<甲六 ――――――――>
夜が明けるかあけない頃から、ポーツマスの港からは大小様々な軍用艦艇が、どやどやと出撃していた。
天候には恵まれ、作業は滞り無く進んでいる。
しかし高木率いる遣欧艦隊は、朝一のはずが昼頃の出撃となってしまっていた。
「ああ、朝から出てくれたのに、待たせちゃったな」
高木は、金剛の環境から、沖合で待ちぼうけしている小艦隊をみて言った。
援軍として英海軍がなけなしの戦力を割いてだしてくれた、八隻の駆逐艦からなる部隊だ。気を使って早めに出てくれたのだが、遣欧艦隊の方が遅れてしまった。
一刻も早くスコットランドのロサイスを出た艦隊と合流するべき、英主力艦隊を優先させたため仕方ない。金剛が港を出た頃、その英主力艦隊は既に戦艦キングジョージ五世や空母を中心に隊列を組んで、一路ドーバー海峡を目指していた。
「間に合うと良いですが」
辛うじて最後尾のマストが見える、その主力艦隊を見送りながら神が言った。
「どうだろう。今の所、敵主力はこみっちり守りを固めて、じっくり動いているから、先にドーバー海峡を突破できそうな案配なのだが」
高木は背伸びをして、見えなくなりつつある英艦隊を見た。
ベルゲンを出た独艦隊は、レーダー基地騒ぎの間に全力で南下し、オランダ北方沖あたりでヴィルヘルムスハーフェンの別働隊と合流したらしい、と言う情報が入っている。
一方ロサイスの艦隊は、多数の戦艦をそろえてそれににらみを利かせていたのだが、低速が災いして見事に出し抜かれてしまった。出撃したはいいが空振りとなり、今頃大慌てでドーバーに向け南下している頃だ。
「例え合流に失敗しても、ロサイスの艦隊だけでも敵主力と数的に互角ですから、追い返すくらいはなんとか出来るでしょう」
「英海軍もそのくらい分かってるよ。だが……」
「だが?」
「偵察機が、ソンム川河口あたりに妙な小船が沢山、というかうじゃうじゃ居るのを見たらしい。写真をちゃんと撮る前に追っ払われてしまったから、詳しいことは分からない。でも、妙に引っかかってね」
「沢山、ですか。何が沢山かにもよりますね」
「ドーバー海峡に近い分、不気味だ」
そう話しているうちに、英海軍の駆逐艦隊に追いついた。
その駆逐艦隊は、トライバル型を中心に全部で八隻。
高木のもとで前進する日本の打撃部隊は、巡戦の金剛と比叡、軽巡の最上と三隈の四隻だけとなる。残りはあえて英国沿岸に遊弋させることになっている。
「ところで、敵さんの正確な情報は掴めたかな」
高木が聞くと、神が紙を一枚懐から広げ出した。
そして「ええと、空からの偵察によりますと」と読みはじめる。
「軽巡と駆逐艦、合わせて二十隻程度です。そのなかに、ラ・ガリソニエール級が四隻確認されました」
それを聞くなり、高木は「結構強力だな」と口ひげをなでた。まだちょっと違和感があるらしい。
「逃げますか」
「神中佐、アホ言っちゃいかん。負ける理由がない。さっさと片付けて、英主力の援護に回るぞ」
「アホって……また簡単におっしゃる」
神がそう言って高木の方を見ると、高木の顔には少々の不安と緊張、そしてたっぷりの自信が浮かんでいた。
「神君、この金剛級は、出来た当時とは別物だよ」
確かに、全くの別物に近い。
ジュットランドで姉妹艦一隻を失い、残る二隻もそれぞれの第三砲塔を失った。それから暫くの間、日本海軍では軽量高速の巡戦として扱っていた。だが、このところ航空戦力が新たの脅威となってきたため、金剛を小柄な戦艦から、巨大防空艦に作り替えたのだ。
五年前の改装時、それまで鉄板を貼っただけで放置していた第三砲塔跡地を整理して、内部に強力な機関を設置した。それのおかげで、追加装甲を施したにも関わらず、速度が大幅に向上した。速力は公称値で三十五ノット。高速な最上でもないと、着いていくことすら出来ない。
そして、外見的な最大の特徴が、その第三砲塔跡地に前後に四基、それが左右に三列と、スペース一杯に十二基も設置された、十二・七センチ連装両用砲だ。三万トンの安定した艦上から撃ちだされる多数の砲弾は、航空機にとり大きな脅威だ。現に地中海を突破したときは、イタリア空軍機を片っ端から海の藻くずとしている。
高木の自信の背景には、このスピードと手数を巧く利用する作戦があるのだ。
戦艦リシュリューの上空を、双胴の大型機が過ぎ去ってから四時間ほどが経った。
日はだいぶ昇り、午前十時。
独仏混在の大艦隊は、大型艦を中心にがっちりと防空陣形を固めて、ワデン海北方の大陸沿岸を南西に向かって移動していた。
リシュリューは、他のフランス戦艦や巡洋艦とともに、第三戦隊として後ろの方からついていく。
発見されてから今までに、英空軍が二度ばかり空襲を仕掛けて来たが、全て返り討ちにしていた。
「うまく釣れたな。目標海域には日没後につけば良いらしいから。このままじっくり行こう」
シューマッハーはは空を見上げて言った。
艦隊はミューラー大将指揮のもと、基準排水量六万トン、四十センチ砲八門を搭載した旗艦フリードリヒ・デア・グロッセを先頭に、あえて十五ノット程度に抑えて移動していた。
まずは自ら餌となり、寄って来る英航空機を次々に撃退する作戦だ。今朝未明に合流した空母『グラーフ・ツェッペリン』と『ペーター・ストラッセル』の艦載機ならびに、陸上基地からの航空支援を、今の所有効に使えている。
「既に百機近くを撃破したということです」
艦隊参謀のバルター中佐が報告を入れた。
「そうか、その調子だ。もっとも、そろそろ大物がかかっても良さそうだが」
「はい。その件ですが、既に食いついて来たようであります」
「おお、大変だ。で、相手は?」
「ロサイスの旧式戦艦部隊が既に出航し、制空権内を南下してるという情報が入っています。既に北緯五十三度半あたりに達した模様。」
「そうか。さすが英海軍だ。いつでも出られるように構えてたな」
「このままだと、十六から十七時頃に遭遇の可能性があります」
「わかった。いつでもやり合えるように、備えを万全にな」
シューマッハーは、出来れば早い所やってしまいたい、と思いながら言った。
「ところで、あっちの釣り師はどうだろう?」
そして、地図のフランス北西部を指した。
「フランスのおとり部隊ですか? われらとほぼ同時刻に敵と遭遇の見込み、と旗艦から連絡が入ってます、しかし、小舟でシャチを釣るようなものですね」
「どういうことだ」
「北海作戦の収支を大赤字にしてくれた、あの艦隊です」
「ああ、大陸の反対から来た連中か。嫌な相手だなぁ」
「そんなことを言っていいのですか」
「かまわんよ。あんなつかみ所の無い相手、嫌に決まってる」
バルターは、それに関してはほぼ同意だった。だが、ゲルマン至上主義と有色人種差別主義が蔓延している艦隊本部はどうかな、とも思っていた。
「だがな、艦隊参謀。イタリア海軍がもう少し頑張って、地中海で奴らを減らしておいてくれれば、こんな苦労をしなくて済んだと思わんかね」
「まったくであります」
「おかげで、これから休む暇もありはしない」
せめてもの楽しみは、ピエールの持って来るフランス料理くらいだ。
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