<甲三十 ―――――――>

 正午を過ぎ、十二時半を回るころ、独仏の艦隊は隊列を整え終わり、いつでも戦える体制にあった。

 双方の距離は約八万と、空軍が決死の覚悟で飛ばしてきたユンカース偵察機が報告してきている。

 戦艦だけて六隻。

 いずれも、イタリアの『ヴィットリオ•ヴェネト』と似たようなサイズで、主砲の配置も同じで三連装を前に二基と後ろに一基の配置だ。

 副砲以下の配置はかなり違い、いささか殺風景なくらい、甲板には物が少ないと聞いている。

 対して、『リシュリュー』は独戦艦からなる第一戦隊の左後方に、戦艦『ジャン・バール』、『ダンケルク』、『ストラスブール』を従え、構えている。

 第二戦隊をドーバー支援に置いてきたため、かわりに第一戦隊のすぐ後ろには、仏フォッシュ級重巡の『スフラン』、『コルベール』、『フォッシュ』、『デュプレ』がついている。

 そして『リシュリュー』のすぐ左には、仏旧式戦艦の『プロバンス』、『ブルターニュ』、『ロレーヌ』が縦列をつくっている。それから少し遅れて、だいぶ空襲でやられてしまったものの、今だ多数残っている軽巡と駆逐艦が、突撃命令を待っていた。

 全体的に、英艦隊との戦いで傷ついた右舷側をかばい、左舷中心に戦う陣形だ。それに合わせ、相手を左に見られるように、先ほど小さく右に変針している。

「いつのまにか、かなり優位に立ってるな」

 シューマッハーは視野一杯の大艦隊を見回して言った。

 今や過半数を占める仏艦隊の参加により、艦艇の数では圧倒的に有利になっている。

 凄まじい艦載機による攻撃も、戦艦を失うことなくどうにかしのぎぎった。

 中小の艦がだいぶ減り、いささか寂しくなってはいたが、それでも有利には違いない。

 そんな艦載機の大群はひとしきり暴れ、飛び去ったところだ。

 敵味方とも、申し訳程度に少数の戦闘機が直掩で粘っているが、どうしようも無いほど守るべき艦が多かった。

 だがそのおかげで、偵察機を飛ばしにくく、戦場の全体像が掴めずにいた。

「さて、いよいよですね。少将、どうしました?」

 バルターが話しかけたところ、シューマッハーは少し落ち着かない様子だった。

「何でもない。決戦かと思うと、緊張しているのさ」

「大丈夫ですよ。戦力で圧倒的に有利なんですから。たとえ、『あの』艦隊が現れたとしても」

 「そうだな」と言ってシューマッハーはゆっくり立ち上がった。

 そして、なぜか艦内電話をつかんだ。

「ピエール、腹が減った」

『ごめなさーい。今朝からの戦闘で、昼ご飯、ちょっとおくれるの~』

 それを見ていたバルターは「なんだ、腹が減ってただけか」と、ちょっと安心した。

「そういえば、朝からろくに喰ってないな。ん、どうした」

 急にレーダーの方が騒がしくなったので、バルターは声を掛けた。

「敵影です!」

 その声を聞いたシューマッハーが「早すぎやしないか」確認しに歩いた。

「二時の方向を、大型艦二隻を含む、少数の艦隊が南下しています」

「例の艦隊だな。いないと思ったら連中、北の方に湧いて出やがった。しかし速いな。このままでは、割り込まれてしまう」

 いまのところ、新たな敵は『フリードリヒ』の鼻先を横切るような進路をとっている。

「さて、司令部はどうでるか」

 シューマッハーは、渋い顔をして腕組みした。


「北方より新たな艦隊、前方を横切ろうとしてます!」

 『リシュリュー』とほぼ同じ頃、戦艦『駿河』のレーダーも艦影を捉えていた。

 小沢が「どこの艦隊だ」と言ったところで、電文が一つ届いた。

 持ってきた通信士がけげんそうな顔をしている。

「どうした」

「日本語のようなのですが、『イソグケン ハヨウシネ』としか読めません。暗号でしょうか?」

 それを見た小沢も「早う死ねと? 何かの挑発か」と首をかしげた。

 だが、その横では宇垣が笑いをこらえていた。

「栗田長官らしいですな。即席の暗号をこしらえたようです」

「宇垣君は分かるのか」

「ええ。岡山弁ですわ、私の田舎の。『オデエモ ハヨイゴイテ ツカアセエ』と返しておいてつかあさい」

 宇垣は今まで聞いたことの無い口調で言った。

 この瞬間、司令部に張りつめていた空気が少し緩んだ。

「さすが栗田さん、うまい手を考えましたな。気が楽になった。まだまだ不利だが、なにか心強い」

 小沢も表情を少し緩めて言った。

「まぁ、やるだけやって行きましょう、小沢長官」

「あの栗田さんなら、きっとうまくかき回してくれるさ」

 栗田は、海軍の将兵たちから「猛将」「知将」「変人」と、いろいろな呼び名で慕われていた。

 小沢たちもそれに期待していた。

 だが、そこに栗田はいない。

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