第八幕 顰蹙の戦艦

 一九四一年一月。

 栗田のもとに英国経由で一本のニュースが入って来た。

「ほう、『合衆国、武器貸与法を前倒して施行』とな」

 書面を見た栗田がぼそりと言った。

「早くて来年春と言われてたはずですが、どうしたんでしょう」

 横からそれを聞いた神中佐が言った。

「ふん。建前はどうであれ、このままじゃ日英でケリをつけちまうと思ったのだろう。それじゃ、戦後の権益が回って来ないからな」

「それで、手始めに何を貸して来るのでしょう?」

「あ~、と、旧式、といっても金剛より新しいペンシルバニア級戦艦二隻、駆逐艦十隻、あとは航空機百機以上」

「まったく、太っ腹ですね、あの国は」

「それで、我が日本より有利な立場に立ちたいのだろう。どつきあいになったら、あちらのが余程頼りになるしな」

「あとは、旧式戦艦を放り出して、新しい戦艦を作るための数合わせをしたいのでしょう。とっくに独逸が放り出したワシントン条約の」

「そう言う国だな、あの国は。白々しいタテマエだ」

「ところで、今の所、公表はまだですか?」

「もうじきだ。今、こっそり商船隊の振りをしてこっちに向かってるそうだ。最近、独逸海軍が北大西洋で暴れ始めたらしいが、まぁ、自力でどうにでもできるだろう」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


      壱

『ずどぅん……』

(はて、何度この音を聞いたかな)

 元ビスマルク、第一砲塔長のベルガーは思った。

「命中!」

「ベルガー砲術長、いいウデしていますな」

 クマのような、新戦艦の艦長が感心したように言った。

 総員退去させて、止まってる商船相手では、彼にとって当たり前の結果だ。


 ビスマルクとヴィルヘルムスハーフェンが火の海にされてから三ヶ月。

 修理に入渠するビスマルクと入れ替わるように新戦艦「フリードリヒ・デァ・グロッセ」が配備された。

 この新戦艦、ビスマルクより少し大きな船体に少し大きな十六インチ砲を搭載した優れものだ。射撃装置とかも更新されており、砲弾の収束性がよくなっていた。

 たしかに、慣れない(と本人は思っている)ベルガーでもよく当たる。

 相変わらず人材不足の独逸海軍は、第一砲塔長だった彼をふくめて沢山の将兵を動けないビスマルクから引き抜き、短期間で「どうにか」戦えるようにしてしまった。元砲塔長が砲術長やっているぐらいだから、ベテランぞろいのシャルンホルストと比べたらたかが知れてる、とベルガー本人は思っていた。

 そのフリードリヒは竣工するなりバルト海方面に訓練に出て、スカンジナビアのベルゲンで補給し、北大西洋に出て来た。お供はお馴染み巡戦シャルンホルストと、空母ツェッペリン、あと駆逐艦数隻。


 先ほど、さらなる射撃訓練をかねて英国の商船を砲撃で沈めた。

 これで二グループ、五隻目。護衛の駆逐艦を入れると八隻になる大戦果である。

 艦載機が空から見つけ、駆逐艦が拿捕し、戦艦がとどめを刺す。

 索敵範囲が広くて、潜水艦よりもある意味効率的に通商破壊を行えている。わずか半月でこれほどの戦果をあげたのだ。

 これだけ暴れているのだから、そろそろ英海軍が「狩り」に出て来るかもしれない、とこの通商破壊部隊司令部では見てはいた。

 しかし、そのときは尻尾を巻いて逃げ出す算段をしていた。足の速いこの艦隊が、英艦隊に追いつかれる心配はない――とベルガーは思う。

 

       弐

 一月の北大西洋はものすごく寒い。

 真っ昼間でも甲板に出ればものすごく寒いし、海に落ちたらあっというまに凍死だ。

「氷山回避!とーりかーじ」

 別名「クマ」こと、ロート艦長のでかい声がブリッジに響き渡った。

 すぐに艦が少し傾いて、左に曲がり始める。

 この時期の北大西洋は、注意していないと、例のタイタニックのように氷山に突っ込んでしまう。いくらフリードリヒが頑丈でも、氷山相手では少々部が悪い。

 舵を切って少しした後、右舷を氷山が通り過ぎて行った。艦長の適切な判断により、戦艦フリードリヒは余裕をもって氷山を回避して行く。

 と、そのとき、にわかに艦橋が騒がしくなった

『北東の方に、大型タンカー二隻を含むやや大規模な船団を発見。軽空母並びに、駆逐艦クラスの護衛艦六隻』

 偵察に出していた艦載機から、このような電文が入って来たのだ。

「さて、どうしてくましょうか」

 ロートは、重低音だがどこかおっとりした調子で、通商破壊部隊指令のフリッツ少将にに声をかけた。

「ふーん、そやなー」

 ロートの質問に、フリッツはふーんと鼻を鳴らして頭を掻いて答えた。

「やったろまい」

 キール生まれのフリッツは、まだ北部訛りが抜けきってない。

「は、はぁ。私としては、引くのも手だと思うのですが」

「ソやけどナー、みんなウデも上がって来たでー、ここは叩いたら思うとるんだわ」

「はぁ。それでは、そのように。艦内の参謀をあつめますか」

「ほな、そうしたってや」 


 砲術長のベルガーのもとには、やや後れて進撃開始の知らせがきた。

「上の艦隊司令部では参謀達が走り回っているが、俺達の役目は大砲を撃ってあてることだ。命令があれば、いつでもぶっ放せる用意をしておけ」

 ベルガーは、とりあえずありきたりな命令を出した。主砲を使うまでにはまだ何時間か間があるので、慌てても仕方ない。

「しかしまぁ、対空機銃の増えたこと。当初の予定より三倍になったそうな。地中海でイタリアの最新鋭観が日本の艦載機に袋だたきにされたからな。ま、気休めにはなるだろう」

 ベルガーは甲板上にハリネズミのように取り付けられた機銃を見て言った。

「それはさておき、獲物は大きいな。見失わないうちに叩くべし、か」


     参

 二時間ほどが経った。

 艦隊は相手が動くのも考慮して、東北東に移動していた。

「この時期の商船にしちゃ、ずいぶん北の方を移動しているな。きっと余程大事なものを運んでいるのだろう」

 ベルガーは冷たい海面を眺めた。

 いつの間にか、陣形が変わっている。

 この戦艦フリードリヒを先頭に、左後ろに巡戦シャルンホルスト、右後ろに空母ツェッペリンが三角形に配置され、周りを駆逐艦が取り囲んでいる。一種円陣だ。こうしてやると、すこし小回りは利かなくなるが、動く対空陣地のような状態を作れる。  

 そして、やや日が傾いて来た頃、唐突にサイレンが鳴り始めた。

『空襲!空襲!総員対空戦用意!』

 まもなく、艦内スピーカーから、ロート艦長の怒号のような声が響いた。

 わらわらと甲板に出て来た兵士が、そこかしこにある対空機銃にかじりついて行く。

 と、そのときツェッペリンから飛び立ったMe109戦闘機が一機、戦艦フリードリヒの右舷側を通過した。さらに、ツェッペリンの甲板から次々と飛び立って来る。

 いや、うちだされる、のが正しい。カタパルトから、ロケットみたいに火を噴きながら放り出されているのだから。

 そのMe109の行く方、北の空には敵小型機の群れが見えて来た。

 五十機はいる。

「いったい、相手はどんな『軽』空母だ?」

 ベルガーは呆れたように言った。

 こっちは、格納庫を空っぽにしても四十機で、そのうち三十は戦闘機だ。北海で攻めに使って懲りて以来、守り中心に配備されている。

 空での戦いは展開が早く、すぐに両者は交戦し始めた。

 すぐにベルガーはひとつ違和感をもった。

 それを確かめるために双眼鏡をのぞいてみると、すぐに原因が分かった。

「空冷?」

 彼は思わず呟いた。

 敵は、確かに翼にミートボールをつけているが、空冷特有のでっかい頭をした見たことが無い機体なのだ。

「最新鋭機か?いや、そのわりに弱いな。落ちて行くのは敵ばかりだ」

「砲術長、米国のバッファローとワイルドキャットのようであります!」

 ベルガーがボソボソ独語していると、横で見張りをしていたの兵が報告した。

「なんだ、船団の荷物には、米国で買った飛行機まであったとはな。……もう使ってるし」

 再びベルガーは戦況を追うために双眼鏡を手にした。

 上空では味方の戦闘機は善戦していたが、なにせ敵の方が数がが多く、次々と戦闘機の網を抜けて艦隊に迫って来るのが見えた。

「三時の方向に敵機四、突っ込んできます!」

「対空射撃開始」

 自分もそれを確認し、ベルガーは訓練のときのように落ち着いて命じた。

 『ガーン!ガーン!』と景気よく高角砲が発射されるが、なかなか当たらない。

「北海でもそうだったが、当たらないものだな。かなり訓練したのだが」

 接近するにつれてそこら中から機銃も打ち上げられ始めたが、こいつもなかなか当たらない。一機も落ちること無く突き進んで来る。

「おかしい。多少は当たってるはずなのだが……」

 ベルガーは敵の様子を注意深く見直した。

「あいつら、ヤケに丈夫にできていやがる」

 と、それに気を取られている隙に、二機、三機ずつに分かれて、敵が艦隊上空に殺到して来た。

 こちらも必死で撃ちまくり多少は撃ち落としたが、間に合わなかった。

 無線で連携をとっているのか、敵が一斉に急降下。

 そして、なんと一機あたり二個ずつ、爆弾を落として来た。

「伏せろ!」

 誰に言うでもなく、ベルガーは叫んでいた。

 もちろん、本人も伏せる。

 ひと呼吸おき、複数の凄まじい爆発音が、彼の頭上を通り過ぎた。

 少し,耳が痛い。

 北海でのビスマルクの惨状が皆の頭をよぎり、おそるおそる頭を上げてきた。

 甲板上は、意外にも被害は小さい。

 確かに、露天の機銃やボート等がそこら中でひっくり返っているが、装甲部分は少々焦げているだけだ。

「なんだ。敵の爆弾は、数は多いが豆爆弾ばかりだったのか」

 ベルガーは拍子抜けしたように言った。

 後に分かったのだが、この時食らったのは五百ポンド爆弾。ちなみに、ビスマルクが食らったのは約二千ポンドで、比較にもならないだった。

 さらに、ツェッペリンやシャルンホルストにも命中弾はあったようだが、この程度でどうにかなるフネではない。

 とはいえ……

「せっかく訓練した兵が沢山死んでしまった。やれやれ」


 敵攻撃隊が去ると、味方の戦闘機はすぐに戻って来た。

 そして、しばらくの後、また発進して行った。

 今度は急降下爆撃機(シュツーカ)も伴っている。

 あれだけの「攻撃隊」を出して来た敵のことだから、重厚な防御陣を敷いていてもおかしくないのだが、あえて行くようだ。今度、でかい爆弾を背負ってくる前に先に叩いてしまおう、と言うことらしい。

 

 

      四

「ありゃ、もう帰って来た」

 ブリッジに居たロートは、拍子抜けしたように言った。

 敵が近いのか、攻撃隊は小一時間ほどで戻って来てしまった。

「報告は聞いとったが、三十二機も出て行きよったのに、帰って来たのが二十機そこそこじゃ、寂しいなも」

 急降下爆撃により敵空母を大破炎上させたという戦果報告も入っているが、やはり無事に帰って来てくれる方が余程嬉しい。

 一方艦隊は、攻撃隊が行って帰ってくる間に一本の縦列に組み直してある。先頭がこのフリードリヒ、次にシャルンホルスト、そして駆逐艦隊が続き、しんがりがツェッペリンという、艦隊戦用の陣形だ。

 駆逐艦とはいえ、敵の護衛は数が多いので腰を据えて叩く作戦である。

 ここで、司令部には新たな報告が入って来ていた。

 一つは、南北に並んだでかい氷山が二つばかり、想定戦域に浮かんでること。

 後一つ。大型タンカーだと思っていたのが、実は二隻とも戦艦だったと言うのだ。

 報告によると、こちらの攻撃隊が接近した所、突然偽装のシートを外して凄まじい対空砲火を浴びせて来たとのことだ。驚いたことに、それらは英国の旗を掲げた米国製のペンシルバニア級戦艦だと確認された。

「借りたのか買ったのかは分かれへんが、英国も必死だわ」

 報告を聞いたロートはぼそりと言った。


 それからさらに一時間。

 偵察のため、時々空母ツェッペリンの艦載機や戦艦の水上機が出ている。

 その間,例の南北に並んだ氷山二つはどんどん近づいて来るが、いっこうに敵が見えて来ない。

『艦長、敵は何処に?』

 射撃指揮所のベルガーから、ロートに艦内電話が入った。

「氷山の陰におる。逆言やぁ、氷山に隠れて接近してる所だわ」

『空母を叩いたので、空から見られる心配が無い、と。?』

「そーそー。良い位置に着いたらな、いきなり顔ぉ出して、攻撃したってな。最初が大事やから、よろしくやってちょー」

 ベルガーは『ヤー』と言って電話を切った。

 それとほぼ同時に、上空の水上機から敵の位置を知らせる無電が頻繁に入りだした。今のうちに狙っておけるように、着弾観測用のチャンネルを使って、射撃指揮所に直接それを伝える。

 その後、氷山の東五千メートルについた所で、三十度ほど進路が南に変更された。少し危ないくらいのタイミングだが、艦隊全艦は問題なく従った。

 それに合わせ、空母ツェッペリンから艦載機が次々と飛び立っていく。

 その間に駆逐艦隊が分離して二列に分かれた。ツェッペリンはと言うと、発艦が終わるとその駆逐隊の後に続いた。どつきあいに参加するつもりのようだ。

 何もおかしな所は無い。ツェッペリンは、空母と言えども十五センチ砲を積んで防御も充実させる等、ちょっとした軽巡並の水上戦闘力を持ち合わせているのだ。その分、艦載機は少ないのだが。

 そして……ロートの居る艦橋からも敵艦が見えて来た。

 かなり近い。ロートの居る昼戦艦橋からもはっきり相手が見えた。

 十時の方向、度距離二万六千。敵は直前でこちらの気配に感づいたのか、時計回りに回頭しはじめていた。

「こちらの頭を抑えるとな、もし? そう甘ぁないで」

 ロートはそう言うと、射撃指揮所に主砲発射許可を出した。

 

       五

『砲術長、射撃を許可する。目標は敵一番艦! ボったってや』

 射撃指揮所に艦長からの命令が入った。

「了解!」

 と、ベルガー。

 的確な空からの誘導により、艦隊は氷山の影から回り込むように敵の西側に位置することに成功している。

 その間に夕刻になり、大きく西に傾いた夕日を背にする形となった。

 有利な状況と見たベルガーは「よーし」と呟きながら、空からの測定でおおよそ合わせていた照準を、先頭を走る戦艦に向けて正確なものへと変えて行った。

(ここは、勝負だ……ふぅ、ヨシ。)

 ベルガーは呼吸を艦の揺れに合わせるように整え、そっとヒキガネを引いた。

『ずどぉ~ん!』

 ヒキガネを引く指の繊細さと裏腹に、激しい衝撃とともに、戦艦フリードリヒから八発、十六インチ砲の巨弾が敵に向かって撃ちだされた。

 旗艦の射撃開始を見たシャルンホルストが、やや後れて射撃を開始した。

 この距離であれば、普通なら当たってしかるべきだが、相手が回頭中なのであまり命中は期待できない。

 しばらくして、敵艦からちょっと離れた所に水柱が上がった。

「まぁ、精々びっくりさせただけだろう」

 また撃ちたいが、相手はまだ回頭中なので少し様子を見る。

 その間に、シャルンホルストがもう一度発射したのが、指揮所から見えた。

 ベルガーが主砲発射の間を取っていると、艦が少し右に向きを変えた。コースをかえて逆にこちらが回り込んで、敵の頭を抑えにかかっている。

 相手が米国製の戦艦だとすると、足は独艦隊の方が圧倒的に速い。司令部は十分いけるはず、と判断したのだ。

 独艦隊は、夕日を背にする形で、徐々に敵の頭を押さえ込んで行く。

 しばしの後、空から『敵艦、回頭完了。方位は……』と伝えて来た。

 ベルガーは、敵の進路は確定したと確信し、狙いを定めた。

(よし、今度は当てるぞ。距離二万四千、方位修正。)

 そして、再び呼吸を整え、そっとヒキガネを引く。

『どごぉ~ん!』

 再び八門全てぶっ放した。

 挟叉した、が、当たりはナシ。

(おしい。もう一丁!)

『どごぉ~ん!』

 三回目の斉射をした後、今度は敵の発射煙が見えた。

 敵は交互射をしているのか、フリードリヒが四射目を撃つ前にもう一度撃って来た。

 そして、その二射目を敵が放った直後、敵艦に発射焔とは別の焔が上がった。

「命中!直撃弾二!」

 すぐに観測員の声がして来た。

「いい調子だ。どんどんいくぞ」

 自分と部下を励ますため、ベルガーは皆に聞こえるように言った。

 と、その直後、少し離れた所に水柱が六本上がった。

 敵の弾は大はずれだ。

 そして負けじと、フリードリヒも三射目を撃つ。

 再び轟音とともに弾が撃ちだされ、そらからひと呼吸おいて、再び六本の水柱が上がった。

「これが交互射だとすると、主砲が十二門もあるのか。厄介な相手だ」

 そうベルガーは呟きつつも、口元は笑っている。

 そして五射目の準備をしているとき、もう一隻の敵戦艦からも撃ち返す発射焔が射撃指揮所から見えた。

 それとほぼ同時に「シャルンホルスト、敵二番艦に命中弾三!」という観測員の声が指揮所に響いた。

 それを聞いたベルガーが敵二番艦に目をやると、火災が起きているのが見えた。

(さすが、ベテラン。まけてられねえ。フウ……はぁ……、ヨシ)

『どごぉ~ん!』

 そして、五射目。

 しかし、すぐにこの八発の弾は完全に無駄になるのが確定してしまった。

「敵一番艦に命中三!……大損害を与えた模様!」

 観測員が興奮して大声を上げた。

 ベルガーにも、敵艦が突如として焔に包まれ、つんのめるように行き足を止めるのが見えた。四射目で三発の直撃が発生し、なにか致命的な損害を与えたようだった。

 ベルガーは六射目を少し待ち、様子を見る。

 数瞬の後、五射目の弾がむなしく八本の水柱を上げたかと思うと、東にも夕日が現れたかのごとく、強烈な光がベルガー達の目をくらませた。

 その光が収まると、そこには「戦艦」と呼べるものは無く、真っ二つになった「戦艦だったモノ」と、もうもうと立ちこめる煙だけがあった。

「今時、轟沈かよ」

 ベルガーはその光景を呆然と眺めた。

 そして、手を振り上げて叫んだ。

「野郎ども! あと一つだ、やっつけちまおう!」

……いけねえ、調子に乗り過ぎだ。シャルンホルストが苦戦気味のようだから、はやいところ手を貸さないとな。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「で、英国にはな~んにも届いてないってことかい?」

 栗田は、報告書を持って来た神に向かって、あきれ顔で言った。

「ええ、まぁ。生き残ったのは、火事場から逃げて来た鼠みたいになった駆逐艦が二隻だけです」

 神は頭を掻きながらかえした。

「なんだ、そりゃ。分からんでも無いが」

「その生き残りの証言ですと、戦艦は次々とやられ、他の船も空と海から同時に叩かれて、あっという間に壊滅してしまったとのことです」

「ふがいないな。で、乗ってたのは、何処の兵隊なんだ?」

「米八英二、というところです。そうそう、同行していた輸送船は、一部が拿捕されて持って行かれたらしいですね」

 栗田は、ため息を一つつくと「やれやれ」と首筋の辺りをぺたぺた叩いた。

「で、逃げた艦隊は、いまどこだろうか」

「さっさと大西洋から引き上げたようです。まぁ、弾も使ったし、それなりに損傷もあるでしょうから、妥当な所かと」

「相手は、何者だろうか。ビスマルク級かそれ以上のがもう一隻居るのだけは、確かのようだが」

 困った顔をした栗田は、さらに首をぺたぺたぺたと叩いた。

「さて、これで英米の関係が変に悪くならなければ良いがな」


 これが、後に「顰蹙の戦艦事件」と呼ばれる海戦である。

 米政府は英国に賠償を請求して来るが、英政府は「未受領」と突っぱねた。

 そして、米政府は独に対して交戦規定違反を訴えたが、もちろん「英国の旗を上げていた戦艦を倒して何が悪い」と相手にされない。

 米国内では「それみたことか」とばかりに、そもそも乗り気でいところを無理矢理非火をつけた英支援への熱は、急激に冷めてしまった。仮に、相手が日本人だったとしたら、復讐に燃え上がったかもしれないという説もあるのだが。

 この事件以降、英米間に大きな溝が出来てしまい,後々まで引きずることになる。

 もっとも、この時点で一番頭を抱えているのが、旧式と言えど第一線級の戦艦をかくもあっさり沈められてしまった米海軍首脳部であったのだが。

 

「ところで、どさくさに紛れてソビエトの大型艦が、太平洋にでたという情報が入ってきました」

「ソビエト?」

「はい。条約型重巡と、二万五千トン級の戦艦が二隻ずつ、パナマを通ったとのことです」

「よく通してもらえたな」

「厳重な警備のもと、らしいですが」

 アメリカも、さすがに戦艦ぶっ壊されてカネにでも困ったか、と栗田は思う。どのみち、条約型重巡と、二万五千トン級戦艦――おそらく老朽のガングート型が二隻ずつ。どこに沸こうがたいしたことではない。

 だがソビエトの戦艦といえば、一つ気になることがあった。

「例のバカでかいのはどうした?」

「そびえつきそゆうず、なら、モトロフスクで作りかけのまま放置されてるようです」

「なるほど、な」

 だが、二人は気が付いていなかった。

 ソビエトはドイツと事を構えるつもりで準備していたが、当のドイツが日英の奮戦で東側に手が回らくなり、相変わらず不可侵条約が守られたままだ。それどころか、資源や技術面で交流が盛んなくらいだった。

 そんなわけで、余裕があったのだ。

 

 

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