうがねえ」

 すぐにジミーが出ようとすると、ナースに止められた。

「名札を着けてもらうので、名前をお願いします」

「ジム・ハリス。君は?」

「メリーです。ハイ、ハリスさん名札」

 メリーは、にっこり笑ってジミーの胸に名札を着けはじめた。

 ――きっと俺は赤くなってる、顔が包帯だらけでよかった。

 そう思いながら、ジミーは名札を着けるメリーの手と顔を交互に見た。

「ありがとう。ジミーでいいよ、メリーさん。今度食事でも」

「はい、入院中は毎日お持ちしますわ」

 メリーにあっさりあしらわれたジミーは、慌てて別の話題を探した。

「ピ、ピーターを知らないか? ケガをしたんだが」

「どのピーターさんですか? 沢山おりますので」

「ピーター・スチュワート中尉。俺の同僚さ」

「すみません、存じませんわ。あ、先生! このベッド空きましたよ~」

 ジミーとの話を半分に、メリーは外に居た医者らしき男に声をかけた。

「お~ぅ、次の患者を連れて行くから、シーツば換えておいてくれろ~」

 南部なまりの医者はそう言って、廊下の方に居る看護士の方に歩いて行った。

 メリーは「はい、どいて」とジミーを部屋の外に出すと、棚からシーツを出して手際よく交換した。

 間もなく包帯だらけの患者が担架に乗せられて部屋に来た。

 そして、大柄な看護士とメリーの二人がかりでごろりとベッドに寝かされた。

「何を、見てるの?」

 メリーがふと振り返ると、入り口でジミーが突っ立っていた。

「じ~~~み~~~ぃぃ~~」

 そこへ、包帯の中から小さい声がした。

「お~れだぁ~~。い~~きて~るぞ~ぉ~~」

 今にも死にそうだが、まさしくピーターの声だった。

「お、おおおおお、奇遇だな、オイ! 先生、しばらくここに居ていいか?」

「あ、ああ、ええとも。お友達かえ? しばらく安静が必要じゃが、横におるくらいかまわんよ」

「先生、ありがとう!」

 ジミーはそう言ってピーターに駆け寄った。

「助かったぁ!」

「みりゃ~わ~かる~だろぉ~。お前も~変な顔ぉ~」

「だははは!それだけいえるなら、頭は無事だな」

「あほ~~。だいたい、お前わぁ~」

「あれ、おい、どうした!?」

 ピーターが急に黙ってしまったので、焦ったジミーが思わず突ついた。

「ジミーさん、薬で眠っただけです!それより、つっつかないで~~!」

 メリーがあわててジミーの手を掴む。

「は、はい。おっとぉ」

 ジミーは引っ張られてよろけた拍子に、半回転してメリーに抱きつく格好になった。

 包帯で半分かくれた顔が赤くなり、そして鼻から真っ赤な液体が――。

「ジミーさん、鼻血っ! 動かないで!」

 メリーはあわててながらも手際よく部屋にあった大きな綿を消毒液に浸し、ずぼっとジミーの鼻に突っ込んだ。

「何処かぶつかった? ごめんなさい~~」

「ちょっろ、れかすりやへんか?(ちょっと、でかすぎじゃねーか?)」

 ジミーは半分涙目になって言った。鼻に目一杯綿が詰まってる。

「でも、止血にはこのくらいがいいの。……うぷぷぷ」

 自分でやっておきながら,やっぱり変な顔。

「わらうら~(笑うな~)」

「あははっ。そろそろ、時間です。お食事って言ってましたよね!」

 メリーはそう言うと、部屋からすたすたと去って行った。

「ありやられ~~(まちやがれ~)」

 ジミーは怒ったような笑ったような顔をしてそれを見送った、

(この顔じゃ飯にも行けんわ。まぁ、いいか。ちょっとだけいい思いをしたし。)

 まったくマヌケな状態。

 とりあえず、今、こんなことで鼻血を出せる。

 そんなことをジミーは神に感謝せずにいられなかった。

 

 

      二十一

 一日にして皆がその名を忘れてしまった二つの「北海の嵐」作戦。

 英国軍による、独主力艦隊を釣り上げておいての本拠地空襲。

 独軍による、北部に航空勢力を引きつけた状態での、南方からの仏艦隊海峡突破。

 お互い、一応その目的は達成していた。

 しかし、前哨戦での英国護送船団の壊滅、航空機の損害、物資の消耗等を見た場合、戦略的には辛うじて英国の判定勝ちというところだった。

 日本から見ると、少なくとも第二次遣欧艦隊が行くまでの時間稼ぎになったら、というところか。

 どのみち、双方ともこれで当分大規模な作戦行動はとれない。

 この冬は、力を溜め込むための時間となりそうだ。 

 

北海の嵐 完

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