< ――――――――乙五 >
「ウルフパックを艦隊相手にやった訳か」
西村艦隊は、長崎沖での艦隊再編には深夜までかかり、司令官自身ようやく一息ついて戦況を整理したところだ。
「で、何故に、私まで再編やらされたのかね」
クタクタになった様子の平賀が、まだ働こうとする西村を横目に、司令部の隅っこでコーヒーをすすっていた。
「将官でねえけ?」
「技術中将だ」
「そんな仕切り、三年前に消えちまったさ」
「そうだが、専門外だ」
その割に上手くやってると、西村はとっ散らかった資料を整理しながら思った。
平賀は、形式的には技術顧問という建前で、部下も少数、特にでしゃばるでもなかったが、どこか皆に信頼されている。
正直この珍装備だらけの艦隊は、元技術中将と現中将殿が居ないと、どうも回らないところもあるのだ。
「さしあたり、西村殿は寝てくれまいか。戦闘になったら、私では指揮できん」
「んだな。出航までしばらく寝っから。いや。そのまえにコイツを」
まだ元気そうな西村は、机の引き出しの鍵を開け、数枚の青写真を取り出した。
「黒山羊文書の写しか」
「ご存知でしたか?」
「ああ。おかげさんで、色々と準備を急げたが」
と、平賀は、暗い北の空を眺めた。
「先にやられてしまいましたな」
「ふむ。相手は露助だ、この位で済んで良かったのだ」
件の文書は、この時点で可能な限りの全速力で運ばれてきた。
縁の方に付いたシミが一緒に複写されているが、血の跡らしい。さぞかし苦労したのだろうと、平賀は思う。
彼の知る限り、現場では蒼龍の艦長やエントツ提督辺りが、同じ写しを持っているはずだった。陸軍については、知る由もないが。
「ともあれ、言われる通り寝るとするべえ」
西村は写しをしまうと司令部を後にして、寝床に向かった。
さて、と平賀が息をついたところに「中将殿、居ますか」と、入れ替わりで木村が司令部に現れた。
「なにかね。西村中将なら寝たが」
「参りました。まずは、これを」
木村はそう言うと、伝文が入った封筒を平賀に渡した。
「ふーむ。どれどれ……また、間際に。木村大尉、明朝○五○○に荷物が届くから、受取る用意をしといてくれ。大艇二機で運んでくるそうだ」
そこまで言うと、平賀は「ふはぁ、たしかに参ったな」とため息をついた。
「ふん。どうせ送りつけるならこっちじゃなくて、『夕張』だ……。で、他には?」
平賀は、封筒を畳みながら訊いた。
「はぁ、もう一つありますが」
「潜水艦でも出たか」
「戦艦がでました」
「情報は正確に」
「南樺太西岸が、艦砲射撃を受けているとの報告が」
「そっちを先に言わんか!」
とあるソビエト潜水艦。
日本の潜水艦にフライングで魚雷を命中させてから、瞬く間に周りが大騒ぎになり、それに紛れこっそりと全力で現場から逃げてきたところだ。
「周りは静かだな。潜望鏡上げろ」
ささやくような艦長の声が海底に消える。
確実に日が暮れたころ、日本海の一角でそっと潜望鏡が浮き上がった。
何も見えないが、一緒に上がるアンテナで敵味方の通信が多少なりとも拾えると思っての浮上だ。
「ロシア語と日本語で騒いでます」
通信機についている兵が、小声で言った。
「何か分かるか」
「聞いてみます」
紙に色々と書き込みながら、通信兵は波長を変えつつ聞き耳を立てた。
「そろそろ、引っ込めるぞ」
「了解」
しばらくして、潜望鏡が下げられた。
「どうだ」
「敵戦艦を撃破したのは確実、そのかわり味方潜水艦に被害が多数でているようです」
「その他には」
「北の方で、なにか起きてるようですが、内容不明の暗号らしきものが」
「分かった」
通信兵はそれ以上聞かなかった。
別に心配事ならある。
このまま、何食わぬ顔をして帰ったところで、無事で済むだろうか。
この艦が“しでかした”わけではないと胡麻化すのは可能だ――物置で簀巻きになっている“しでかした”若造が何とかなればだが。
「なんだか、えらく西の方にすすんでね?」
「ん? そうだな」
ハリスたちが聞いたら、「どぇりゃなまっとるでかんわ」と思いそうな英語が、だだっ広い甲板で交わされていた。
さらに、加藤たちが見たら、えらくズングリとした戦闘機と、どこか厳つい攻撃機がその甲板に乗っかっている。
月夜の下、暗い海を艦隊は進んでいた。
「演習だし」
「だし?」
「全部が全部、予定通り知らされてても変だろうかと」
彼ら兵隊は、訓練のため北太平洋のアッツ島沖に向かうと知らされていた。行き先はそのはずだった。
「そうだな」
「そんなとこだろ」
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