<甲参 ――――――――>
「おっ、とぉ!」
ジミーの乗った九七式大艇は、飛行機にしては異様なほどの低速だが、船としてはとんでもない速度で着水し、しばらく白い波をけたてていた後、桟橋の近くでほぼ船らしい速度に落ちついた。
ジミーが外に目をやると、桟橋に人が集まっている。上空からなら何度も見たことがある、ポーツマスの港だ。今はそこかしこに、日英の軍艦が停泊している。
今しがたここポーツマスに着水した飛行艇の乗員たちは、いまほっと胸を撫で下ろしている。
一度は独空軍の長距離戦闘機に補足され、危ないところだった。そのときは、たまたま機銃座で外を眺めていたジミーがさっさと叩きおとしてことなきを得たのだが、可燃物満載であるため皆ヒヤヒヤしたものである。
よく見ると、集まっているのは日本兵ばかりだ。なにやら、台車やロープを沢山持ち出して来ている。後ろからは、後から着水した残り三機の艇がついて来ていた。
四機の飛行艇は、次々とゆっくりとした動きで桟橋に寄り、横付けされた。手早く桟橋の日本兵が舫をつなぐ。
「さて、降りますか……ぬわっ!」
留まったところでジミーが飛行艇から降りようとすると、外に居た日本兵たちがわらわらとなだれ込んで来た。押しのけられたジミーがぽかんと見ている前を、兵たちが慌ただしく荷物を運び出し台車に乗せて行く。
そして、ジミーが降りられるようになったのは、荷下ろしがあらかた済んだ後だった。
「オツカレサンマ』と飛行艇の操縦士に声をかけると、ジミーは桟橋に移動した。
これから、飛行艇は艦隊に戻らねばならないのだが、いまの英国には、大喰らいの大艇四機分の腹を満たしてやるほどの燃料を融通する余裕がなかった。仕方ないので、残りの燃料を一機にかき集めて、人員だけを分乗させて帰る手はずになっている。
「さて、迎えはどれだ」
飛行艇を降りたジミーは迎えの車に乗せられ、港に隣接した飛行場に移動した。
予定通り、双発機が待っている。
それに乗り込み「よ、よろしく」と、先客とパイロットに挨拶した。
そして席に着くと、ふと横から「ベルト、早うせんか」と声をかけられた。
ジミーはとっさに「スミマセン」と答え、ふと自分が日本語を話してるのに気が付いた。同時に、声をかけて来たのが日本人であることに気が付いた。
「早く……あいすまん、アイムソーリー。はて、今日本語で返事せんかったか」
その日本人は、途中から英語に切り替えて話しかけて来た。よく見るとだいぶ年配で、偉そうな襟章をつけている。そして、片目が見えないようだ。
「失礼しました。私は空軍のハリス少佐であります」
ジミーも合わせて英語で話す。
「ハリス? どこかで聞いたような。わしは日本海軍の栗田中将だ。小一時間ほどだがよろしく」
「はっ。アドミラル・クリタありますか。もしや、あの、例のフライトの時、テイラー准将経由で『眠らないように』と、気付け薬を戴いた……」
そこで二人は目を合わせ、互いに「あぁ~っ!」っと叫んだ。
――ぶおおおおん!
その声は、エンジンの始動音で途中からかき消された。
ジミーは色々と話そうとしたが、エンジン音がさらに大きくなり、二人の会話を激しく邪魔した。それにまけじと、声が大きくなる。
機長が「うるせーな」と乗客に一瞥をくれると、ブレーキを緩めて滑走を開始した。一瞬よろけたジミーたちが、慌てて体を正面に向ける。
そして、二人が初対面なのも忘れて喋りはじめるのは、上昇して巡行にうつったあとになる。
栗田とジミーを乗せた輸送機は一時間と少しをかけ、実験隊のあるロンドン郊外の飛行場に着いた。
ふたりは地上に降り立つと、互いに少し型は違うが奇麗な敬礼をかわした。
淵田のスルメをあっという間に喰ってしまい、歯のあたりが少し気になっている。
「今日はお会いできて光栄であります。あの時は、助かりました」
「おぅ! またあおう。今度は日本で、な」
栗田はそう言って手をおろすと、待っていたロールスに乗り込んだ。
ジミーはそれを見送ると、実験隊の詰め所の方に向かった。
そして、「ただいま」とその扉をくぐった、が、だれもいない。
「なんだ、出迎えもなしどころか、留守かよ。参ったな……なっ!」
ジミーがあきれていると、誰かにいきなり突き飛ばされた。
同時に三人ほどに取り囲まれ、「このやろー」とか「よく生きて帰った」とかいろいろと言われながらもみくちゃにされた。
「ピ、ピーターとワトソンさん、あとテイラー少将ですか」
ジミーはひとしきりもみくちゃにされた後、顔を上げた。目の前には見なれた三人の顔が。他の実験隊メンバーもいつの間にか現れ、ジミーを取り囲んでいる。
「あはは、では改めて。ジム・ハリス『少佐』ただいま帰還しました」
ジミーが改まって敬礼すると、奥の方から実験隊長のギブソン中将の声がした。
「ごくろう、そして昇進おめでとう、ハリス少佐。そうそう、今日は特別にもう一人ゲストを呼んである」
ギブソンがそう言うと、人だかりの中から白衣の女性が遠慮がちに現れた。
「メリー」
ジミーはそれに気付くなり、半分口をぱくぱくさせながら言った。そして、手を伸ばした。
――びたん!
直後、その手をかいくぐって、強烈な平手打ちがジミーの顔面を襲った。
「なっ……なんで~?」
「なんでって、そっちこそなんで一か月以上も、手紙一つよこさないのよ!?」
「そ、そら~ほら、機密任務だわぁ~!」
――ばちん!
「痛ぇな、なにをするられらぁ~」
――べちっ!
「あのね、痛いのは、生きてる証拠よ! 心配したんだから!」
メリーはそう言うと、建物の陰の方にジミーを引き摺って行った。
そして、ジミーの頭を引き寄せると、ほとんど噛み付くようにして口付けをしてきた。
ちょっと涙でしょっぱく、若干血の臭いがした。
まあいいや、確かに俺は生きてる。だから、今日は背中に手を回すくらいゆるされるよな。
ああ、早く毎日キッスができるようにならないかな、あははは……イテェ。
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