< ――――――――乙弐>

 

 夜明けの甲板に、コンコンとせわしない足音が響く。

 正面に朝日。輸送船を引き連れで、航空戦艦「山城」は九州西方を東進中だった。

 平賀は厄介この上ない話を聞きつけ、まだ寝ている助手を放置して艦橋へ急いでいた。

「西村少将どの」

「んだ?」

「訛ってます」

「それ言いに来たか、東京出身」

「いや、違う。日ソ交渉だが」

「ああ、満州の小競り合いを止めるとか止めんとか。それがどうした、軍人には関係ない」

 西村は、あくまで軍人であろうとした。

 国同士の話など、政治家の仕事。

 だが、平賀は水平線の向こうを見据えて、言った。

「大ありになったようだ」

「なして?」

「陸奥が、爆沈した」

「あめ、そらホントがぁ?」

「訛ってます」

「あめなぁ。で、なしてだ?」

「恐らく、潜水艦」

「期限は明日だというのに、やはり露助は信じられんな」

「ふん……」

 平賀は全うなロシア人も知り合いにいる、と言おうとしたところで伝令に遮られた。

「緊急連絡、陸奥が雷撃を受け炎上中です!」

 

「当たっちまった。どうするよ」

 とある名もないソビエト潜水艦の中、お通夜の会場で盆踊りするかのように、静かに大騒ぎしていた。

 本来なら津軽海峡の西側に潜んで、見張りをしていたはずだった。

 が、上官が目を離した僅かなスキにそれは起きてしまった。

 迫ってくる駆逐艦とソナーの音にパニックを起こした数人の新兵が、事もあろうに魚雷を撃ちまくったのだ。そのうち数発が偶然にもしんがりを進んでいた戦艦に命中し、なんと大炎上させてしまったのだ。

 ベテランたちが大急ぎで潜望鏡を引っ込めて急潜航をかけ、いまは機関を止めて静かにしている。

 ズドン、ズドン!

 あちこちで爆雷がさく裂する振動が伝わってくる。

「あ~、むぐっ」

 再びパニックになりそうな新兵を数人がかりで取り押さえた。ここで音を立てて見つかったら、一巻の終わりだ。

 皆、こんな極東の海でくたばりたくない。それだけだった。

 本当なら大戦果のはずなのに、派手にフライングしたおかげでこれである。

 

 “陸奥被雷により大損害”

 この知らせは、日ソ双方に激震を走らせた。

 いろいろ噂は立っていたが、要は満州での小競り合いをなんとか収束させようと、日本が仲介に入って交渉しているはずだったのだ。

 後方から散々援助しておいて、という話がないでもないが、満州側が総崩れとなってしまっては交渉どころではない。

 もう少しで一時停戦、というタイミングで起きたことだった。

 日本側は、不意打ちは卑怯なりと激怒し、ソ連側は罠だと言い張った。

 事故だという発想にはだれも辿り着かずに、数時間で決裂。

 その時には既に、現場ではなし崩し的に戦闘が始まっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る