< ――稚内迎撃戦 編弐 乙九 >
『全機突撃、後ろは艦隊に任せてドンといけ!』
「おうっ!」
加藤は、無線越しの江草の声に返事をすると、隊内無線で部下に合図し、速度を上げた。
全体的に高い位置を取れているが、油断はできない。
相手は三百、いや四百は居るだろうか。
正面から、敵の双発機がよじ登るように迫ってくる。
ソビエトでは、ドイツから設計図を買い取って、双発の長距離戦闘機を作っていると、江草から聞いた。
何とか文書の情報と聞いている。
二百を超える迎撃機で迎え撃つが、双発機相手に有利とはいえ二対一でかなり厳しい。
「双発機の力技にのるなよ!」
双発機、恐らくはMe110のコピー品は、重量なりに軽快さにはかけていたが、この前の寸詰まり戦闘機よりは余程キレのある動きを見せた。
それでも味方の戦闘機が陸海の垣根を越えて敵戦闘機を振り回し、追い払い、第一の迎撃対象である爆撃機隊への突破口を広げて行った。
『隼と零戦は、爆撃機へ、残りは戦闘機の足止めを!』
江草の指示が入る。
「集まれ、集まれ!」
加藤はすっと高度を取ると、編隊の仲間を集めて今一度攻撃態勢を取り直した。
遥か下方で、零戦の編隊が高速で追い越している。
『第四第五小隊は隼、第六第七は頭上から零戦を援護!』
一歩引いた位置を飛ぶ、二式管制機から出される江草の指示は的確で、戦闘機隊を効率よく導いている。
このままいけば、敵本隊を上下から挟み撃ちにできそうだった。
「下の零戦に合わせて、突っ込むぞ。ついてこい!」
加藤は敵爆撃機に向けて急降下をかけ、後から一つの大きな翼のような編隊を組んだ味方が付いてくる。
爆撃機が機銃を討ちまくって反撃してくるが、その隙をついて突入。隼の群れは、大量の機銃弾を頭から浴びせかけた。
敵編隊の別の場所では、零戦が急上昇をして腹を打ち抜きにかかってきた。
手応えあり。
何機もの爆撃機が火を噴き、機体を傾け墜ちていく。
墜ちていくのだが……
妙な感覚だった。
「敵はまだまだいるぞ、再突入!」
思った以上に残った爆撃機目掛け、加藤は編隊ごと切り返す。
「奴ら、かなり頑丈だ」
無線を止めて呟く。戦果はいまいちだ。
はじき返してるのか素通りしてるのか、当ててる割りには機体や翼をへし折られて墜ちるような機体は少ない。
とにかく数が多い上に、なかなか落ちないというのは、どうにも厄介だ。
味方にも被害が出る中、必死で再攻撃をかけたが、どうにも堕としきれずに残る敵が多い。
頑丈さに自信があるのか、ひたすら耐えつつ編隊を崩さない爆撃機からの反撃は激しく、味方の被害も少なくない。
双発戦闘機とやり合う旧式機も、数に押されて苦戦中だ。
加藤たちの猛烈な攻撃をうけ多数を墜とされながらも、敵編隊は勢力を保ったまま稚内に迫った。
このままでは、稚内の街に火をつけられてしまう。
加藤が叫びそうになったその時、江草の声が無線機から響いた。
『全機離脱! 艦隊上空から離れろ!』
「なんだと!?」
『繰り返す、 艦隊上空から離れろ!!』
「とにかく繰り返す、 艦隊上空から離れろ!!」
技術少佐は、相方の少佐から無線機のマイクをふんだくるようにして叫んだ。
「少佐ども、何しておる」
司令官の頭の上で、煙が「?」のようになる。
「いかんのですよ、とにかく」
そして、ふんだくったまま、今度は艦隊に向けて叫んだ。
「各艦、レーダー周波数チャンネル割り当て確認! 並びに、割り当て空域の厳守を徹底せよ!」
「わかったから、無線機返せ」
途中からもう俺の仕事だと、もう一人の少佐が無線機を取り返した。
少し気を落ち着かせ、空を見上げる。
さすが煙突司令、艦隊の陣取りは完璧だ。
艦隊上空を、真っ直ぐに稚内に向かって横切ろうとしている。
「全艦、砲撃用意!」
静かに、間を測る。
「撃てぃ!」
刹那、爆音と煙を盛大に撒き散らし、ビックリ箱の蓋が一斉に開いた。
「今朝、稚内に、ソビエト軍の爆撃機の大群が大挙して来ました」
航空戦艦『扶桑』の艦橋で、ぼけーとしていた平賀のもとに、木村が報告に来た。
「被害はどうだ?」
「細かいことは不明ですが、稚内の市街地の四割と飛行場の半分が爆撃を受けたもようです」
北の要所に対する大きな被害に、「ふンむ……」ど平賀は唸った。
「ですが、黒山羊文書の予想通りだったため、あらかじめ民間人や迎撃機以外の航空機は避難し、損害は最小限に抑えられております」
「さすがだな。なるほど、黒山羊文書の情報は凄まじい」
平賀は、「ありがたい」でも「正確だ」でもなく、あえた「凄まじい」という言葉を使った。
「ということは、陸海合同の迎撃隊が、それなりに戦果も挙げたのかな」
「味方にもそれなりに被害は出ましたが、撃退に成功しているようです」
「稚内の半分近くを焼かれて、撃退とは、どういうことかね」
木村の言葉に、平賀は少し違和感を感じた。
「正確な情報はまだですが、送り狼も含めますと、敵の爆撃隊を完膚なきまでに堕としつくしたと、聞いております」
「堕としつくしたってな、ふむ、そんなことあるのかいな」
「そ、そう報告をうけてますので」
「少々オーバーな物言いだとしても、どうやら大戦果ではあるようだな」
二人は知らなかったが、後に、この日が大陸の東西で日本軍による殲滅戦が行われた日として記録されることになる……。
「江草どのー、生きとりますかー」
『おかげさんでなー』
「稚内に火がついちまったな」
『まぁな。だか、あれだて寄ってきて、半分も残ってらあ』
「コレもあれか、黒山羊文書の」
『降りてからなー』
ひとしきり戦いも終わり、敵は一通り去っていった。
追いかけて行った連中がいるようだが、二機を含む生き残りの機体が次々と飛行場に降りてきていた。
加藤が降り立つと、若い兵が「あちこち穴ぼこだらけでして」と搭乗員達を、慌ててひろげたと思しきテントに案内していた。
たしかに、滑走路には爆撃跡が沢山ある。隼のような小型機には、余り関係なかったが。
「で、黒山羊」
降りるなり、加藤は早速江草を見つけて声をかけた。
「おお、加藤殿。見ての通り、開戦早々露助が北から来るのは、予見されていた。じつは、少し前から満州の敵が手薄、というか」
「半分中華軍と中身が入れ替わってたと聞いております」
「それを北樺太に集めて来たのが、今日のだ」
「そして、物量で押し切る。露助らしいですな」
「海の方で出鼻をやられたが、ソコソコ分ってれば何とかなる」
「コッチも、大分やられちまいましたが」
加藤は飛行場を見渡し、数を減らし、傷だらけになった日の丸戦闘機を見渡した。
「いや、あちらはそれどころでは無くなるはずだ」
そして、江草の思う通り、海を超えた大空襲はその一度だけどなり、二日後には石狩を出た、陸兵てんこ盛りの輸送船が姿を現したのだ。
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