<甲二十四 ――――――>

 戦闘機からなる第一波航空隊、その一番乗りとなる斬り込み隊長をつとめた淵田は、敵が引いて行くのを見ると、散り散りになりかけた部下を再度集めた。

 何機か欠けていたが、今は欠けた数より残った数が重要だ。

「ひいふうみい……まだまだいけるな!」

 隊内無線で呼びかけると、いくつもの『おう!』という勇ましい返事が返って来た。

「よし、第二波の連中をもっと楽にさせてやろうじゃねえか。栗田長官のところのも来てるみたいだぞ! 野郎ども、続けぃ!」

 いったん退くと見せかけた第一波航空隊の生き残りは、再び態勢を整えると、慌ててさがって行く独戦闘機に突っかかって行った。もちろん、反撃はしてくるが、艦隊の方に戻ることができない。おかげで艦隊上空の防備が手薄になっていた。

 見ると、慌てて艦載機までまで出して来ている。

『隊長、後ろにフォッケ!』

 下を見ていたところで、部下の声が無線で入って来た。

 淵田は「おっと」と、機体を左に横滑りさせてそれをかわすと、いったん機体をバンクさせてバレルロールをする見せ掛け、ラダーを蹴飛ばしてふらりと木の葉落としに入った。追って来たフォッケはたまらずオーバーシュートして淵田の前に出た。そのフォッケは咄嗟に横転し、急降下で逃げようとしたが、逆に淵田に腹を見せることになった。

「喰らえ!」

 淵田はそう叫ぶと機銃のトリガーを引き、二十ミリと七・七ミリの機銃弾をしこたま叩きこんだ。フォッケはそのままただの石のように墜ちて行く。この日四機目の撃墜だ。

 こうして戦闘機隊に足留めを喰らわせている間に、艦爆と艦攻を中心とした第二波攻撃隊が二方向から敵艦隊上空への侵入を開始した。

 海上からは、友軍機が居ようと居るまいと、猛烈な対空射撃が開始された。

「げ、あれはたまらんな」

 その射撃をちらりと見た淵田は、思わず声が出た。

 がっしりと組んだ円陣からの射撃は、濃密で、効果的に見えた。

 だが、三百に上る攻撃隊はそれを全く無視するように、スズメバチの群れのごとく天から覆いかぶさっていく。

 さらに、追い討ちをかけるように、別方向から第一次遣欧艦隊の約百機が突入した。

 淵田は次の獲物を物色しながらちらちらとその様子を見るが、瞬く間に艦隊上空は火と煙でいっぱいになってしまった。その隙間から、大きな火球や、煙を噴きながら落ちていく何か、そして水面に立ち上る水柱や火柱がいくつも見える。戦火も上がっているが、被害もあるようだ。同士打ちもあるかもしれない。

 淵田は見てもよくわからない戦況は置いておき、目の前に現れたフォッケに頭を切り替えた。

「それじゃ、五機目をば……おおっ!」

 そのフォッケは淵田の零戦に気がつき、猛烈な勢いで頭から急降下に入った。馬鹿力と頑丈な機体にものを言わせて急降下されると、華奢な零戦では追っていけない。

 深追いするのも危険なので、追撃をやめて機体を引き上げにかかった。だがその時、フォッケは突如として翼を翻し、急上昇して反撃してきた。強力なエンジンを積むフォッケは上昇に移っても速度が衰えず、速度がつきすぎて舵が効きにくくなっている淵田の零戦に向かってきた。

「うぉっ、敵にもウデのいいのが居るじゃねえか!」

 淵田は必死で操縦桿を動かしながら、とにかく機銃を撃ちまくった、

――ガガガリベキバキドガ……

 機体のあちこちから、機銃が奏でる軽快な金属音と、それとは違う鈍い金属音が同時に聞こえてきた。

「まずい、どこか撃たれたか」

 そう思った瞬間、目の前に迫ってきたフォッケが火だるまになってひっくり返った。それが目に入った淵田は、自分の機体も火を吹いていないか首を回してあちこち調べた。

「ふぅ、穴だらけだが、火は吹いてないか。やれやれ」

 ほっとしたところで僚機がやってきて、心配そうに無線を入れてきた。

『隊長、無事でありますか』

「ああ、何とかな。だが、燃料がだいぶ抜けちまった。不時着場を目指すので、貴様らは先に帰ってくれ。心配するな、あっちの加来少将は、龍驤で世話になったからよく知っている」

『不時着場? あ、あれですね。しかし隊長、あなたも、燃料を失いつつあるようですが』

「燃料?」

 淵田は、いわれて初めて自分の左手が猛烈に痛いのに気がついた。あわてて右手でスカーフを外し、巻き付ける。

――まいったなぁ、片手で着艦しないといかんのか。それより、帰ったら零戦の欠点を報告しないと。

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