第七幕 ジミー親子!?

「うにゃ~」

「よぉ、ジミー」

「ピーター、なんだそれは」

「猫だ」

「そりゃわかる」

「み~」


 今日は頭の傷を見てもらいに、基地に併設された病院にやって来た。

 まだ、ちょっとだけ抜糸が済んでおらず、そこだけ当て布がしてある。

 北海と英仏海峡での盛大な小競り合いから一月半。俺はとっくに退院し、基地で教官何ぞをやっている。実験隊には、今の所戻らなくていいらしい。

 具体的には、ぼちぼち配備されて来た量産型の「シャーク」、その機体への転換訓練を指導している。


 おっと、それはさておき。

 病院の入り口辺りにたどり着くと、ピーターが猫と戯れていた。

 石段に腰掛け、拾った棒切れでじゃらしている。

「ほれほれ」

「ぶにゃっ」

「おまえら、楽しそうだな。そいつ、野良猫か?」

「ン? ああ。野良といや、野良だ。みんなに食い物もらってるから、ここに居着いてるんだと」

 そういえば、ただの野良猫にしては、妙に毛並みが良い。いいもの喰ってるな。

 そのうえ、すっかり寒くなったせいか、やけにモコモコと毛が多い。

「いいな、猫は。全身ホンモノの毛皮だぜ」

 ピーターが猫の背中をつまみながら言った。

「アホか。それより,傷の方はどうよ?」

「アホみたいに治りが速くて、ドクターが驚いてる。とはいえ、復帰はまだまだ先のことだがな」

「復帰する気か?それ以前に、出来るのかよ」

「ま、何らかの形でな。正直、また最前線で暴れられるかは、分からねえがな。それより、量産型のシャークはどうよ」

「だいぶ扱い易くなったよ。横転が速い代わりに、油断してるとすぐ逆さになっちまう機体だったからな、アレは。ピーターもそう思ったろ?」

「そうかな……ああ、ヒヨっ子が乗ったら、そうかも知れないなぁ」

「扱い易くなった代わりに、あのバカみたいな横転性は影を潜めたけどな。おっと、それでも一級品には変わらないぜ」

「ふーん。早く乗ってみてェな」

 喋りながらも、ピーターは片手で猫をじゃらしている。

 俺も一緒になって猫を弄くろうとしたら、院内から聞き慣れた声がして来た。

「ジミー! ごはんよ~」

 なんだ、それは。

 その微妙な言葉が気になってよく見ると、散々世話になった看護士のメリーが『食い物のようなもの』が盛ってある皿を持って来ていた。

「あ、ジミーさん、お久しぶりです」

「それ、俺に喰えと?」

「おい,ジミー。言うの忘れてたが、この猫もジミーだ」

「そうそう、この子、いつの間にかジミーって呼ばれてたのよ。かわいいでしょ」

 猫までジミーかよ。これじゃ親子みたいじゃないか。

 ――おっと、変な言葉を思い出した。

「はぁ。デブネコヘボドブネズミ穫らない。(Fat cat don't get bad rat)」

「なんだ、その早口言葉は?」

「五歳になる姪っ子がのたまった」

「文才あるじゃない。将来楽しみだわ」

「アホか。俺はてっきりウチの首相のことかと思ったよ」

「むぅ~」

 思わず声を詰まらせる三人。思い切り、引いてしまったようだ。

 しばしの沈黙の後、足下から「ぐにゃー」と言う声がして我にかえった。

「あ、ジミーごめんね。はい、ゴハン」

 催促され、メリーが足下に「食い物のようなもの」を置くと、猫ジミーは一心不乱にそれをむさぼり始めた。

「ところでジミー、今日は何をしに来たんだ。俺の見舞いか?」 

「いけねえ、傷を看てもらいに来たんだった」

 いかん、忘れる所だ。

 あれ、診察室が分からん。行った記憶が無いぞ。

「メリーさん,外科の診察室は、何処だ?」

「忘れたの?」

「そもそも、知らん。自分から診察室に行ったことなんか無いからね」

 あのときは患者が溢れかえっていて、診察室もヘッタクレも無くなってたからなぁ……。第一、医者の方で動き回ってた。

「しょうがないわね、案内するわ。ジミー,こっちにおいで」

 メリーは先に院内に入り、廊下から手招きした。

 なんか、猫でも呼んでるようだな。

 そう思いながら中に行こうとすると、何を勘違いしたのか猫ジミーに追い越された。

「コラ、入っちゃいかん」

 俺は慌てて猫ジミーを捕まえると、そのまま抱えてピーターに渡した。

「ピーター、ジミーをよろしく」

「おう、ジミー。メリーをよろしく」

 なんだそりゃ。

 まあいいや。そうそう、良い機会ではあるな。

「ところでメリー」

「何?」

「俺も飯が喰いたいんだけど、どう?」

 とりあえず、言ってみる。晩飯でも誘えればメッケモンかな、と。

「え? そ、そうね。どうかしら」

 突然、メリーが立ち止まって慌て始めた。飯くらい、いいだろ~。 

「え~とね、戦争が終わって、二人とも元気だったら、いいわ」

 メリーがあたふたしながら、気の長いことを言って来た。

「そうか。ま、確かに早く平和になると良いな。で、何処が良い?」

「う~ん、あなたの家の近くで良いわ」

「ウチのあたり? そんな良いとこねぇよ」

「ちゃんと礼拝堂があって、牧師さんがいればいいのよ」

 あぁ、大いなる誤解。

 神様、どうすりゃいい?正直がいちばんか。

「め、メシに誘っただけだよ」

 ――バシっ!

 強烈な平手打ち。

 機銃弾以上に回避困難。

「お前なんか、一人で戦死して来い!」

 なんとも、医療関係者とは思えぬ台詞をはいたメリーが、目の前で真っ赤になって仁王立ちしている。

 そして、吹っ飛んだ当て布がひらひらと舞っていた。

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