第四幕 荷物はどうする?

荷物はどうする?

      1

      

 ああ、ねむい。

 また徹夜だ。

 メシが不規則。また太るな。

 で、例のショーキが配備された基地に、エンジンを三基ばっかり運ぶそうな。

 それも、ロンドン郊外にある、ロールスの倉庫からトラックで直行だ。

 昨夜、汽車でロンドンに行き、夜通し準備してやっとトラックに乗ったのだ。

 え~と、汽車に乗ったのが八月十四日だから、今は十五だな。多分あってる。

 どうも最近日付が分からなくなりがち。

 まったく、なんでこんな仕事を大佐の僕がしなきゃならないのさ。

 たった三基だよぉ。

 でも、行き先と積み荷について、他には秘密なんだそうだ。

 ロールスから出て来たら、エンジンだってバレバレなんだけどなあ。

 あはは、なんてね~。

 実は、一応機密性の高い任務だったりするらしいのだ。

 

「テイラー大佐、出発であります。お乗りください」

 ああ、うん。え?せっかくロールスに来たんだから、高級サルーンで送るって?

「いいよ、トラックに乗って帰るから。それに、道が悪いから、せっかくの高級車がもったいない」

「は、はぁ……」

 僕はロールスの所長さんの誘いを丁寧に(?)断ると、目の前のトラックに乗ることにした。

 エンジンを載せた、幌付きのトラック。うーむ、でっかい。

 運転の若い兵隊さんに驚かれた。ま、大佐がいきなり乗って来たんだもんな~。

「君、名前は?」

「ウイリアムズ一等兵であります!」

「ああ、そう。僕は寝るから、後はよろしく。道は分かるよね?」

「い、イエッサー」

 僕は、きょとんとするウイリアムズを放置して、シートベルトで体を固定すると、帽子を深くかぶって寝る事にした。

 あぁ、眠い。

 なんか、無線で喋ってるな。空襲? いつもの事だ。

 トラックがごとごと動き出した。

 エンジンが五月蝿いが、二十年も軍隊にいれば慣れるもんだねぇ。

 あとはぁ、任せてぇ、僕はぁ……寝るぅ――。

 

       2


「大佐! 大佐どの!」

「んぁ?もうついたの?」

 トラックが止まってる。

 あぁ、寝た感じがしないなぁ。もっと寝れると思ったのに。

「なにかね?」

「上をドイツ軍機が飛んでいます。どうしましょう?」

 どーしたも、こーしたも……。

「アホか。我々の任務は、ブツを運ぶ事だ。だいいち、こんなところで止まってたら、いい的じゃないかぁ~~!」

「い、イエッサー!」

 トラックが再び動き出す。

 周りは原っぱと畑ばかり。さっさと通り過ぎないと、爆弾落とされてオシマシだ。こんな任務で死にたくない。ま、正直、戦死自体まっぴらなんだけど。

 それに、暑いしだるいし眠いし――なんてこと、若い兵隊の前じゃ言えないなぁ。だれかグチを聞いてくれよ。 

 

 

『キキキキーーーー!』

 またしばらく寝ていたら、突然トラックが大揺れに揺れて目が覚めた。

「大佐、あれを」

 これは困った。

 前方の道を半分塞ぐように、飛行機が止まっている、というか刺さっている。

 パイロットは見当たらない。落っこちたのか、脱出したのか。

 あ、よく見たらハリケーンだし。味方でも、邪魔なものは邪魔だなあ。

「ウイリアムズ君、通れる?」

「ノー、サー!」

 いやほら、そんなに緊張しないでよ。はいはい、無理なのね。

 どうしようか、なんて思ってたら、後ろから地元農家のおっさんが現れた。

「ありゃー、麦畑に飛行機が」

 おっさんは、飛行機を見て言った。畑の主からしてみれば「飛行機が、道路から半分畑にはみ出してる」わけだ。

「ご主人ですか?たまりませんね、これは。ところで、このへんで回り道はできませんかね?」

 ちょっと「軍人らしく」背筋を伸ばして聞いてみた。苦手なんだよね、こういうの。

「回り道は無いけど、ホレ、そこらもウチの敷地だから、適当に踏んづけていってかまわんよ」

 おっさんは、道を挟んで畑の反対側を指していった。

 まぁ、そこら、と言われても、道から外れたらただの原っぱ。

 下手に重~~いエンジンを積んだトラックが踏み込んだら、動けなくなっちゃう。

 入っても大丈夫か確かめるために、僕はトラックを降りる事にした。

「よっこらさ、と。ありがとう……おや?」

 おっさん、左手と右足が途中から無い・・・。

「ああ、これですかね?先の戦争の時、歩兵やってたら、ドイツのヒコーキに撃たれたんですわ。ま、そのおかげで帰って来れたんですがね。まぁ、帰りの船がこっちについたら、戦争が終わってやしたが」

 終戦直前に死にかけて、帰らされて、そんで結局生き残った、か。なんて言っていいのやら。

「それはそれは。おお、これはまた、ずいぶん堅い地面ですね」

 原っぱを歩き回ると、ちょっと石っぽくてがちがちの地面なのが分かった。

「あんまし堅いから、耕すのあきらめたんですわ。わっはっは」

「そうでしたか。じゃ、安心して通らせてもらいます」

「じゃ、お気をつけて、軍人さん」

「ありがとう、もと兵隊さん」

 僕はおっさんに別れを告げると、トラックに戻った。

「じゃ、ウイリアムズ君、行こうかぁ~~。慎重に頼むよ」

「イーェッサ!」 

 だから、キミは堅くならないでって。

 

       3

 ああ、寝そびれた。

 眠いけど、眠れない。目が冴えてしまったなぁ。

 今日は空がヤケに騒がしくて、一度目が醒めたら気になっちゃって。

 もう、いつになく飛行機がウジャウジャ飛んでる。

 後ろを見ると、ロンドンの方で沢山火の手が上がっていて大変そうだ。

 しばらくすると、トラックは森を通る道に入った。

 これはいい隠れ蓑だ。今のうちに、敵さんがいなくなるといいな。

 ――おや?

「ウイリアムズ君、ちょっと止まって」

「イエッサ」

「あれ、何か道ばたの木にひっかかってるね」

「イエッサ」

「ちょっと、降りてしらべに行こうか」

「イエッサ」

 アホか、それともオウムか、こいつは。 

「おい、どうした。なにをそう堅くなってるのさ?」

「クソが漏れそうであります!!」

「さっさとしてこ~~~~~い!」

 あ、あはははは。


 ウイリアムズが『さっぱりした顔』をして森の中から戻って来たところで、改めて道ばたの木にぶら下がっている「もの」の所に歩いて近づいてみた。

 うむ、やっぱり、落下傘で降りて来た兵隊さんだね。

 ドイツ人かもしれないから、慎重に近寄ってみる。

「おーい、たすけてくれー」

 兵隊さんは、こっちに気がついて声を上げて来た。

 どう聞いてもイギリス人の英語。よく見りゃ落下傘も我が空軍のガラだった。

「おーい、どうしたー?」

「見ての通りだぁ!降りるに降りれねー!」

 彼の足の高さまで、目測で一二フィートくらいかな。ヒモ切って降りたら、死ぬかもしれん。せっかく助かったのに、そら嫌だわな。 

「チョーッと待ってろぉ」

 僕は、ウイリアムズにトラックを持ってくるように指示した。

 トラックはでっかいから、下に持っていってやれば幌にでも降りれると思う。

 で、そのトラックは、ウイリアムズの運転ですぐに現れた。

 そして、上手に道の端によせ、兵隊さんの真下についた。

『どさっ』

 下からじゃよくわからないけど、丈夫な幌は兵隊さんをソフトに受け止めたらしい。上から「助かった~」という声がしている。

 どうも、怪我とかは全くないらしく、ごそごそと自分で降りて来た。

 おっと、彼は兵隊さんじゃなかった、少尉さんだった。

「お? 大佐どの、なんでこんな所に」

 少尉さんは僕の顔を見るなり、敬礼しながら聞いて来た。

「ホラ、飛行場で、二、三日前に『ショック』について聞いた……」

「ん? ああ、ハリス少尉か。ススだらけで分からなかった。あと、あれは『ショーキ』ね」

「しょ、しょっけ、ショーケィ、ま、いいや。とりあえず、ジミーでいいです」

 ジミーは袖で顔を拭いている。

「ところで、さっき道ばたにハリケーンが落ちてたが、キミのかな?」

「どうでしょう。今日は、ハリケーンもメッサーもそこら中に落ちてますから」

 上が五月蝿いと思ったら、そんなに激しい戦闘だったのか。

 そう思ってたら、頭のすぐ上をフォッケが火を噴きながら通り過ぎた。

 直後、森の中に『どーん』という音とともに火柱が上がった。

「また墜ちたか」

 ジミーはぼそっと言った。

「基地のほうは大変そうだ。早くエンジンを届けないと」

「積み荷はエンジンですか?」

 あ、言っちゃった。

「内緒だよ。なぜか知らんけど。そうだ、基地まで乗っていきな」

「あ、ありがとうございます、大佐」

「隣の基地だけど、まぁ、移動用の飛行機くらいなら手配するよ」

 

       4

 あ、暑い――。

 ただでさえ暑い所に、一人増えてさらに暑い。

 ジミーはジミーで、涼しい顔をして鼻歌を歌ってるけど。若いっていいね~。

 こんなことなら、ロールスロイスで送ってもらえば良かった。少なくとも、寝れるしなあ。

 いやいや、軍人がこれじゃいかん。

 ま、もうすぐ目的地だからいいけどさ。

「ところで、大佐。なんでまた、わざわざ大佐が付きっきりで運んでるんですか」

「知らん。知ってても言えないよ~」

 途中で、「ジミーが無事だ」って基地に無線を入れようとしたけど、つながらなかった。大丈夫かいな。


 基地につく頃、空の方はやや落ち着いて来たようで、だいぶ飛んでる飛行機も減っていた。

 フェンスの外から見ても、滑走路は開いてる穴と塞いだ穴だらけ。

 戦闘機は、使えるスペースをどうにか巧く使って、離着陸をしている。

 さて、やっとゲートの前に着いた。

「テイラー大佐だ。荷物を届けに来た」

 僕が番兵に言うと、番兵は「お待ちください」と詰め所の方に走っていった。

 ちょっと待つと、代わりに上司らしき男がやって来た。階級は大尉だ。

「私が運転を代わりますので、大佐以外は降りてください」

 大尉は敬礼するなりそう言った。

「ん~?なんかありそうだね。ハリス少尉、ウイリアムズ一等兵、降りて」

 二人は「イエス、サー」と降りた。釈然とはして無いけど。

「ご苦労さん。そうそう、こっちの少尉は、ハリケーンのパイロットだから、所属の基地に連絡しておいてくれ。落下傘降下してたのを拾って来た」

「わかりました。手配しておきます。それと、ウイリアムズ一等兵、運転ご苦労。案内に従い、食事をとって休憩室で待機してくれ」

 大尉は、兵を一人呼び、案内役につけた。

 そして、トラックに乗って来た。

「お手数をおかけします。ちょっと機密事項があるので」

「まあ、そうだろね」

 トラックは、大尉の運転で格納庫の一つに移動した。

 日本軍が間借りしているところだ。

 ようやく、本当の目的地。

 はて? そういや、ロールスロイスのエンジンで何をするのだろう。


 トラックごと格納庫に入ると、何やら日英の偉そうな人が出て来た。

 イギリス人は、ギブソン空軍中将。日本人は、とりあえず、偉そうな階級章がついてる。

 僕は、先にトラックを降り、書類を持って二人に近づいた。

 さしあたり、敬礼。

「テイラー大佐であります。輸送任務完了しました」

「ご苦労。こちらは日本から来た笹館中将だ」

「よろしく。大日本帝国空軍の笹館です」

 おお、こちらも中将。しかしまぁ、なんとも見事な英語だ。それに引き換え、言いにくい名前だなぁ。サーダーサデー、ちがう、サテサーテ? うむむ。

「と、言うわけで、大佐は今日からここに転属だ」

「へ?」

 お、思わす「す」のまま聞き返してしまった。

「へ、じゃない。これから、新しく設置された『日英共同実験隊』の資材調達を指揮してもらう。こちらの笹館中将の下で」

「今までの仕事は?」

「あっちの仕事は、代わりがいくらでもいる。よろしいかね」

「い、イエッサー」

 ああ、さっきのウイリアムズ君みたいに堅くなってるなぁ。

「じゃ、テイラー大佐、さっそくだけど――おや?」

 ありゃ、急に目の前が横倒しになった、

 なんだ、僕が倒れたんだね~。

 意識はかなぁ~~り遠い。

 なんか、むこうにエンジンが無いショーキが置いてあるなぁ、あはは出来損ないだ。イヤきっと夢、ゆめ、ばくばく、ば……。

 

       5

「お、気がついた」

「あれ? ジミー。ここは、医務室か?」

「そうです。いきなり倒れたんで、担ぎ込まれたそうです」

 気がつくと、僕は基地の医務室にいた。

「どれだけ伸びてたんだ?」

「丸二日。ドクターは、ただの過労だ、って言ってました」

「ああ、そう。ところで、なんで君がここに?」

「いろいろあるけど、機体を失ったついでに、配属されちまいました」

 あはは、えーかげんだな~。

 そこに、ヒゲ面ハゲ頭の爺さんが現れた。ドクターのようだ。

「気がついたみたいじゃね。サーサデティ中将の許可はもらってるから、後一日寝ててくだされ」

 はぁ。なんか優遇されてるなぁ。

「さて、新しい機体が出来たみたいだから、ちょっとテスト飛行に行ってきます。そうそう、俺中尉に昇進してテストパイロットに配属されました」

「ほ~。ジミー、よかったね」

「これからもよろしく、准将」

「え?僕も昇進?」

「だ、そうです。今までの働きが認められたってね」

 ほぉ~~~。

 僕ってそんなに有能なのかねえ? 

 ありゃ、また眠くなって来た。あ、でも腹減ったな。

「ところで、ドクター。め、めそ、じゃない飯、めし」

 なんか、目の前にオレンヂが見える、ほぁ~夢かなぁ~~。



 翌日、テイラー『准将』は元気に正式な事例を受け取った。

 なお、後にこの実験隊は、数々の名機と迷機を生み出し、歴史に名を残すことになる。

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