第九幕 黒山羊世界一周 中

      四

 こんなの、やってられるか!

 飛行場にどでんと居座るのは「ツインハリファックス」とかいう、その名の通りハリファックスを横に二つつないだデカ物。四発機のようで、六発機のようなものというべきけったいな実験機だ。

 この二つある胴体の間をつなぐのは、元の三分の一以下と短く、太めの主翼だ。後ろでは、水平尾翼もつながっている。いずれも、強度を増すためにフレームが入っているそうだ。

 外側の「普通の主翼」には一見四基と見えるエンジンがついている。

 これだけ見ると四発機なのだけど、そのうち内側の二基はが異様に長い。それもそのはずで、エンジンを二つ串刺しにしたものなのだ。当然パワーは二基分近くある。というわけで、コイツは「六発機のようなもの」なのだ。

 外側に六基分のエンジンがついているが、間の「太めの主翼」にはエンジンが無い。そのかわり、かなりでかいモノを吊るせるように出来ていた。

 具体的に言うと、いわゆる、親子飛行機というヤツだ。

 今は、俺の愛機である、子機用に改造された零戦がぶら下がっているのだ。

 で、今日は親機にぶら下がって二時間飛び、そこで一回切り離されて、またぶら下がり、そのまま帰って来るという実験、いや訓練をしてきたところだ。

 えぇ、やりましたとも。三回ばっかり失敗したけど、どうにか再びぶら下がって無事に帰ってきたさ。

 今日はうまく行ったが、始めの頃は何度やってもだめで、あきらめて引き返したものさ。

 おかげで、零戦にはかなり慣れたけど。

 それも大変なのだが、狭い小型機の操縦席で、目的地まで何時間もの間、一人ポツンと何もしないで待たされるのがめちゃめちゃ辛いのさ。ほんと、ぶら下がってる間は何も出来ないからね。一応、親機とは電話で話せるようにできてるけどさ。

 あと、切り離しはともかく、再収容のむずかしいこと。始めはガス欠覚悟で何度もトライしたけど、全然うまく行かなかった。

 このクレイジーな航続距離を誇る零戦がだよ、一度は本当にガス欠寸前になったんだぜ。それで、通りすがりの空母に下りるはめになった。日本のクトゥルーだかヘキリューだか言ったっけ。

 まったく、空軍の俺がなんで着艦なんかしないと行けないんだ。

 やりゃ出来るけどさぁ。

「ドあほー!」

 ムカついた俺は、滑走路沿いの立ち木を蹴飛ばした。

『どさっ』

 チクショウ、雪だ雪! 木から落ちて来た雪で、真っ白ケになっちまった。

 ああ冷てー。

「コラ、ジミー!何をしとる」

「ウルセー、この……ありゃ、中将どの、こいつはしつれーしました!」

 慌てて敬礼する。

 最悪だ。この男に、バカな姿を見られた。

 しかし、なんでこの男が居るのだ。

 そこに、「ハリス中将どの、ここのいらっしゃいましたか~」と、テイラー准将が格納庫の方から、ブーツをどたどたならして走って来た。

「……はーはー。おや、ハリス中将とハリス中尉。名前だけかと思いきや、外見まで似てますね」

 テイラー准将が二人を交互に見ながら言った。

「私のせがれだ」

「俺の親父です」

 げ、親父とハモッた。

「コラオドロイタ!その親子が、こんな所で何を?」

「悪いが、空軍中将として来ている。ここの司令官の所にも行って来た」

「その~親父、もといハリス中将が直接俺に下す命令ってなにさ、であります」

 なんか、ごそごそ取り出しているな。

 命令書か? なにをワザワザ直接こなくとも。

「辞令!ジム・ハリス中尉に特別任務を命じる!詳細はこいつを読んでおけぃ!」

 なぬ、特別任務だと? 親父、正気か。

「それって、おぃ、親父……」

「返事は、どぉしたぁ~~~!」

 うわ、なにもそんなでかい声で言わなくても、きこえるっての。

 まったく、もう、びっくりしたじゃないか。わかったよ。

「イエッサー! 私、ジム・ハリスは特別任務を遂行します!」

 と、とりあえず敬礼。

「よろーぉし! もうひとつ、俺からの命令だ」

「イエッサー!」

 今度は,なんだよ。

「生きて帰って来ぉ~い!」

「い、い、い、イエッサーー!」

 ど、ど、ど、どういうこと?

「以上! 私は忙しいので、これにて」

 親父ぃ~そんな危ない任務なのか、おい。

 呆然としている俺のことを振り返りもしないで、格納庫前にあったロールスに乗って行っちまった。

「おい、ジミー。何を固まってるんだ、親父さんいっちゃったよ」

 テイラー准将が俺の肩をたたいた。

「ンあ~」

 思わず間抜けな声をだしてしまった……言葉が出なかったのさ。

 さて、とりあえず命令書を読むとするか。

……あはは、やっぱり。

「どうした、ジミー。また固まっちゃって。」

「一言で言えば『てめーで飛べ』と。参ったなぁ,既に準備が進んでて、明後日には発たなきゃならないらしい。」


      五

 命令書を受け取ったのは、おとといの夕方。

 三つに分けられており、一つは準備項目や概要の書いてある「すぐ読め」版。残り二つは、赤封筒と青封筒に分かれており、どちらも命令が無いと開けないものだった。

 で、今はそれから二日後の二十一時。

 その間,ブリーフィング以外の時間はずっと(無理矢理)休養をとらせれた。

 またとんでもない長旅なんだよ。

 そこまでして運ぶブツがあるそうなのだが、まだもらってないんだ。

 ところで、俺が休んでる間に、母機のツインハリファックスからは降ろせるものを徹底的に降ろし、つめるだけ目一杯の燃料が積まれたらしい。

 そして、俺が乗る零戦がくくりつけられている。

 こいつもまた、二十ミリ機銃一式や七・七ミリ機銃の弾半分を降ろしたりして軽くされた。

 さらに特別工兵隊、通称「職人」さんが手作りした、特大で特製のコンポジットタンクがぶら下げられている。爆撃機用とは違い、足に付ける形ではないが(引き込めなくなるしな)太った翼のような流線型をしており、それ自体で揚力を稼げる形状となっている。

 こいつは、長距離戦専用に設計され、二つ三つ試作されて放置されてたのを、テイラー准将が何処からとも無く拾って来たらしい。さすが。

 さて、間もなく出発だ。

 荷物の確認は済ませてある。


 二十一時三十分。

 さっき、親機にぶらさげられた零戦に乗り込んだ。

 直前になって、一番重要なブツ、『黒山羊さん』とかいう書類を受け取った。かなり分厚い書類で、日本語の『重要』という意味のスタンプがどんと押してある。

 その山羊をイザって時のために防水袋に入れて、体にくくり付ける。

『ボォン、ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・』

 おっと、母機ツインハリファックスの六基のエンジンと四基のプロペラが回りだした。

 ゆっくりと機体が動きだし、滑走路の端に移動する。

 外ではテイラー准将が、そこらまで見送りにきていた。俺が手を振ると、振り返して来た。夜だってのに、めちゃくちゃに目が良いな。元パイロットか?

 そう言えば乗り込む前、その准将が「もう駄目だと思ったら飲め」と、小瓶に入れた飲み薬をくれた。日本海軍のクリタとかいう人の差し入れで、ムシとか蛇とかを煮て作ったものらしい。しかし、「もう駄目」っていわれてもなぁ。

『ジミー、どうだ?』

 スピーカーからワトソン大尉の声がした。

 今、ワトソン大尉は母機の操縦席に居て、有線電話を通じて話して来たのだ。

「アイ、機長。問題無しです。」

『よろーし。この電話は優先だからかまわんが、無線の使用は許可が出るまで禁止だ。では、行くぞ』

 母機のエンジンが轟音を上げ始める。

 俺は加速に備えて正面に顔を向けた。いつものことだが、自分が何も出来ないので全身がうずうずする。

 そして滑走路上を猛然と加速し始めた、と言いたい所だが、燃料をしこたま積んでいてかなり鈍い。

 ずるずると滑走路の端の方まで使い,

そして……

 飛んだ。何とか飛んだ。

 これからが長いんだよなー。全部で何千キロも飛ぶらしいから。今までにない、超長距離飛行なのだ。

 

      六

『おーい、ジミー。おきてるか~?』

 ぬぉ、寝てしまった。あれだけ休んだのに。

 そらまぁ、外が真っ暗で、こんな時間じゃ寝てしまうわな。暖房はちゃんと聞いてるし。

 現在深夜一時。 

 リスボンの西百キロあたりを、南に向かって飛んでいる。

 海のただ中で、周りを見ても月と星しか見えない。

 とりあえず、返事をしないと凍死したと思われるので,答えておくか。

「生きてますよー。さみしいよー」

『生きてたかー。右の胴体見てみろー』

 機銃窓の中で副長が何かしようとするのが見える。

「ワトソン大尉、副長は何をしてるのですかー」

『いいから見てろー』

 副長は棒を持ってニヤニヤしている。なんだ?

……ぽん、と真っ赤な花と紙吹雪が出た。

『おもしろかったかー』

「あほかー」

『わはははは、目が覚めたか。ちゃんと水飲めよー。脱水症状をなめるなー』

「アイ、サー。しかし、アレですよー」

『安心しろー。水とションベン袋はたっぷりのせておいたからなー』

「アイ、サー」

 そうは言ってもなー。

 臭い話だが……機内でもぞもぞ袋に出して、窓からポイ、なんてのは何度もしたくない。開けると寒いし、親機から見えるし。

 何時間もカンヅメ状態だから仕方ないけどさ。

 そうそう、カンヅメといえばこの狭さ。もともと、小柄な日本人用に作られた機体なものだから、かなり狭い。親子実験機に改造するときに、椅子を動かしたり、操縦桿の立て付けを変えたりしてみたが、キャビンの狭さはそのままだ。

 ついでに、大量の飲み水や非常食、書類まで詰め込まれている。

 時々頑張って伸びをしたり、手足を動かしてみたりするが、それもままならないほど狭い。

 しかし……まいったな。退屈しのぎに本でも持ってくりゃ良かった。

 副長も、一発ネタじゃなくて、もっと長く楽しめる出し物でも用意してくれりゃいいのに。

 

『ジミー、下を見ろー』

 またも、ワトソン大尉の声で起こされた。

 一応、寝ちゃ駄目なことになってるんだが、大目に見てくれている。

 えーと、現在午前三時。景気を見る限り、いつの間にか向きを変えて東に向かっている。

「はいー、なんでしょうー」

『陸地が見えるかー』

「見えますよ、灯台みたいのがいくつかー」

『ジブラルタルだー』

 早いな、もうジブラルタルか。

 ざっと計算して……平均二百二十ノットくらいはでてるじゃないか。初期型ハリファックスの全開飛行並だ。こいつは、ほんとに速ぇ。

「速いですねー」

『今頃気がついたのか。エンジンが特別仕様なんだよー』

「はじめて知りましたー」

『グリフォンつってな、次のスピットにも乗るぞ。それが六基だー』

「喋っていいんですかー」

『ナイショな。高高度性能も高いから、帰りは高度三万フィート以上で、フランス上空を突っ切って行くのさー』

「今は重くてだめですかー」

『それもあるが、そんな所飛んだら、お前さんが死んじまうよー』

「あはははー」

 そらそうだ。何時間もそんな所飛んでたら、高山病と寒さでどうにかなっちまうな。

『ところで、ジミーの退屈もあと小一時間の辛抱だ。今のうち休んでおけー』

「了解ー」

 あと一時間か。今まで我慢したのと比べたら、どうってことない。

 さて、この高度だともうすぐお日様が見えてもおかしくないな。

 それからの方がもっと大変だ。今のうち寝ておこう。


 午前四時。正面になる東の空からお日様が顔を出し、ちょっとまぶしい。

 あれからちょっと寝たが、だんだん緊張して来て眠れなくなった。

 ワトソン大尉が『おきろー』と声をかけて来たときは、目がばっちり冴えていた。

『もうすぐ切り離しだ。ジョイントは凍ってないかー』

 見てみると、ちょっと凍ってる。

「凍ってますー」

『いま電熱器を入れるから、溶けけたら言ってくれー』

 しばらくすると、氷は徐々に溶け出してすぐに無くなった。

 俺はもう一度確認すると「溶けましたー」と報告した。

 ほどなく『それじゃー』と少し寂しそうなワトソン大尉の声がした。

『現在、予定空域の東約五十キロを飛行中。航路は赤い封筒を開けて確認すべしー』

 俺は「了解ー」と、お預けを食らっていた封筒のうち、赤いほうを開けた。

 そこには横に長い地中海の地図が入っており、航路が書かれている。

 赤いペンで何度か折れ曲がった航路を示す軌跡が記され、アレキサンドリアの北西辺りで終わっている。その終点には小さく三角と丸が書き込まれている。そして、端の方に八時半に「無電でSOSを三回打ち、受信可能な状態にしておく」とだけ書いてあった。

『見たか? 俺は内容を知らないのだが、まぁ……無事帰って来い!』

「了解。それでは、行ってきますー」

『オッケー。子機、エンジン始動用意ー」

「始動用意ー」

『始動!』

 俺は「始動!」と復唱しながらエンジンに火を入れた。

 サカエエンジンは問題なく始動し、マーリンとはまた違った轟音を上げた。

『それじゃ、切り離し用意ー』

「用意……よぉし!」

『スリー、ツー、ワン……グッドラック!』

 グッドラック、と俺も言いかけたが、口を半分開けたときにはもう回線が切られていた。

 同時にハンマーで背後から軽く叩かれたような音がして、機体がふわりと沈み込んだ。浮き上がって親機に突っ込まないように、ぐっと操縦桿を押し込む。

 十分に降下した所で軽く旋回にいれ、親機を振り返った。

 操縦席でワトソン大尉と副長が手を振っている。

「いってきます!」

 見えるかどうか分からないが、俺も手を振っておいた。

 さて……これからが本当の勝負だ。

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