<甲二十五 ――――――>

「ピエール、食事をたのむわ」

 敵が去った途端に空腹を感じたシューマッハーは、書類片手に厨房に電話を入れた。そういえば、朝飯を喰いそびれた。

「これが、一回の空襲、それも艦載機のものなのか」

 被害情報が入れば入るほど、頭が痛くなる。

 二番目の円陣を指揮してしたのだが、襲ってきた敵機は意外にも中心に据えてある戦艦などの大物を狙わず、外縁の中小型艦に的を絞ってきた。一発食らえば戦闘不能になるような艦ばかりだ。

 頭痛の種は、それが原因で、とにかく数が減ってしまったことだ。数がそろわないことには、重厚な防空陣が組めなくなり、今度大規模な空襲があったらつらいことになる。今回の戦闘では、さまざまな形で多数の敵機を堕としてはいたが、相手がどれだけの戦力を残しているのか見当がつかない。

 シューマッハーが「どうしたものか」と頭を抱えていると、ミューラーの艦隊総司令部から一つの知らせが飛び込んできた。

『敵打撃艦隊を発見。空母一隻、戦艦六隻を含む』

 ちらりとバルターと目を合わすシューマッハー。そして息を合わせたように、思わずニヤリ。

「勝てますな」

「ああ、今なら勝てる」

 巡洋艦も十隻程度確認されているが、そんなことは気にすることは無い。少々の性能差だって、小さいことだ。なにしろ、こっちには戦艦だけで十一二隻も集まっているのだ。

「おろ、どしたの? ニコニコだーね。日本の飛行機やっつけたの、うれしい?」

 そこに、ピエールが部下とともに食事を持って上がってきた。お得意の「忙しいひと向け」野菜サンドだったが、今度は肉がたっぷり挟まっており、スープには具が沢山入っている。

「ち、ちがうちがう。ほら、メシがうれしいのさ!」

「ほんとぉ~? 僕もうれしいね」

 ピエールがトレイに野菜サンドとスープと並べる。

「おっと、私とバルターの分は、あっちに」

 書類だらけの机のかわりに、シューマッハーは隅のテーブルを差した。

 ピエールが「はいよ~」と移動したところで、通信兵が別の連絡をもって現れた。

 再び二人はニヤリ。

 司令部が、艦隊を再編して敵打撃艦隊に戦いを挑む決断をしたのだ。



 第一次遣欧艦隊の航空戦隊は、稼働中の艦載機のおよそ八割、九十機ほどを攻撃隊に出し、艦隊直援は英残存艦隊の空母に依頼していた。

 午前九時半過ぎ、予定の海域であるランズエンドの南方沖に着いた頃、南の空にぽつりぽつりと、日本製の艦載機が現れた。

「やっぱり来たな」

 航空戦隊司令の加来は、双眼鏡をのぞいて機体の数を数えた。

 ジミーのもってきた書類の中に、攻撃隊を出すための指示といっしょに、この辺りで不時着機に対処せよと言う指示もあったのだ。百機程度なら龍驤と英空母も巧く使って収容できるが、それ以上になると、自前の攻撃隊が帰る前に再度飛んでもらうか、機体を捨てるしか無い。

「うはー。載り切らねえぞ、あれは」

 加来は、途中で数えるのをやめて双眼鏡を放り出した。

 あっちをよろよろ、こっちをふらふら、次から次へと思いの外沢山の艦載機が不時着先を当てにしてやってきた。やっぱり、沢山捨てないとならなさそうだ。

「なんだなんだ。こんなに来たら、あっちの山口司令が困るだろうに」

 加来はあきれたように言ったが、内心では余程凄まじい戦いだったのだろうと、乗員たちのことを心配した。

 とかいえせっかく生き残った彼らは生きて収容しなければならない。艦隊は一斉に風上に舳先を向け、受け入れ態勢を取った。

 わざわざ不時着しに来るくらいだから、まともな機体などそんなにあるはずも無く、着艦するなりひっくり返ったり、普通に止まりきれずにネットに引っかかってようやく止まるようなものが続出した。そんな機体はもう使い物にならないから、乗員を救出したら、すぐに海へドボンである。

 その何機目かに、エンジンがプスプスと今にも止まりそうなほど苦しそうな音を立てている零戦が、加来の乗る飛龍にアプローチしてきた。

「ウデはいいな」

 加来はその動きを見て思わず感心した。不調な機体を、巧く安定させている。

 そして、その零戦は訓練でもするかのように奇麗に着艦して、止まった。

 だが、中からパイロットが出て来ない。

 不審に思った軍医がそれによじ上り、すぐに兵を集めてパイロットを引っ張りださせた。すぐに担架に乗せられ運ばれて来たパイロットはかなり血まみれだったが、加来はその顔に見覚えがあった。

「淵田君じゃないか」

 加来は担架に駆け寄ると、声をかけた。

「お久しぶりです。加来さん、今は少将でしたっけ」

 何処を怪我したのか分からないほど血まみれの淵田は、力なく答えた。

「そうだ、少将だ。だが、おい、喋るな。死んじまう」 

「いやぁ、まだ一回しか戦ってないのに、くたばるわけには」

「そうだ、だから黙ってろ」

「あはは。それに、約束があるから、死ねない」

 淵田はそう言うと、「ふぅ」と一つ息を吸って目を閉じた。

「ジミーはまだいますか?」

「ハリス少佐か? もう基地に帰った。だから、喋るな」

「そうですか……まあいいや。何を御馳走してくれるのかなぁ……はぁ」

 淵田は穏やかな顔をして息を吐き、それっきり吸うことは無かった。

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