<甲三十三"大海戦_3rd"―>

 一方、反対側の日本戦艦部隊は、さすがに隊列を乱すこと無く進んでいたが、すぐには統制のとれた集中攻撃をかけられずに、独戦艦に対して各個に射撃を継続しているのが、『金剛』から見えた。

「まずいな。あの艦隊が来たら、戦況は一気に変わる」

 高木は双眼鏡を片手に言った。

 まだ射程外だが、特徴的な『リシュリュー』を先頭としたもう一つの艦列が、しっかりとした隊列を保ったまま突進して来ていた。

 位置関係が悪く射撃できずにるが、好位置に移動しようと、少しずつ北寄り、ドイツ戦艦の列から少しだけ左よりに進路をとっていた。

 さらにその左後方、駆逐艦をひき連れたフランス旧式戦艦とおぼしき三隻の大型艦か、高速の『リシュリュー』に引き離されているように遅れて進んでいた。たが、実質南よりコースとなり、『金剛』に立ちふさがるような位置に進んでいた。

「これでは、もみくちゃにされてしまいます!」

 神が、きょろきょろと周りを見ながら、冷や汗でいっぱいになっている。 

 水偵からの情報では、斜めに向かい合う日独の戦艦部隊と、横に移動しつつある仏艦隊で形作られた、歪な三角形に挟まれつつあった。

「手詰まりか……三途の川の中州に取り残されたみたいだ」

 今の所、敵味方の砲弾は離れたところを飛び交っているが、いつ濁流になって襲って来るか分からない。

 高木は困り果て、「いっそ、このまま真っすぐ突っ切るか」と言いかけた所で、水雷戦隊のベテラン少将である南雲から、電文が一通届いた。

『提案ガアル。オ任セアレ』

 続いて、その内容が届いた。

 かなり高度な艦隊運動が求められる内容だった。

 高木はそれから数秒考え込んだが、万策尽きたと感じ、それに従うことにした。

 了承の返答を南雲に送ると、『北上』を先頭とした水雷戦隊が、単縦を保ったままぐいと左急変進をかけた。

 先行していた『金剛』、『比叡』、『最上』、『三隈』の四隻は、やや遅れて大きく左に回りはじめた。


 指揮が二番艦『常陸』の黛に移ると、日本戦艦五隻の動きが引き締まった。

「無理は不要。腰を据えて、訓練通り戦えばよい」

 黛は落ち着いた口調で言った。

 司令部を失い浮き足立つところだったが、彼の落ち着きが全体を強固にした。

 速度が落ちている『加賀』に合わせた遅めの艦隊速度だが、どっしり構えての殴り合いだ。

 敵は左前方。

 手負いの『ビスマルク』をまず全艦で袋叩きにした後、『ティルピッツ』に三、残る二隻に一隻ずつぶつけた。

 相手は概ね格下。真っ向からの横綱相撲だ。

 お互いに最新かつ重装甲を誇るだけあり、一撃で勝負が着くことはなかったが、結果は艦と大砲の数が全てだった。

 大量の屑鉄が海上に作り上げられる。

 その大半がドイツ製だ。

 当然、こちらも無傷とはいかず、そこかしこに被弾している。防御がやや劣る巡戦『穂高』にいたっては、すぐ側に直撃弾を受けたため第二砲塔が使用不能となっていた。

「敵第二陣、発砲!」

 叫ぶような見張りの声が艦橋に割り込む。

「早いな」

 黛は前方に向き直った。

 独戦艦を撃破しつつあったが、この短時間では完全に黙らせるに至っていない。

 でかい主砲の向きを変えるのも、時間がかかる。

「軽巡『長良』より、独戦艦は引き受けたと、入電!」 

「『長良』……あの古いのか?」

 再び左舷を見ると、引き締まったシルエットの軽巡に率いられた水雷戦隊が、波を蹴立てて独戦艦の列に迫っていた。

「新しい方の『長良』か。頼んだと伝えてくれ」

 現れたのは、日本を任せてきた三代目『天龍』の姉妹艦だった。これから必要になる新世代の艦だ、と以前平賀から聞いたな、と黛は思う。

「あの先生、どうしてるやら」

 ボソリと呟き「全艦、目標を敵第二陣に変更せよ」と命じる。

 数秒後、右舷前方二百メートルほどの水面に、敵の砲弾が落下し、水柱が立ち上がった。

 

 戦艦同士の殴り合いは、恐ろしいほどの短時間で決着がつく。

 以前から囁かれていることだが、改めて目の当たりにすると驚きしかない。

「だが、間に合った」

 『リシュリュー』からシューマッハーは戦場を臨んで言った。

 あの『フリードリヒ』が打ち破られ、『ビスマルク』と『ティルピッツ』も屑鉄に成り果てている。だが、『フェンリル』と『ヨルムンガント』が何とか踏ん張っている。

 その踏ん張りのお陰で、敵艦隊も五体満足とは言い難いように見える。

「突撃! これでまた有利だ!」

 主砲を四連装二基にして、全て前向きに積んでいる。

 突撃となったら、俄然強いはずだ。

 一撃、二撃、そして命中。

 先頭の戦艦に、爆炎が上がる。

 もう一撃、したところで、敵も大砲をこちらに向けて砲撃を始めた。

 その弾が届く前に、更に命中二つ、敵艦に光った。

 行ける、と誰もが思った。

 が、いつのまにか小さな刺客が六隻、一列になってドイツ戦艦の生き残りに迫っていた。

 後続の『フォッシュ』をはじめとする仏巡洋艦が迎え撃つ。だが、小さいのを二隻を撃破したところで、大きな水柱が次々と『フェンリル』『ヨルムンガント』の横腹をかち上げた。

 すでに限界近いところで戦っていた二隻の小戦艦は、強烈なボディーブローをまともに食らい、ついに、文字通り沈んで行った。

 もう一列、小型艦の艦列が敵の後ろから現れ、沈みゆく二隻の合間を抜け、『フォッシュ』の列に迫った。フランス艦による挟撃を塞ごうとしている。

 狙ったのか、呼吸を合わせて日本の戦艦たちは左舷にゆっくりと舵を切って北寄りにすすみ、こちらの頭を丁字に抑えようとしていた。

「このまま、真っ直ぐですな」

「無論だ!」

 バルターの問いに、シューマッハーが即答する。

 此方は四隻とも、主砲は全て前についている。被弾面積を抑えつつ接近した方が有利な筈だ。

「新手です! 大型艦が、六から八!」

 唐突に、見張りとレーダー手が同時に叫んだ。

 戦艦の影、南側から高速の大型艦か飛び出してきた。

「あれは、ミョウコウか!? あんなものまで」

 日本が、本気で殴り合いをするために作った重巡、とドイツでは言われている。演習のため、何度も英国に来ている、欧州の海を知る艦だ。

 その同型が四隻、似ているが艦橋周りがややスッキリしている艦が何隻か更に並んできていた。

「敵の陣容はどうなっている! 偵察機は」

「対空砲火が厳しく、近づけていません……あ、フランスから来た増援の偵察機から、通信!」

「つなげ」

『こちら、艦隊南方より接近中』

 シューマッハーのもとに、偵察機からの音声が届く。

「敵戦艦五隻、その南に巡洋艦八程度が並走していることを確認している。他はどうだ」

『敵後方に小型艦多数。大型巡洋艦八の更に南から、同クラスの艦が……おわっ……』

「どうした!」 

『敵水偵の襲撃を受けつつ……』

 音が途切れ、南の海上に一条の煙が伸びた。

 どうする。

 ふとその下を見ると、別の大きな煙。

 前方を突っ切った「例の艦隊」が、盛大に煙幕を展開し始めていた。

 狙いは、左舷側を進む味方の旧式戦艦らと、こちらを分断することだろう、とシューマッハーは思う。

「であれば」

 周囲をもう一度。

「おお、これはありがたい」

 味方の上空を辿るように、こっそりと回り込んできていたシュツーカが目に入った。近くの飛行場から何とか回してきたのだろう。

 その数約二十、一番デカい目標めがけて急降下に入ろうとしている。

「であれは、シュツーカの突撃に合わせて、取舵。例の艦隊を人質にする」

 味方の旧式戦艦が煙に隠れると同時に、例の艦隊も隠れる。その間に入れば、ミョウコウの魚雷を封じられる。

 ……可能性がある。

 と、シューマッハーは、降りてくるシュツーカに目をやった。

 ズドン。見計らったかのような、主砲の斉射。

「今だ、取舵! 全速力で突破する! こいつらをフランスに返してやるぞ!!」

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