< ――稚内迎撃戦 編壱 乙八 >

 その頃、西村艦隊は日本海を北上しながら、潜水艦狩りを余儀なくされていた。

「見つかるのは、潜水艦ばかりだ」

 西村は、視界の隅っこでひっくり返しになっている潜水艦を見て呟いた。

 雷撃のため潜望鏡を出した所を、レーダーで捉えて片っ端から撃退しているのだが、全部が全部とは行かずに、回避やら何やらで時間がかかっていた。

 北の艦隊と合流すべく、せっかく急いで出てきたのだが、何度も足止めされている。 

「ここは、遮二無二北上するよりもだ」

 平賀は今しがた入った偵察機からの報告を確認しつつ、北の海に目を向けた。

 どうにもパッとしない天気で、所々に雨雲まで見える。

「ふむ、樺太に艦砲射撃して行った戦艦はどこに行った?」

「それなんですがね」 

 横で、木村が海図と睨めっこしていた。 


「今まで入った偵察機の情報を纏めると、あの戦艦部隊は大陸沿岸寄りに、こっちに向かってると推定されますね」

 よく見ると、海図の上にはゴム紐でいくつかの輪っかが作られており、それを辿ると、確かに日本海の西よりに合間があるように見える。

「天気も今ひとつなので、見逃してもおかしくないです」

 木村の言葉に気が付き、西村も海図を覗き混んできた。

「こっちに向かっているようにも、見えるんでない?」

「ふむむ、こちらの居場所は割れているからな」

 朝方の潜水艦が四方に知らせたのか、このとおり潜水艦に集られている。

 その潜水艦が知らせていなくても、これだけ出くわしていれば、誰かが司令部に知れせていると見るべきだった。

 司令部が、モスクワを意味するかウラジオストクなのかは日本から見えないが。

「こっちに来ているとして、いささか不利では無いでしょうか?」

 参謀の一人が、木村の海図を見た。

 そして、現在の敵味方の戦力を、ざっとまとめたメモをこしらえた。

 大陸航路の護衛をしていた元々の西村艦隊は、扶桑、山城、利根、筑摩、蒼龍、それに白露型と陽炎型駆逐艦三隻ずつ、それと全面対潜特化改装された睦月型が四隻だ、

 また、九州北方沖で合流した艦隊は、旧式の古鷹、加古を中心に、叢雲など特型駆逐艦六隻、それと使い道に困っていた一品もの駆逐艦島風だ。

 十分にの大所帯だが、新鋭の利根型や陽炎型以外は、旧式が目立つ。

 対するソビエトは、詳細不明の特大戦艦と旧式戦艦二隻ずつ、あとは多数の駆逐艦に、どれだけいるかわからない潜水艦だ。

「嵌めれれたかな。黒山羊文書のおかげで、だいたいはわかって居たはずなのだが、初っ端に陸奥と天城はやられるし、あっちの戦艦は見失うで、どうしたものか」

 西村は海図を見渡し、頭をかいた。

 初めに、南北からソビエト戦艦を追い込んで、戦艦どうし決戦に持ち込むはずだったのだが、崩れてしまった。あの不意打ちも予定通りなら、完全に嵌められた事なる。

「そうでも無いのでは? ふむふむ、私は負ける気がしない。ほら、これをこうして」

 平賀は海図の上に、鉛筆でこすこすと線を書き込みながら言った。

「だとして、ひたすら逃げ回る可能性も」

 木村が輪ゴムを集めながら訊いた。

「だったら、全力でウラジオストクに殴り込みをかける、ですな、平賀さん」

「さすが西村さん、わかって居られる」

 にやり、ふむふむ。

 二人はここに確信し、案を司令部に投げる用意を始めた。

「木村君、君も手伝うのだ」


 旗艦『夕張』と高速の先行部隊が、ノシャップ岬の北十キロに立ち塞がるように陣取った頃、『赤城』『長門』他の砲撃部隊も、数キロ遅れてついてきていた。

「なんだ、速いじゃないか」

 有賀はニヤリと笑うと、朝日に照らされた入道雲のようなって迫る敵編隊に目を向けた。

 そして、無線機に向け「豊田司令、砲撃を」と低く言った。

 この『夕張』からも見える砲煙と共に、二戦艦から砲弾が飛び出す。

 更にもう一射。間を置かない交互射撃だ。

「少佐、行けるな」

「はい。航空隊、突撃用意!」

 高度を上げつつ旋回しながら待っていた味方戦闘機が、一斉に向きを変えて編隊を組みなおす。

 バァーン!

 組み替えつつある編隊の遥か向こうで、巨大な花火が空に花畑を浮かび上がらせた。

 バァーン!

 更にもうひとつ、空の花畑がひらく。

 密集していたソビエト軍の編隊は、その花畑に大挙して突っ込んだ事になり、多数がばらばらと落ちていった。

「よし、やった」

 レーダーにかじりついていた少佐が、ニヤリ。

 試製零式焼夷散弾、後に三式弾と呼ばれる、大口径の対空散弾だ。

 今回、各艦に二斉射分だけもってきていた。

 バァーン、バァーン!

 もう一度。

 二戦艦は、まだまだ多数飛んでいる敵編隊に、あるだけの試製零式焼夷弾を放った。

 慣れない砲弾のため制度は今一つだが、密集隊形を取っていたソビエト機をって十機単位で粉砕していた。

「大戦果じゃないか」

「いや、想定外だ。ここで、驚いて散開して欲しかったんだ」 

 少佐二人が戦況を見ながら言った。

『こちら江草。少佐、突撃許可を』

 割って入るように、空からの声が届く。

「突撃開始。警戒を、敵は編隊を解いていない!」

『了解!』

 味方の編隊が動き出す。

「少佐ども、こっちも迎え撃つ用意をしておいたぞ」

 エントツ司令が言う。

 いつの間にか、稚内に立ち塞がるように隊列は形を変えていた。

「少佐、例の弾は使わんのかね」

「あれっすか。数は少ないし、半分もまともに……」

 少佐は、技術屋として、つい口を挟んだ。

「半分動けば十分だ」

「ならぱ司令、使用許可を!」

 もう一人の少佐が問いかける言葉に、司令の口からは煙の輪っか一つ。

 マル、である。

「今でなくて、いつつかうのだ? 許可する」

「了解! 旗艦『夕張』及び、該当の軽巡『天龍』『龍田』は、森田式対空弾使用!」

「少佐ぁ、その呼び方、やめてくれと………」

 レーダーに齧りつきながら抗議する技術屋少佐の言葉を背にしつつ、戦術少佐は見事に陣取られた艦隊各艦に指示を出し、あとは射撃開始のタイミングを図るだけとなっていた。

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