<― 第二次日本海海戦 編零 乙十五>

 夕刻になると、西村艦隊は、基地航空隊から伝えられたソビエト艦隊を見失わないよう、予備までかき集めた九五式水偵や一式水戦を飛ばして見張らせていた。

 ほぼ真北に向かう西村艦隊に対して、ソビエト艦隊はやや西寄りの南南西に進路を取っている。

 このまま行けば、がっつり反抗戦での撃ち合いだ。

 敵の編成は報告通りで、大型艦四隻と、小型艦が十四から十七隻。数的にかなり不利だと、巽は思う。

 大型のうち二隻は、空から見ると後続の『ガングート』『セバストーポリ』の戦艦二隻が偉く小さく見えるほどの図体で、『ソユーズ』『ウクライナ』という名と三連の主砲を三基備えていることだけ、日本側も聞き知っていたが、謎の多い相手だ。

 そのソビエト側も、こちらの様子を確認しようとなけなしの水上機を飛ばしてきたが、水戦はもとより空戦までこなす水偵に、出てくるなり片っ端から落とされ、日暮れ前には空からの目を完全に無くしていた。

 宇佐美と巽の機は、比較的熟練度が高いという理由で、航空戦艦と巡洋艦から出された合計六機の“遅番”中のひとつとして、日没直後に飛び立ってきていた。空戦の可能性が低いことから、全機水偵だ。

「無事に帰れよ」

 巽が、飛行機にとって目と鼻の先にある本土に向かって帰る“早番”に、届かない声を送った。

 空は薄曇りながら月夜。ベテランなら飛べる明るさだ。

「距離、つたえてくれ」

 宇佐美が、見やすいように期待をゆっくり旋回させながら言った。

「了解。ええと……七万乃至七万五千メートル、だな」

 巽は、簡易測距機と目測だけで艦隊同士の距離をぼぼ正確に掴み、あえて電信で『扶桑』に伝えた。

「三度電信すりゃ、無線電話よりよほど正確に伝わるからな」

「そう、だな」

 お互い低速艦を含むためか艦隊速度が控えめだが、戦艦同士の撃ち合いが三万程度として、相対速度を考えたら三十分かそこらで本番開始だ。

 振り返ると、航空戦艦『扶桑』『山城』の違法建築的な艦橋が見える。その右に、『古鷹』『加古』『利根』『筑摩』の巡洋艦。

 やや離れた所に、駆逐艦勢。

 白露型の『白露』『夕立』『時雨』『村雨』、そして…

「巽、あれはありなのか?」

「足が速いには速いな、特型」

 少し後れた位置、『筑摩』になんとく続くような並びで、特型の『綾波』『叢雲』を従えた『島風』が構えていた。作ってはみたが、高性能と引き換えにとてつもなく高価になったため、二番艦以降が打ち止めになった曰く付きの逸品だ。

 数的にも質的にも不利なこの状況を、われらが西村提督はひっくり返す自信があるのだろう、と巽は思う。

 命じられた役割は、艦隊の目だった。

 

「日が暮れましたな」

「ふむ、暮れましたな」

 ソビエト艦隊が北北東四十キロに迫った頃、太陽はどっぷりと水平線に沈んだ。

 見上げると、薄曇りの月夜。日が暮れても、今飛んでいる搭乗員なら、さして問題ないはずた。

 艦隊は、二十ノット程度に速度を抑えて間合いを測っている。

「そろそろ、狼煙を上げるとしよう。例のロケットは、用意できてますかな」

 西村の問いに『扶桑』の砲術長が無言で頷く。

「よし、全弾発射!」

 飛行甲板に上げてこられた射出機から、大きなロケットが三発、ひとつずつ間を置いて撃ち出され、火を吹きながら敵艦へと向かった。『山城』からも同様に撃ち出せれる。

 ロケットは敵艦隊に向かって暫く飛んだ後、敵もも居ないのに爆発して果てた。

 果てたついでに、レーダーが役立たずになった。

「アンテナからして、あっちもレーダー使うはずだからな……」

 ぼそりと平賀が呟く。

「敵艦、発砲!」

 そんな呟きが、見張りの声でかき消された。

「偉く遠くから撃って来たな」

 西村の言葉の後に、艦長の「総員、衝撃に備え!」と叫ぶ声が艦橋に響いた。

 だが、暫くして、敵の砲弾が届きもしない明後日の海面に着弾した。

「威嚇、なのか?」

 今威嚇してどうする、と皆思ったが、外れは外れだ。知ったことではない。こちらとしては、当たらぬところで撃つ気もない。

 少し離れたところで、巡洋艦の陰から『島風』達が間合いを見ている。当然、艦長たちも今ではないことは分かっている。

 相手も分かっているのか、速度は抑え気味だ。

 西村艦隊の古兵達は、月さえ出ていれば間合いを伺う程度の艦隊行動は問題ない。

 さらに、敵の射撃がもう一度。またも大外れだ。

「これは威嚇ではなく、挑発と見るべきだな。レーダーが妨害されている分、近寄って光学照準するつもりだ」

 西村は崩れる黒い水柱を見ながら言った。

 なるほど、と艦長や参謀達も同意する。

「ふむ。では、慎重にいくかね」

「いや、ここは乗ってやろう。全艦増速、突撃用意!」


 とある潜水艦。

 地味な月明かりの下、這々の体でウラジオストクにたどり着いた。

 クルーたちがふらふらと降りていくと、街中が焦げ臭かった。あちこちで火災があったようだった。

「おお、生きて帰ってきた奴が居るぞ!」

 数人の海兵達が桟橋を駆け寄ってきて、一部が号泣していた。

「ど、どういう?」

「あんた、艦長かい? どうもこうもねえよ!」

 士官と思しきおとこが、鼻水混じりに、叫ぶように聞いた。

「みんな、帰って来ないんだ」

「みんな、だと……」

 見回すと、軍港はやけに寂しかった。

 沿岸向けの小船以外、見当たらない。それに、照明もほとんど灯っていなかった。

「潜水艦は片っ端から沈められ、航空隊も返り討ちににされた」

「ちょいまち。航空隊はサハリンとウラジオストクだけで千機近く、潜水艦だって何十も極東に……」

「皆まで言わせんでくれ。でもな、水上艦がいないのは、反撃にでたからだ。今頃ソユーズと合流して、反撃に、出ているはずだ」

「そうか。ソユーズとウクライナがあったな」

「戦車減らしてでも、七万トンずつの鉄を用意したんだ。やってくれるはずだ」

巨大なだけでなく、レーダーや大砲も、何もかも最新の戦艦だ。

日本近海に残っている旧式艦など相手になるはずもない。

「ガングートも、フソウと同世代だ。数でも質でも負けるはずがない」

 北戦艦が戻ってくる前に各個に撃破できれば、間違えなく勝てる、と彼らは思った。

 負けたらどうなるか、彼らには想像もつかなかったし、したくもなかった。

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