<― 第二次日本海海戦 編壱 乙十六>
巽からの報告を受け、司令部で簡単に図上に起こしたところ、一番艦が不自然に突出し、離れ気味で二番、追突しそうな三番、程よい距離の四番と見えた。
「何だこれは」
西村は整然と並んで『いない』隊列を見て、理解に苦しんだ。
「んむぅ。頑丈な一番艦に攻撃を引きつけて、こう、他の艦で……」
平賀も右見て、左見てを繰り返していた。
その後ろで、木村が「下手くそなだけに見えるんだよなぁ」とつぶやいていたが、誰も聞いていなかった。
ずとーん!
修正された二射目が飛んで行く。合わせて『山城』も撃った。
「当たったところで、どうかな」
艦の性能を知り尽くしている平賀は、新型のデカブツに効くかどうか、さして期待していなかった。
相手からも、発砲の光が見える。少し遅れて、もう一隻。
今度は当てに来るだろう、と皆が思う。
息を呑んで見守っていると、敵の一番艦に発砲とは別の光が弾けた。
一発、命中だ。
逆に次は来るぞ、と『扶桑』側で身構える。
水柱が何本も上がるが、また外れた。しかし、多少なりとも近くはなっている。
「ちゃんと狙い始めたな」
西村が崩れる水柱を目で追った。
「当てられる前に、動くとしよう。ロケット弾第二射、次段へ!」
再び、ロケットが撃ち出され、何もない空中で炸裂した。レーダーが、輪をかけて役立たずになる。
一部の者しか知らなかったが、金属片をばら撒くことで、レーダーの電波を散乱させているのだ。
後にチャフと呼ばれるECM兵器だ。
「左舷回頭、頭を押さえる!」
「とぉりかーじ!」
西村、そして艦長の声が響く。
「では、な」
ここから出番はないな、と平賀は奥に下がった。
水偵の足下が、再び明るくなる。
四発持ってきた吊光弾のうち二発目だ。
「残りは、使わないかも……」
と、宇佐美。
指示がなければ、残りは温存だ。
「いらんしな」
巽が海面を見下ろす。
戦艦から駆逐艦まで、味方は夜戦を散々訓練してきた世代だ。月が出てたら、それだけで十分だ。
「お、動き出したな」
巽が見下ろした海面では、味方戦艦二隻が左に旋回していた。
残りは、加速しながら直進。上手いことぶつからないように距離を取っている。
急に転舵したためか、せっかく合ってきたソビエト戦艦の射撃は再び大外れとなった。
そして、北西を向いたところで再び射撃をはじめた。二隻だけだが、敵の頭をおさえている。状況としては丁字戦と言えなくもない。
今度は、四基八門全て使える位置だ。
見た目は建造時と変わらない三十六センチ砲だが、航空戦艦に改装するときに、中身を最新のものと取り替えてあった。
その改装で、装填速度と射撃精度が格段に上がっている。
『扶桑』形自体そもそも斉射が苦手なこともあり、地道に交互射だ。
撃ち始めたら早いもので、相手が照準を修正し切る前に、数発の命中弾を与えていた。
「あのデカブツ、あたってるんだけどな」
「頑丈」
「クッソ固え」
「燃したれ」
「そうだ、徹甲やめて榴弾だ」
「焼いたれ」
二人は空から適当なヤジを飛ばした。
『聞こえとるぞー』
と、そこに、無線機から平賀の声がもそっと出てきた。
「あ」
「あー」
切るのを忘れていたらようだ。
『わかっとから、待っとれ。可燃物は減らしたいからな』
ぶつりと無線が切れる。
「可燃物って、何かあったか?」
「弾と油」
「それ言ったら、キリねえ」
「じゃ何だか」
宇佐美か機体を傾け直して、『扶桑』の姿を見やすくした。
「おいおい、届くだろうが、当たるんか?」
「数撃ちゃ」
「数って、おーっ、数っ!」
飛行甲板から撃ち出されたロケット弾の第三撃は、対地攻撃用の多連装型だった。
巽たちは知らなかったが、伊号潜水艦から放たれたロケットと同じ物だ。ただし、数がやたら多かった。
二隻とも横を向いたおかげで角度も良く、距離は変わるが角度があまり変わらない、狙い澄ましたようなタイミングだ。
撃ち出されたロケット弾は、火を吹きながら砲弾よりも低い弾道で敵に向かう。
そして、艦橋の三倍ほどの高さで次々と炸裂して、小さな火の玉をあたり一面にばら撒いた。
盛大な“可燃物”の棚卸だ。
押し付けられた欲しくもない特売品のおかげで、敵一番艦の周囲は文字通り火の海に巻き込まれることになった。少数の直撃と、広範囲の炎に煽られ、艦のそこかしこで火の手が上がる。
さらに、砲撃が追い討ちをかけた。
そのままなすすべなく、『扶桑』の倍はあろうかという巨艦はのたうつようにして行き足を止めた。
「おーぅ! やっつけちまったよ」
「おー! やー!」
二人は、機上で思わず雄叫びを上げた。
だが、まだ戦闘は始まったばかりだ。
夜空での仕事は、まだまだ続く。
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