< ――――――乙十一 >
朝日を浴びながら、二式管制機が空母『蒼龍』に戻ってきた。
「出来れば、西向きでお願いしたかったですよ。眩しいだたらないです」
「狭い日本海で、西向きに直進はちょっとな」
「それは、分かりますが」
「代わったほうがよかったか?」
江草の問に、操縦士は「いえ」とだけ答えた。
二式管制機は後席でも操縦可能な作りで、江草も着艦くらい朝飯前だから、返す言葉がない。
もうひとつため息をついたところで、二人は甲板に降りた。既に整備班が取り囲んで作業に取り掛かっている。
時間はあまりない。今頃、本土から爆撃隊が飛び立っている頃だ。
江草は「貴様は休んでいてくれ」と操縦士に声をかけると、自分は空母なりの小さな艦橋に向かった。
「大変ご苦労であった」
見慣れた、本来の上官である艦長の山田が出迎える。
「お陰様で。早速ですが、作戦の詳細を」
一通り話したところ、お互いの認識に相違はなさそうだった。山本のちょっかいが上手くいったことは、短い符牒を、もって知らされている。
「しかし、どうやってこれだけの情報を、朝の短時間に。自分は、三沢で有線電話を使いましたが」
江草は昨日の昼に呼び出されて青森の三沢に移動し、今朝はそこから出ている。
作戦内容は、電話で話せばさしたるものではなかったが、暗号文で無電を打つとなるとかなりのものだ。
「そもそも、こっちの発案でね。どうせ位置はばれてるので、途中から扶桑の無線電話だ」
「電話? さすがに敵さんにも日本語が分かるものがいるでしょうに」
「栗田提督発案の即時暗号化術があってな」
「なるほど……、いや、それは何でありますか」
「機密事項」
その後、江草と山田、さらに一部参謀が打ち合わせている間に、甲板に艦載機が上がって来ていた。
さらに、一時間ほどした頃、空に小さな点々が現れた。
「さて、行きますかな」
江草は甲板に降り、さきに飛び立って行く戦闘機や艦爆隊の後に着いた。
「これから、少し忙しくなるなもな」
宇佐美は、「蒼龍」から飛び立つ艦載機を『扶桑』から見上げた。
昨日あたりから潜水艦も余り現れず、現れても周りの駆逐艦が撃退してしまう。航空機も現れない。
おかげで、宇佐美の水戦も巽の機銃も出番がなかった。
ウラジオストクの反撃でもするのか……
そんな彼の頭上を、艦載機はぐるりと編隊を組んで旋回した後、本土から来たと思しき十機ばかりの陸攻隊と合流し、北西の空に飛んで行ってしまった。
このままさっさと戦争が終わるかな。
「そうはいかないか」
ぼそり独語し、持ち場に戻った。
江草が率いてきたのは、少数の一式陸攻隊、並びに『蒼龍』からともに合流した零戦隊だ。
目標は、一応ウラジオストクの軍港ということになっているが、牽制が目的で無理に叩く必要はないことになっていた。
「上手いこと逃げてくれてればいいが」
やや雲が多めの空から、会場を見下ろす。
気にかけるのは潜水艦であり、ここから見つけるのはどのみち難しいのはわかっていた。
未明の潜水艦によるウラジオストクへの奇襲は、交戦状態に入った時の一手として以前から計画されていた。房総半島を仮のターゲットとして、訓練を積んできている。
奇襲に参加したのは、「伊四〇〇」「伊四〇一」「伊四〇二」の大型潜水艦三隻。元々水上機を数基搭載する「潜水空母」として計画されたが、状況の変化から、大きい以外はよりシンプルな艦として短期間に建造された。もちろん、専用機体の設計もされていない。
代わりに搭載されたのは、これまたシンプルなつくりのロケット砲だった。浮上したところで、レールの上を引っ張り出して固定、そこではっしゃした後にそのままランチャーは海上投棄というものだ。
一隻当たり三十発を短時間に投射できるが、命中率はいまひとつ。数撃ってなんぼという兵器だ。
ロケット弾はウラジオのどこかに落ちていれば良く、そこら中に被害を与えてやるのが目的の作戦だった。
「民間人にも被害は出るだろうが、樺太のやり口を考えたら自業自得というものだ……さて」
北の雲間から、ウラジオストクの南にある島々が見えてきた。
敵に見つかるのは分かっているし、その前提での出撃だ。
「全機、攻撃態勢。南東側から侵入する」
分かっているので速度を上げ、戦闘機隊は高度も上げた。
『十時の方向、敵戦闘機、上がってきました!』
陸攻の隊長機から無線が入る。
江草は「了解」と確認したが、何か違和感も感じた。
「やけに少ないな。飛行場にでも何発か落ちたか?」
少し首を伸ばして雲間から地上を見てみるが、確かに何か所も煙が立ち上っているところがあった。港湾施設にも、何発か命中してはいるようだ。
「いやそもそも、飛行場はもう少しむこうだから」
まさか、いきなり空襲してくるとは考えていなかったのだろうか。
極東の大拠点というのに、迎撃機があまりにも少ない。
そう思いつつも、江草は既に攻撃態勢に入っている編隊を目標に導く。合わせるように、零戦隊は上がってきた敵を迎え撃っていた。
近づくと、それなりに対空砲劇は受けたが精度は悪く、拠点と思うとかなり薄い。
「あのせい、だろうか」
見下ろすと、港の一角で激しい火災が起きていた。どうやら燃料タンクにロケットが命中して、消火できないでいるらしい。
「消火の邪魔をしてやろう。目標、燃えているタンクの西側」
江草が指示を出して少しだけコースを変えると、陸攻隊はタイミングを合わせて爆弾をばらばらと投下した。
ほんの十機ばかりの中型攻撃機でウラジオストク程の大きな拠点に致命打を与えられないはずだ、と江草は思う。だが、今朝のロケット攻撃を合わせるとそれなりにダメージは与えてはいた。
そして状況を写真に収めるだけ収めて、街の南にあるルースキー島を左手に見ながら反時計回りに旋回して南南東へ離脱していく。
ほどなくして、護衛の戦闘機隊も集まってきた。
気持ち悪いくらい拍子抜けだな、と思いながら、江草は『扶桑』へ無線をつないだ。
「こちら江草。攻撃は順調に完了した」
隠すつもりもない、音声での交信だ。
『それはよかった』
雑音混じりながら、西村司令の声が返ってきた。
「これより艦載機は『蒼龍』に帰還、陸攻は本土に……」
『すまんが、本土まで陸攻と一緒に帰ってほしい。こっちは大騒ぎで、収容どころではなくなりそうだ』
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