<甲四 ――――――――>

『こちらドーバー三号レーダー基地、敵機と思われる機影を捉え……あっ』

「どうした」

『機影がノイズに紛れてしまいました。電波妨害のようであります』

「何とかならんか?」

『調整を試みます』

「わかった。こちらでは夜間戦闘機の用意をしておく』

      

『こちら三号レーダー基地。お待たせしました、再び機影を捕捉』

「場所を。迎撃機を上げる」

『場所は……本基地の真上、うわぁ照明弾だ!』

「真上だと!? おい、何があった、ちゃんと報告しろ。なんだ、大騒ぎする音が聞こえるぞ」

『あ、あ~と、見張りが沖合に軍艦の姿を確認したもよう……』

「いま誰か『艦砲射撃』って言わなかったか」

『言いました。で、こここ、この陣地は大丈夫でぐばぎがあぁあ!』

「おい、どうした、何が起こったんだ!?」

『(ザーザー)やられました。天井からお月様が見え(ガー)あ、また発砲焔を確認し(ジジ)よう……撤退(ゴー)で……ぬぐぁ(ブチッ)』

「何があった!? 応答せよ、応答せよ!」


「……ということです。ドーバー海峡から少し北に位置するレーダー基地が、五カ所ほぼ同時に攻撃されました」

 神は概要を説明し終えると、資料を閉じた。

「第二次艦隊から物資が届いた矢先に、これだ」

 高木は憮然として言った。

 深夜一時。いきなり叩き起こされたので機嫌も悪い。

「あちゃ、真夜中とはいえ大胆だな。昼間のは前座だったっていうのか」

 と、こちらも飛び起きて来た桑原艦長が言った。

 叩き起こした張本人である神は、地図をじっと見て攻撃された地点を鉛筆で記しながら「これは」と付け加えた。

「少数の高速艦艇による電撃作戦ですね。ホラ」

 神が地図上に、半径三十キロ程度の円を描く。

「五カ所のうち三カ所はこの円内にあります。のこりも五十キロの円内に収まりそうですね」

「まぁ、テムズ川河口沖だから、右も左も陸地だね。賭けに近いが、してやられたわけか」

「しかし、どのフネでしょうね。ドイツの新型戦艦どもは、ドイツもコイツも脚が速い」

「おおかた、ポケ戦二隻だろう。万が一やられても、さして痛くない」

 高木の言う「ポケ戦」とは、ポケット戦艦ことリュッツォウとアドミラル・シェーアのことだ。一万五千トンほどの艦に、二十八センチ砲六門を積む。

 脚はなかなか速く、二十八ノット以上の速度を出せる。最近の改装で、三十ノット程度の高速と、防御の強化をされたとも言われていた。たいていの英戦艦を振り切れ、巡洋艦なら返り討ちに出来る嫌な相手だ。

「英海軍は追撃をだすでしょうか」

 神は地図の英東岸をさして言った。

「簡単には出さないだろうね。今の独仏合同艦隊の編成を考えると、まともにどつき合いが出来るのは、キングジョージ五世級だけさ。非常に危ないよ。相手の居場所を特定して、我々も含めていっぺんに行かないと。返り討ちさ」

「数で勝負、ですか。巡洋艦等もそろってますし」

「数もなぁ、独海軍は潜水艦を諦める代わりに、水上艦艇をやたら充実させて来たから、たちが悪い」 

 高木は北海をさした。

「さて、と、栗田中将、早く戻って来ないかなぁ」

 そう言って神が艦橋の外を見ると、ポーツマス港の上にまんまるお月さんがぽっかり浮かんでいた。


「ヘックショイ、チキショウ!」

 その頃、ロンドンに居る栗田は、軍用車で郊外の飛行場に向かっていた。

 そちらで仮眠をとり、朝一で艦隊に戻るつもりだ。

「すんませんね、こんな車で」

 運転する若い中尉が言った。

「いいってことよ、まあるいお月さんが奇麗だな。ロンドンじゃ珍しい月夜だ」

 栗田は、車窓から空を見上げ、流暢な英語で答えた。

 そのまま窓枠に肘を乗せ、頬杖をついて夜空を見渡す。

「おや」

 その澄んだ夜空に、何かの影を見た気がした。疲れてるのかと思い、目を二三度こすって、もう一度見てみる。

「中尉君、俺の目のせいかもしれんのだが、赤くてでっかいアルクトゥルスの、ちょっと上の方を見てくれんか?」

「はぁ……何か飛んで見えますね」

「いちおう、飛行場に連絡してみてはくれないか。わしの名前でいいから」

「了解」

 中尉は道ばたに車を止めると、無線機をとって話してみた。

 しばらく返事が無いので再び車を出そうとした所、電波が届いた。中尉がそれをとってヘッドホンも耳に当てる。

「栗田中将、大変です。先のレーダーサイトがやられ、その隙に爆撃機が殴り込みをかけて来たようです」

「止まってやり過ごしたいな。良い所はないかな……何にもねえや」

 栗田達は回りを見渡す。だが、回りは麦畑ばかりで、身を隠す物が無い。

 見上げると、星明かりにかわってサーチライトが空を照らし、地上から盛大に高射砲による反撃が始まっていた。

「いかんなあ。中尉君、車のライトを消してくれ。目立って仕方ない」

 郊外の道をライトを点けて走るなど、撃ってくれと言ってるようなものだ。

 とその時、それら天体以外の何かが、二人の視野に飛び込んで来た。その黒い影は、ゆらゆらと揺れながら、だんだん近づいてくる。そして、途中で真っ赤な炎に包まれた。

 栗田は「被弾か? たのむから、こっち来るなよー」と、車載のヘルメットをひっ掴んで被った。

 そんな願いもむなしく、炎の固まりが二人の方に真っすぐ向かって来る。

「ひええええ!」

 急ブレーキがかけられ、二人はとにかく車外に飛び出しその場に突っ伏した。

 落雷のような『どぅううん!』という爆発音とともに、熱風が覆いかぶさって来る。

「あぢぃ! あぢぢぢぢぢっ!」

 熱風が過ぎ去ると、栗田はたまらず飛び起きた。

 熱いわけだ、背中が火事になっている。

 栗田は周りもろくに見ないで、麦畑の用水路に『どぼん』と飛び込んだ。

「やれやれ、平地でカチカチ山とは」

 消火に成功したところで、栗田は用水路から這い上がった。

 背中がかなり痛い。ついでに寒い。

 百メートルほど行った畑の中で、墜落してバラバラになった飛行機が炎上しており、部品が散乱してそこらじゅうで燃えていた。

「なんてこった」

 と思い、車に目をやった所で、ため息が出た。

 車は、飛行機の体当たりを食らって大破していた。

「中尉さんは大丈夫かな? ああ、こら、インガミタ」

 栗田は、思わずうまれ故郷の茨城弁で「酷いことになった」と言った。

 若い中尉も、また焼けこげてバラバラになっていたのだ。

「またわずかの差で、年寄りが生き残っちまった。生きてるからにゃ歩く、か。道はよく知らないが、どうにかなるだろう。アいてて」

 栗田は背中の痛みをこらえつつ、飛行場に向かって歩き出したが、五分ほど歩いた所で、やはり辛くなり、その場に座り込んでしまった。

「トシかな。こんな所でくたばっちまっちゃ、ご先祖様に申し訳が立た……お!」

 もう一度立ちあがろうとした所で、トラックが一台近づいて来ることに気がついた。

「大丈夫かい兵隊さん、じゃ無い、将校さん」

 トラックの助手席から、初老の農民風の男が声をかけて来た。

「なんとか、生きている。畑をこんなにしちまって、済まないな」

 栗田は畑で燃えている飛行機をさして言った。

「仕方あるめえよ。それより、ケガしてるだろうに。乗りなや」

 運転席の若者が「あいよ、親父」と車を降り、手を貸して来た。

 逞しい若者の腕に抱えられ、左の戸からトラックの座席に乗り込む栗田。真ん中の席に移動した男が、体をひねって右手を差し出して来る。

 栗田は「ありがとう、親父さん」と、その手を掴む。

 ふと左の手を出せば良いのに、と思って見てみると、男の左手が義手なのに気付いた。ついでに、右足も義足だ。

 男はその目線に気付いたのか「いやぁ~」と照れ笑いをした。少し気になるが、栗田は「まぁ、俺も片目だし」と、第一次大戦時、ジュットランド沖で失った右目を、その時指二本無くした右手でなでた。

「すまない、できればこの先の飛行場に行ってはくれまいか。あそこなら、軍医も居る」

「ああ、分かった。分かりました。ジョージ、飛行場に」

 若者は「おう」と返事をすると、トラックを発進させた。

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