<甲二十九 ――――――>

 ほぼ同時刻、独艦隊は、はるか遠くからやってくる、日本の艦載機による第二次攻撃隊の襲撃を受けていた。

 既に陸からだいぶ離れてしまい、今度は空軍の支援を有効に受けられない。空母二隻合わせて六十機残った艦載機と、申し訳程度に飛んできている双発のMe110双発戦闘機が頼りだ。

「大丈夫。さっきよりだいぶ少ない」

 シューマッハーが双眼鏡を片手に言った。

 彼の乗る戦艦『リシュリュー』は、長くなった隊列の真ん中より少し後ろ寄りに位置している。場所的に攻撃は後回しになるため、ある意味大丈夫と言えなくも無い。

 だが、だいぶ少なくなったとは言えその第二次攻撃隊は、軽く百機は超えており、艦隊全部が「大丈夫」とは言い難かった。

 それを向かえ撃つべく味方の艦載機は勇ましく飛び立ったが、数の差はどうにもならずにすぐに突破されてしまった。

「これはつらいかな」

 そう思った時、艦隊司令部から対空戦闘開始の命令が入った。

 すぐに猛烈な対空射撃が開始されたが、日本軍機は、またもそんなもの見えてないかのような勢いで突っ込んできた。

 多数の急降下爆撃機が、こんどは一斉に大きな目標、すなわち戦艦に向かってくる。動きの鈍い戦艦がそれらをよけきれるはずも無く、前の方を走っていたいずれもドイツ戦艦の『フリードリヒ』、『ビスマルク』、ティルピッツそして『ヨルムンガント』が、いくつもの爆弾を食らい、そこら中が傷と穴だらけになった。火災も発生している。

 しかし、さすがそのドイツ戦艦は頑丈にできており、致命的な損害はどこにも発生していなかった。

 だが、無事ですまなかったフネが艦隊の一角に二隻ばかりあった。

 空母の『グラーフ・ツェッペリン』と『ペーター・ストラッセル』だ。

 それらは運が悪かったのか、狙われたのか、それぞれ八乃至十機の雷撃機に集中されてしまったのだ。

 その雷撃機は、見慣れたソードフィッシュとは比較にならないような高速で、しかも海面ぎりぎりを接近してきた。そのあまりの速さに、対空砲も機銃も対応しきれない。そして悠々と射点につかれてしまい、為す術もなく複数の魚雷を食らってしまった。

 甲板にちょっとした巡洋艦とも戦えるほどの装甲が施された二空母だったが、水線下の柔らかい下腹を何ヶ所もえぐられると、たまらず大傾斜を起こした。

 その格納庫で出番を待っていた戦闘機がひっくり返り、内壁に当たって火災を起こす。そして、衝撃で亀裂の入っていた燃料タンクから漏れ出したガソリンに引火した。

――どがぁああん!

 突如、海底火山の大噴火と見まごうばかりの爆炎が二つ、海面で発生し、大音響が『リシュリュー』の艦橋を揺さぶった。

 シューマッハーが「何が起きた」とそちらに顔を向けた時には、その空母二隻は炎と煙の隙間から見えないはずの船底を見せ、横倒しになって沈んでいくところだった。

「なんということだ。なけなしの空の傘が、本当に無くなってしまった」

 それが何か理解したシューマッハーが、顔をしかめて言った。

 だが、バルターが「でありますが」と落ち着いて声を掛けてきた。

「シューマッハー司令、もう空襲の心配は無いかと思われます」

「なぜ、そんなことが言える」

「偵察機の報告によりますと、敵打撃艦隊との距離が、もう百キロを切っています。互いに高速で接近してるので、次に戦うとしたら、相手は戦艦です」    

「おお、もうそんなところに。だがしかし、一つ気になることがあるな」

「どうされました?」

「例の艦隊は、いったいどこだ」

 


「高木少将、ロンドンから栗田中将の名でこんな電文が」

 津田が頭の上に大きな「?」を浮かべて、一枚の紙切れを持ってきた。

 右手はとうに失ってしまったので、左手でそれを受け取り、器用に広げる。

 一言、『インガミタ 栗田』とある。

 刹那、高木が思わず顔を引きつらせた。

「何の暗号でありますか?」

「あ~、ほら、その、栗田長官からの激励のお言葉だ。『俺の分までがんばれよ』ってことだ。そうだ津田君、『激励の言葉があった』と皆に伝えてくれ。くれぐれも、暗号をそのまま口にしてはいけないぞ」

 高木は慌てて表情をごまかし、取り繕った。

「はっ、伝えて参ります!」

 津田はうれしそうに敬礼すると、その場を後にした。

 そして姿が見えなくなった途端、高木の顔色が大きく濁る。

 栗田の生まれた茨城の隣にある、栃木で生まれ育った高木には、その言葉のがそのまま分かった。標準語に直訳はできないが、概ね「ひどいことになった」という意味なのだ。

「いやしかし、これを打電してくるくらいだから、本人は無事なのだろう」

 高木はそう自分に言い聞かせ、「今は、目の前の敵が最優先だ」と、最悪の事態を頭から振り払った。

 そう、敵は目の前なのだ。

 連れてきた軽空母『祥鳳』から、空襲のどさくさに紛れて出した偵察機によると、小沢長官率いる第二次遣欧艦隊の打撃部隊と、独仏合同の艦隊が、互いに百キロ離れたところを、向かいあって進んでいるとのことだ。

 小沢艦隊が東北東、敵は西に進んでおり、速度次第で互いを右に見るか左に見るか変わりそうだ。

 一方、こちらはこの『金剛』と『比叡』、軽巡『最上』と『三隈』、さらに『吹雪』をはじめとする特型駆逐艦四隻。

 砲撃戦が激しくなるだろうからと、『祥鳳』は退避を始めている。

 遅れて、英国から虎の子の戦艦『キングジョージ五世』が『マンチェスター』他護衛の巡洋艦四隻を率いて来ていた。

「今、我々がどうするかで、行方が変わりそうであります」

 神が、図上に印をつけながら言った。

 今の位置は、双方からほぼ等距離、水平線からもレーダー探知距離からも、少しだけ隠れたところにある。空は薄曇りで、偵察機からも見つかりにくい。今は速度を十八ノット程度に落して、様子を窺っているところだ。

「もう一つ、動きがあればいいんだが。何もなければ、無難に味方と合流するくらいしかないな」

 普通に合流したところで、巡洋戦艦二隻とその他少数の艦艇が追加になるだけで、独仏の艦隊と比較して相変わらず不利なままだ。

「そもそも、独仏が本格的に共闘すること自体、想定外ですから」

「だけど神君、その原因を作ったのが、我々だからねぇ。やっぱり恨まれた」

「しかし、手を抜くわけには、いかなかったところでしょう」

「まぁ、そうなんだが」

 高木は髭をなでながら言った。 

 そこに、新たな知らせが舞い込んできた。

 小沢の艦隊がやむを得ず速度を落したということと、独仏の艦隊が進路をやや右に振り、左向きで向き合おうとしていることが分かった。

「ふぅむ。ドーバーの北で英戦艦部隊がやられた時と、どこか似ているな。おっと」

 腕組みしようとして、空振りする高木。それと同時に何か思いついたようだ。

「何か妙案でも?」

「妙案、と言うほどでも無いよ。だが、方針は決めた。このまま南へ、真っすぐだ」

「は、はぁ。真っすぐですか」

「とりあえず、真っすぐだ。前進、艦隊速度三十ノット!」


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