<甲二十三 ――――――>
空母『翔鶴』を発ってからわすが二時間足らず。
ジミーは八百キロ離れた空母飛龍に降りた。現在、ここには第一次遣欧艦隊の航空戦隊司令部が置かれている。すぐ隣には、同型艦の壁龍、後ろには半分補給艦にされてしまった軽空母龍驤が走っている。
それ以外のフネは、どこに行ったのか見渡しても目に入らない。
かわりに、英艦隊の残存兵力が護衛を務めている。
「それでは、これを頼みます」
零戦を降りたジミーは、航空戦隊司令の加来に直接資料を渡した。
「ご苦労。燃料を補給しておくから、その後飛べるように休憩を取って……」
加来は資料を見ながらそこまで言って、ふと止まった。
「ちょっと、休憩は長めになるかもしれんが、まぁ、呼ばれるまで休んでくれ」
何か変だと思いつつ、ジミーは言われる通り案内された休憩室に移った。
が、暫くして甲板の方がうるさくなり、落ち着かなくて上に戻ってみた。
いつの間にか数機の零戦が飛行甲板にあげられている。さらに、見ているうちに次々と艦載機があがって来た。
ぽかんとしてそれを見つめるジミー。
「これじゃ、しばらく帰れないな。わぁ、また上がって来た」
ジミーは実験隊に配属されてから、任務の性質上離着艦訓練のために何度も英空母に乗ったことがあるが、それに比べて日本の空母は搭載機数がかなり多いと思っていた。大きな『翔鶴』はともかく、中型の飛龍からも七十機程度の艦載機がでてくる。並の英空母の倍だ。そのかわり防御が薄いことを淵田に言ったところ、『空母が攻撃される時は、もう負け戦だ』と一蹴されたことがある。
「そうだよなぁ。日本の艦載機って、とんでもなく足が長いし」
仮に敵の居場所がブレストだとして、片道二、三百キロだ。スピットだとちょっときついが、零戦なら増槽無しでも軽く往復できてしまうのは、ジミーも身を以て知っている。
「まてよ、こっちは良いとして、『翔鶴』の攻撃隊は結構遠いんじゃないかな」
独仏の艦隊も、やはり日英艦隊が動き出したのを察知しており、日没前にブレストを出て洋上で円陣を組んていた。
大型艦を中心に同心円を描くように艦を配置し、相互に対空防御を行う態勢で、後に対空輪形陣と呼ばれるものに近い。
その円陣はふたつ、戦艦『フリードリヒ』を中心とするものと、『リシュリュー』を中心とするものにわかれている。それぞれ独戦艦、仏戦艦を中心に配備し、各々に空母を一隻ずつ配置していた。現在、『フリードリヒ』の陣が先行し、北西に向かって十五ノットの比較的ゆっくりした速度で移動している。
「おいでなすったな。また、一昨日みたいに、基地航空隊と合わせて返り討ちだ」
午前八時前、『リシュリュー』のレーダーは敵の姿をとらえた。シューマッハー少将は、レーダーがとらえた西南西の方の空を見上げて言った。
空は雲量四、薄曇りだ。
今朝までに、予定の八割になる約五百機の航空戦力が、内陸伝いにブレスト周辺に集まって来ている。また艦載機も合計八十機にのぼる。
そう思っている間にも続々と基地から続々と直援機が集まって来ていた。
「空の準備は完璧のようだな。さてバルター、敵の様子はどうかな」
聞かれた参謀のバルターは、余裕の表情で以て見張りとレーダーに報告を求めた。
「敵の数、およそ百二十!」
報告を聞いたシューマッハーは「予想の範疇だな」といたって冷静だ。
「しかし、数は不明ですが、第二陣が存在するようです」
「うむ。同数だとして二百四十か。まだまだ、対処できる範囲だ」
独軍が集めた陸海合わせた航空兵力の、数にして半分だ。その味方航空機の全部が戦闘機と言うわけではないが、とにかく慌てる数ではない。
まもなく、少し遠い西の海上で、約四十の独空軍機が、ほぼ同数からなる敵第一波の先鋒に斬り込んで行った。
先陣どうしの戦いは、高い次元でほぼ互角のようだ。激しい戦いの割に戦闘空域があまり動かない。日本の零戦と、独主力のフォッケことFw190はあまりに性格の全く違う戦闘機であるためか、お互いに攻めあぐねているようにも見えた。そうでなければ、どちらも一番隊は強者ぞろいということだろう。
だが、徐々に戦況は独空軍不利になってきた。
敵第一陣百二十機はそのほぼ全てが零戦と思われる戦闘機だったようで、続々と戦いに参加し、斬り込み隊の四十機をまず追い返した。その後も、次々に数十機単位で襲いかかるフォッケを、数に物を言わせて各個に撃退して行った。
「うむ、一見不利だが、悪くはない。敵の数もだいぶ減っている」
こちらは、損傷を受けてもすぐそばにブレストの基地があり、そこに帰れる。だが敵機は、撃たれたらおしまいだ。
空軍もそれは分かっているのか、畳み掛けるように次々と敵第一陣にフォッケやメッサーシュミットといった戦闘機のグループを送り込んで行く。
そのいくつめかを撃退したところで、敵第一陣の戦闘機隊が一斉に翼を翻して撤収にかかった。それに追い打ちをかけるべく、回りを飛んでいた独軍機がが飛んで行く。
だが、その動きは急に止まり、フォッケやメッサーがあわてて艦隊上空に戻ろうとし始めた。
それと、『リシュリュー』が敵第二波を確認したのが同時だった。
報告して来た若い士官の顔が、かなり青白い。
シューマッハーはあくまで冷静に「それで、敵の数と、方角は」と、聞き返した。
「北西と、南から同時に接近しています。数は、どちらも百五十近いと見られます!」
これにはシューマッハーもさすがに驚いた。
「艦載機が一度に四百以上だと。そんなこと、あり得るのか!?
そうは言ってみたものの、現実は目の前にせまりつつあった。
「もう一団、北方より百機近いの編隊がやってきます」
「五百だど! 日本は何十隻もの空母を持ってると考えるべきか……?」
ドイツ人であるシューマッハーの感覚だと、空母の搭載数は三十から四十機程度だ。ところが、このとき来ていた日本の空母は四十から百機近い搭載数を誇っていたのである。このとき、攻撃隊を出した空母は第一次遣欧艦隊の四隻中二隻、第二次の八隻中六席の、合わせて八隻だけだった。
だが、そんなことより、空母の数よりも現実に目の前に迫る敵機の方がよほど問題である。
そう思ったシューマッハーは、一隻でも多く生き延びるために、命令を下した。
「全艦、対空戦用意!」
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