<甲三十三"大海戦_5th"―>
南雲率いる水雷戦隊は、早めに雷撃を済ませて、本隊後方に戻りつつあった。
敵までの距離があり、魚雷が届くまで時間がかかる。
相手の旧式戦艦は射撃を始めており、『金剛』の近くにも弾が飛んで来た。
雷撃が済んだ水雷戦隊など狙う気がないようで、『金剛』と『比叡』に攻撃は集まっている。
「参ったな」
桑原が砲術長からの言葉に、珍しく困った顔をしていた。
「どうしました、艦長」
「神どの、参ったぞ。弾が枯渇してきた」
改装で発射速度が上がった主砲で撃ちまくった結果、当然のことだった。
英国製と砲弾に互換性はあったが、満杯まで補給してる余裕は物資的にも時間的にもなかった。
『比叡』も、似たようなものだろう。
「南雲さんに、どれを狙ったか聞いてみる」
「司令、平文でですか!?」
「もちろん」
驚く神を尻目に、高木は電文を通信係に言い渡した。
すぐに、『二番目ナリ』と返事が来た。
数秒後、敵の二番艦が回避のため左に舵を切り始めた。
「あわ、気付かれましたよ!」
「みててくださいよ、神どの」
桑原はしれっと答えると、先頭の敵艦への射撃を命じた。
すでに旧式戦艦でも戦える距離だ。初弾夾叉。
ほぼ同時に、敵も至近弾を放り込んで来た。次が勝負、即次弾を放つ。
敵も遅れて放って来た。こっちの弾はまだ空の上。
「だんちゃーく! 命中、イチ! ……ニイ、サン?」
弾着を見ていた見張りが、妙な声を上げた。
桑原が「どうした」と訊き、自分も双眼鏡を手にした。
「訂正。命中、魚雷一つで、砲弾がニだ」
見ると、デカい水柱が一つ、爆炎が二つ。
「ふう、少しは節約でき……」
「敵機直上!!」
「なに、対空どうした!」
新たなシュツーカが三機、水戦たちの隙をついて降下していた。
この時、熾烈を究めていたはずの後部の対空火器は、殆どが沈黙し、ぼさっと空を見上げていた。
弾切れだった。
機銃が必死に撃ち上げているが、シュツーカは怯むことなく突っ込んで来る。
「来るぞーーー!!!」
「伏せろーーー!!!」
「ひええーーぃ!!!」
艦橋のだれか、もしくは全員が叫ぶ。
その声をかき消し、鬼が四股を踏んだような衝撃と地響きがまとめて襲って来た。
艦橋はもみくちゃにされ、そして収まった。
高木が「うーむ」と起き上がり、訊いた。
「おおい、無事でない者は、返事しろ」
返事はない。
高木は、混乱して答えようがない事を口にしていた。
「良くわからんですが、生きてますよ」
桑原が次いで起き上がる。
そして、幾分傾いてしまった床を歩き、外を見回した。
敵の爆弾は、艦の中央付近と後部に直撃していた。
『金剛』の装甲は、ギリギリなれど、自前と同じ十四インチ砲との砲戦に耐えられる。が、真上から来た重量級の爆弾には耐えられなかった。
「機関損傷、最大速度、落ちます!」
伝声管から、必死の報告が入る。
「後部砲塔群、半数が使用不能!」
伝令が艦橋に駆け込んで来る。
「三番砲塔、旋回不能!」
「敵一番艦、『比叡』の砲撃で大破炎上!」
被害と戦果が一緒くたになって飛び込んで来る。
「えーい、早く応急注水を! 消火して、安定させるんだ!」
滅多にない桑原の大声に、伝令たちが三回転する勢いで回れ右してすっ飛んで行く。
「これは……」
遅れて立ち上がった神が外を見て、立ちすくんだ。
酷い有様だ。だが浮いている。
視線を上げると、舵を戻した敵の二番艦が砲撃を始めていた。狙いは死に体になったこの『金剛』ではなく、が『比叡』の方だ。
敵の戦艦はまだ二隻おり、『最上』と『三隈』がいるとはいえ、不利に違いない。
さらに後詰めとして、ありったけ集まってきたような、多数の小型艦艇が海域に雪崩れ込もうとしていた。
脚と牙をもがれた韋駄天『金剛』には、もはや戦う力はないように思えた。
『こちら第一航巡戦隊、旗艦『多摩』。ここはお任せあれ。復旧に全力を尽くされたし』
ギリギリだった。
またも『多摩』に助けられた。
利根型であることを主張する、前方に四基集められた十五・五センチ三連装砲。それらが火を吹き、鉄の雨を強引に割り込ませた。
新しい射撃システムが積まれているのか、同じ砲を撃つ『最上』より、遠くから正確に当てて来ている。
敵としては、一発がある『比叡』を主砲で狙わざるを得ず、かと言って旧式の副砲では届きもしない状態だった。
「こりゃあ、やられた方はたまらんな」
小さな巡洋艦の主砲では、旧式でも十分頑丈な戦艦の装甲は貫けない。
そのかわり、大量の焼夷榴弾を、雨霰と叩き込んでいた。当たるたびに、そこかしこから火の手が上がる。
追い討ちとばかりに『比叡』の砲弾が届き、デカい火災を発生させる。
あちらも弾切れか、と神は思う。
徹甲弾なら、燃やす前に貫通してるはずだ。
これなら勝てる。それどころか、翻弄さえしている。
たが、レーダーには押し寄せる小艦艇が映っていた。
「んあー、コレは勝ったな」
それとは裏腹に、高木は安堵の表情を浮かべていた。
レーダーにも、肉眼にも、小さな姿が沢山映っていたのだ。
戦艦『リシュリュー』は、瀑走していた。
上物は、半ばポンコツと化していたが、機関と船体は無事だった。いまだ全速力で突き進んでいる。
後ろからは、少しはマシな状態の『ジャン・パール』と、そのまた後ろに『ダンケルク』が来ているのが見えた。
そのほかは、煙だらけでよく見えない。巡洋艦たちは、どこだ。
「よし、抜けたぞ!」
あの日本戦艦は、深追いする気もその力も無いのか、離れていく。撃ち合いは散発的、もしくは収束に向かっていた。
「終わったようだな」
シューマッハーは、ふらふらと窓から離れ、「ふう」とぼろぼろになった自席の椅子に座った。
「終わった。いずれにしても」
まだ窓にもたれているバルターが、力なく言った。
「どうした」
「新手です。西の空に、敵機多数」
「参ったな」
参った、と、シューマッハーは白旗を上げたくなっていた。
「他にも、来たようです。北西から、大型機を含む少数の編隊が接近しています」
「なんてことだ」
流石に、二人とも心がおれそうだった。
「司令、少し様子がおかしいであります」
双眼鏡でそれらを見ていた見張りたちから、ぽつぽつと声が上がって来た。
聴くと、西の大集団か遠まきに見ており、北西のは特大のが一機と少数の護衛だけだった。
何が起きるというのだ。
『リシュリュー』艦橋の皆が、違和感と不安に見舞われた。
「なんだ、これは」
突然、モールスを受電。
やや遅れて、無線機から緊急を知らせる言葉が発せられた。
英語で、ドイツ語で、フランス語で、そして日本語で。
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