<― 第二次日本海海戦 編参 乙十八>

「平賀中将、さがっててください!」

「うぬー『島風』が」

「危険であります! 敵の砲撃が、正確になりつつあります!」

 戦艦一隻を火達磨にした直後はまだよかったが、かなり危なくなって来た。

 窓べりにかじりついていた平賀が、心配になった若い士官たちに引っぺがされる。

 平賀は燃え落ちる戦艦の姿と、それに照らされながらとんでもない速度ですっとんでくる駆逐艦の姿を見ていたのだが、渋々と引き下がった。

 ただでさえ、レーダーを妨害していた金属片が風に飛ばされて効果が薄くなってきたところなのだ。

「まだ沈まぬや……」

 指揮を執る西村が、それを他所に歌うともつぶやくともなく声にした。

 敵の大型戦艦、その二隻目にも、すでに数発の命中弾を与えてはいる。だが、手ごたえが今一つなのだ。

 大型戦艦の砲撃は今のところ一発も食らっていないが、かなり寄せてきており、次あたりから危ない。

 そして、次の砲弾を放った直後に、ガァン! と激しい振動とともに、暗かった『扶桑』の艦首付近が、一瞬で光に覆われた。

 艦橋正面に爆風が叩きつけられ、窓ガラスがぶち割れる。

 その衝撃で、艦橋内で数名の怪我人が出ていた。

「艦首付近に被弾、損傷軽微」

 見張りから報告が入る。

 損傷具合からして、当ててきたのは後続のガングート型のようだ。あたり所も良かったようだ。

 正面から撃ち合えばさして強敵ではないのだが、大型戦艦がまだ健在なうちに掩護射撃されると厄介だ。

「痛たたた……いやはや、危なかった」

 平賀も衝撃で転倒し、床にへたり込んでいた。

 木村が「大丈夫ですか」と平賀に駆け寄る。

「うむむむむむ、腰が」

「しょうがないですね。さがってなかったらそれどころじゃなかったっすよ」

「むむ。致し方ない、おとなしくしとるよ」

 平賀は環境の隅に移動すると、上着を脱いで冷たい床に敷いて座り込んだ。

「すまんが、鉄兜もってきとくれ」

 

 巡洋艦の四隻が転舵を終える頃、陰から飛び出すように白露型の列が突撃をかけた。

 その上に被せるように、戦闘の『古鷹』から砲撃を仕掛けた。

 敵の反撃も激しくなる。

 先頭を走っている上に照射灯まで点けている『古鷹』に、否応なく攻撃が集中した。だが、『古鷹』の砲撃もダメージを与えている。

 さらに、後続の『加古』『利根』『筑摩』も砲撃に加わり、左手、実質手前の艦列を狙った。

 新型の『利根』『筑摩』は、最上型の三連装十五•五センチ砲改良した砲を、前部に四基集中させており、このクラスとしては猛烈な投射力をもっていた。砲のサイズこそ大きいが、連装三基の古鷹型を大きく上回る。

 両艦隊が激しく撃ち合う。

 その隙に、白露型四隻は十分に間合いを詰めていた。

 必中距離。

 近距離用、最高速に設定された酸素魚雷が一隻あたり八発、合わせて三十二発が放たれ、突き進む。

 避けるまもなく、左手艦列の六隻のうち先頭と二番の艦が複数の魚雷を受け、高々と立ち昇った水柱に飲み込まれるように暗い海中に消え去った。

 さらに、右手艦列の最後尾が、流れ弾を受けてひっくり返った。。

 戦艦をも討ち倒す酸素魚雷だ。駆逐艦が喰らえばひとたまりもない。

 魚雷を撃ち終えた白露型四隻は、頭を失い動きを乱した敵に砲撃加え追い討ちをかけた。

「やった! すげえぞ、三隻もまとめて!」

 巽が乗り出すようにして叫ぶ。整然と並んでいた敵の艦列が一気に乱れた。

 この機を逃さんとばかりに追い討ちをかけが……

「あ、『古鷹』」

 二人は、急に冷や水を浴びせられた。 

「おわっ、ちっさい魚雷だな」

「そこじゃない……」

 ずっと照射灯を点けていた『古鷹』の横腹に二本の水柱が立っていたのだ。

 酸素魚雷と比べてはいささか小ぶりな水柱だが、重巡の身で二本も食らっては堪らず、『古鷹』は行き足を止め進路を外れていった。



 東よりの海域で中小の艦艇が撃ち合いをしていた頃、二隻目の大型戦艦に小さな影が三つ、もしく一つと二つ、夜の闇と戦艦が燃える煙に紛れ、急速に忍び寄っていた。

 平賀が見ていた『島風』と、あまりの速さに引き離された後続の『綾波』と『叢雲』だ。

「おーい、『島風』はどうだ」

 鉄兜をかぶって奥に引っ込んでいる平賀が、誰か聞いてくれんものかと声にした。

 もちろん、誰も返事しないし、それどころではない。

 返事がなくても、艦橋からはその様子が見えていた。月明かりと炎上する戦艦の炎で、照らされている。

 そして猛進する『島風』が健在な大型戦艦の向こうに隠れようとしたその時、大きな水柱がその戦艦の向こう側に立ち上がった。

「魚雷、敵戦艦に命中。数、三ないし四!」

 叫ぶように報告する見張りの声に、平賀が思わず「『島風』か!?」と返した。

「位置関係からして『島風』。しかし、敵艦、いまだ沈まず」

 どれだけ頑丈なのか。速度こそ落ちてはいたもののいまだ沈みそうにはない。

 それどころか、十数えるかどうかの間に、また主砲を撃ってきた。

 『扶桑』ももう一撃。

「敵弾、挟夾!」

 魚雷を食らいながらも、ついに敵は狙いを正確に定めてきた。

 もしかすると、魚雷で傾いたおかげなのかもしれない。

 何であれ、次は食らう可能性がとても高くなった。

 こちらの砲弾も一発命中している。

 敵が装填する前に、こちらから次の射撃。交互射撃は間が短い。

 さらにもう一撃する前に、敵の艦上に発砲の光が見えた。

 直後、その後ろに一本、少し遅れてもう二本の水柱が上がった。

 狙いすました、続く『綾波』と『叢雲』による、正確な追い打ち。

 引き離されたおかげで、十分狙う余裕も接近する余裕もあった。

 右舷にばかり多数の魚雷を受けた二番目のソビエト大型戦艦は、急激に傾きだした。

 その横っ腹に『扶桑』の砲弾が命中したが、ただのダメ押しにすぎない。

 あっという間に、それは内部から爆発を起こしながら、横倒しになっていった。

 やった。

 そう皆が思い、ほんの一瞬気が緩んだ瞬間、今までにない衝撃と轟音が『扶桑』を襲った。

 ひょろりと高い艦橋が、龍の尾に叩かれたように大揺れに揺れる。

 敵が間際に撃った、最後の一発に違いなかった。

「被害は!」

 と艦長。

「第三砲塔に被弾!」

 やられた、艦橋のすぐ後ろにある主砲だった。

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