<甲十五 ―――――――>

 なんだ、どこだここは?

 ああ、巡戦榛名の後楼か。英艦隊の支援にはるばる来たんだっけな。

 地中海までのはずが、いつの間にか本土まで来ちまったと副長が言ってた。

 俺は本来水雷の士官だが、まぁ予備と言う名の数合わせで旗艦榛名に来ている。

「無事な奴はいるか!」

 副長の声がする。あれ、いつの間にか火の海だ。持ち場だった後楼の壁に穴が開いて向こうが見えてるじゃないか。

 撃たれてるのか?

 さっきまで、一方的に撃ちまくってたのに……ああ。

 ここからワイヤーでつないで、空から着弾観測していた気球がどっかに行っちまった。

 ついでに、いつの間にか敵に取り囲まれてる。まいったな、気球を目印に集まってきやがった。

「栗田中尉、歩けるか!?」

 副長が俺の手を掴み、引き起こしながら言った。なんだか、片目が見えない。

 そして「ちょっと待ってろ」と血まみれの頭に手ぬぐいを巻いてくれた。 

「中尉、ここはもう駄目だ。俺が退避の指揮を執るから、お前は艦長の所まで伝令に走ってくれ!」

 俺はメモを受けとると懐に突っ込んで、炎と煙と砲弾をぬって走った。

 血が足りないのか、ふらふらだ。

 階段を上る足が重たい。艦橋がものすごく遠く感じる。

 そして、艦橋につくなりメモを取り出す。

「艦長!」

――がばっ

「艦長! ……んあ?」

「大丈夫ですか、アドミラル・クリタ」 

「ん、ん~~? お早うメリー」

「なにをおっしゃいますか。まもなく夕飯ですよ」

 栗田は汗だくになって、病室のベッドの上で半分起き上がった。 

 メリーが「すごい汗ですね。どこか具合でも?」と、心配そうに聞いた。

「いや、昔の夢を見た。前の大戦で、始めて英国に来たときのな」 

「前の? パパに聞いたことあるわ。日本から来た戦艦が先頭を切って戦ってくれたおかげで、北海からドイツ海軍を一掃できたって。すごい感謝してたわ」

「だはは、そらどうも」

「もしかして、その目……」

「ビンゴ。あの時ジュットランド沖に置いてきちまった」

「沈んだの? 助かってよかったですね」

「沈み損なったよ。ほら、テムズ川の河口辺りで記念艦になってるやつだ」

 栗田の乗っていた榛名は、大破してそこに流れ着き、そのまま保存された。

 だが、二番艦の金剛と三番艦の比叡は、どちらも三番主砲塔を失う等の大損害を受けつつも日本に戻り、大改装の後蘇った。それが今第一次遣欧艦隊として栗田が率いてきた金剛と比叡である。

 もう一隻、同型艦を作っていたのだが、金剛と比叡の修理の際資材を沢山取られ、建造中止となってしまった。

「じゃあ、さっき『カンチョウ』って呼んでたのは、ハルナのだれかなんですね」 

「『カンチョウ』はキャプテンだ。俺はキャプテンの所へ伝令に行って、その場でのびちまった。いや、恰好わるい」

「でも、生きてた。すばらしいじゃない」

「そうか? で、次に気がついたら、英国の巡洋艦で、ドクターに処置されてる所だったってわけよ。あれから、人生ずいぶん変わったなあ。

 それまで軍人にしちゃ随分臆病で、逃げ腰だったが、目玉と引き換えにあの死地をくぐり抜けてからは、堂々と胸はって生きられるようになった。そういや、俺は爺様や親父の跡を継いで、学者になるはずだったんだがなあ」

 栗田は空も星も見えない窓の外を見ながら、覆いかぶさった雲よりずっと遠くを眺めた。

「ところでメリー、素敵なボーイフレンドの話を、某准将から聞いたのだが」

 栗田は、ニヤリとしていきなり話題を変えた。

 突然自分のことに話を変えられ、思わず固まるメリー。

「ちょっとぉ~、なんでその話になるのよ」

「若いっていいねぇ。俺もあの頃は若かったな。わははは、子供は何人欲しい?」

 メリーは照れくさいやら恥ずかしいやらで、つい栗田に平手を出した。

――すかっ!

「おやすみ」

 栗田はその手を軽くかわすと、そのままごろんと横になってしまった。

「クリタさん、きっと、長生きするわ。おやす……じゃない、お食事です!」

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