< ――――――――極東戦線/乙>

<―――――――― 乙零>

 日本時間一九四一年三月三日夜。

 昨日の夜、海の広さを考えたらすぐ近く、呉の港から大艦隊が出航した。

 

 翌正午過ぎ。

 

 ここは軍艦にとって、そこからほど近い佐世保。

 日本海軍の要所の一つだ。

「改装したら違法建築になってた件」

「なんだそれは」

「見ての通り」

「貴様、いつからここに?」

「改装前から」

「そうか……」

 若者が二人、戦艦「山城」の後ろの端から前方を眺めていた。

「艦隊に居る方が珍しい戦艦とは、よく言ったもんさね」

「そりゃ、これだけいじれぱな……」

「おかげで艦橋が焼き鳥に見えてきたじゃねえか」

 トレードマークのパゴダ式と呼ばれる艦橋は、細い上に凸凹していて、確かに串刺しの焼き鳥みたいだった。

 その艦橋も、今や特徴の一つに格下げされている。

「何考えたら、こうなるんだ」

 足元のブツを踏んづけたが、相手のが圧倒的に硬い。

「コラ、宇佐美! 巽! サボっていないで持ち場に着かんか!」

 二人はステップを上がってきた上官にガツンと怒られた。

 この「山城」の後部は、現在最大の特徴である平らな飛行甲板だ。隠れてサボるなと不可能に近い。

「ほらっ、はよう!」

「り、了解!」

「了解……」

 いそいそと、二人は持ち場へ足を運ぶ。

 巽は一番後ろの機銃座に着き、宇佐美は足元の飛行甲板の下にある愛機「一式水戦」に向かった。

「まったく、空母があるのに航空戦艦とか」

 彼の視線の先では、改装から出てきたばかりの空母「蒼龍」も、同行のため出航の準備を進めている。



「よくまあ、間に合ったですね、平賀少将」

「当然ではないか、木村中尉」

 空母「蒼龍」の上では、海軍きっての“わからんやつ”こと平賀と、若い助手が出航準備の様子を見守っていた。

 平賀の指揮のもと、場所と人員をふんだくるようにして、放置気味だった「蒼龍」を出撃可能な状態にまでに仕上げていた。

 真っ先に英国へすっ飛んでいった空母「飛龍」のいわばプロトタイプのような艦で、できたのが幾分早かったおかげでカタパルトは装備されえ居らず、ダメージコントロールにもいくばくかの問題を抱えていた。

 先にこちらを作ったおかげで、第一次遣欧艦隊に編成された「飛龍」と同型の「瑞龍」には改良が加えられている。

「危うく、飛龍が左艦橋にされるところでしたよねが」

「蒼龍のおかげで、それも避けられた。だがな……」

 世界がきな臭くなりすぎたおかげで、取り急ぎ改修とあいなった。

 本来はもう少しゆっくり直すはずだったが、大陸の向こう側で戦争が始まったおかげで使える資材も時間も目減りしてしまい。ダメコンをメインにやれるだけやった、という状態だ。 

 いずれにせよ、妥協が嫌いな平賀としては、納得がいかない出来栄えであることに違いない。

 ――いや、オタクが全力出すとヒトの居場所がなくなるから。

 助手の木村は喉から言葉が出そうになっていたが、黙っていた。

 平賀の代表作たる妙高型の中ときたら、まるでアリの巣なのは周知のことなのだ。

「改装といえば、あいつらもなぁ」

 平賀はかつて八八艦隊の先鋒として建造され、世界のビッグセブンと称された戦艦「長門」「陸奥」を思った。

 中途半端に新しいおかげで近代化が後回しにされ、逆に古臭い姿のままだ。

 それは、八八艦隊二番手の「天城」「赤城」も同様だ。

 横須賀で地震に見舞われ、並んでコケてしまった本来の二隻に代わり、呉で建造していた三番艦と四番艦にその名がつけられ、無事に完成した。――のだが、「長門」同様ほったらかしになっていた。

 十六インチ三連装三基装備になった「加賀」以降の新世代組が完成したおかげで、八八艦隊組は後回しなのだ。

「あっちは、ごっそり改修されたというのに」

 大改造の末にトンがった高性能艦へと生まれ変わった「金剛」や、すぐそこの航空戦艦「山城」を思うとなおらさだ。

 超弩級艦の先鋒として作られて先に旧式化したこれらは、数年前から思い切った改装が施されてきた。

 平賀が眺める先には、件の「山城」が浮かんでいる。後部の主砲を二基もとっぱらって、水上機用の格納庫と甲板がでかでかと据え付けられていたが、彼としてはどうせなら全部取っ払って空母にしてしまった方がいいと思っている。

 中途半端は嫌いなのだ。

「まあ、仕方ないか」

 これから行く先は、渤海の奥にある満州国の港。

 どうにもこうにもきな臭くなってきたので、戦略物資と航空機をそれなりに積んでいくことになった。

「朝鮮通れりゃいいのにな」

「むりっすよ、先生。何を運んでるか筒ヌケになっちまいます」

「だなあ」

 鉄道に乗せるなどして運ぶのは問題なくできるが、着いたころには中身をみんなが知ってる、なんてことになる土地柄だ。

「零戦とか、運ばなくても飛んでいけるだろうに」

「遣欧艦隊が在るだけ根こそぎ持っていかなければね」

「ふんっ、本国の守りを緩くしてどうする」

「そちらは陸軍機が」

「ふんっ!」

 改装から出てきたばかりの空母に載っているのは、旧型足出しの九六戦や複葉の艦爆や艦攻ばかりだ。

 零戦がないわけではないが、少数作られた一一型のみ。

 それらは「蒼龍」側がもう少しなれないと危なっかしくて使えない。

 代わりとして航空戦艦に乗せてる機体が、新型の一式水上戦闘機というのが、また皮肉でしかない。ただの下駄ばき零戦とはいえ、九六戦より高性能だ。

「でも先生、空はともかく、陸さんはどうするんでしょうね」

「英国製も含めて、ロスケの戦車と比べたら豆タンクにもほどがあるからな」

「どうします?」

「わしに聞いても知らん」

 平賀は海の物以外関知しないと、そっぽを向いた。

 とあるコネを通じて、陸軍にネタを送ってはいたが、採用されるかどうかは見当つかない。

 何処へ行っても、有能だが“分からんやつ”が彼の評判なのだ。

 

 

 数日後……

 満州国への物資は無事に届いたという知らせが、海軍司令部に届いた。

 司令長官のもとには、それと同時に厄介な報告も上がってきていた。

「ある程度、予想はしていたが」

 日本海や渤海のいたるところに、日英の物ではない潜水艦がうようよしていたというのだ。

 現在、東アジア~ソビエト極東地域では、どこも戦争状態にはない。そのため、当然お互いに手出しできない状態なのだが、タイミング悪く先端を開いてしまった場合、海上交通に深刻な影響が出かねない。

 いつの間にかソビエトが北極回りの航路を確立してしまい、こっち側にも沢山のソビエト艦船があらわれるようになった。

「平時は、いいお客さんなんだがなあ」

 艦船のうち“船”は、交易や旅客のためのものが大半で、経済交流もそれなりに盛んだ。

 極東地域のソビエト人とはうまくやっているのだが、遠いモスクワではどう思っているやら、というのが日本人の一般的な感覚だった。

 だが、海軍司令部ともなると、別の情報も入ってきている。

 英国のパイロットが命懸けで持ってきてくれた文書には、一昨年の夏にドイツとの不可侵条約を締結して以来、ソビエトは極東に大量の人と物資を移動しているということが書かれていたのだ。

 近く“ドイツ支援”の名目で、動きがあるということも。

「手始めに、満州国を刺激して日本の物資なり戦力なりを吊り上げようという魂胆か。海軍として、できる事はしたつもりだが」

 交流は深いとはいえ、満州国はあくまで独立国であり、ソビエトを追い払った後居座っていた陸軍もとっくに引き上げている。

 暗殺未遂事件を起こして、やんごとなき筋から激怒されてのことではあったが。

 さておき、ここ数年にわたる艦船の改装ラッシュで大量に出てきた、大砲やら鉄板やらを中古品として輸出している。現地で、三菱やら英国の戦車屋などが入り込んで使えるものに仕立てたりしているらしいが、山本にはそこまでかまけている余裕はない。

 さしあたり、対潜装備を取りそろえるよう、各所に指示を出すことにした。

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