引っぱたいちゃってください

「どうしたのぉ?」

「いや、俺は……どうしたらいいんだ?」

「この御神木をぉ、叩けばいいんだよぉ?」

 目をパチクリ、三回くらいは瞬きしたと思う。

「……それは一体、なんの悪い冗談だ?」

「冗談じゃあ、ないよぉ?」

 再度瞬き、今度は母上に視線をやった。すると母上は瞼を振袖で押さえ、

「実はコレには聞くも涙、語るも涙の事情がございまして……娘が病に伏したのも、この神社の守り神たる御神木に、悪霊がとり憑いたのがそもそもの原因――だが神に仕える我々には手を出せない代物となれば、神をも恐れぬ御仁に悪霊を追い出してもらいたい、と……」

「そういうわけなんだよぉ?」

「――嘘、だろ?」

 信じられるわけがなかった。というかいきなり神社に連れてこられ、仰々しい祝詞をいただき、そして御神木から悪霊を追い出せ、だと? ムチャクチャだし、はいそうですかと出来るわけがない。

『…………』

 しかしだからそういうことで、とあっさり帰ることが出来ないだけの迫力も、そこにはあった。じり、と圧される。どうすべきか、視線を逃がして行き当たったのがシャギーの茶髪だった。

「……やったらいいんじゃないですか?」

 脱力した。考えるのが、面倒になっていた。

「ハァ……」

 肩をぐるぐる回しながら、割れた花道を歩いた。仕方ない、ここまできた自分がそもそも悪い。そう割り切り、間六彦は御神木の前に立った。

 振り返る。

「それで、石柿坂……具体的に、俺はどうしたらいいんだ?」

「いっぱつぅ、引っぱたいちゃってください」

 本当にそれでいいのか、とはもう思わないようにした。もうひとつため息を吐いて、間六彦は右拳を無造作に大樹の幹に、叩きつけた。


 ズガドン、という爆発音がした。


「ひっ!?」「きゃ……?」「うわぁ……!」

 それに舞奈が怯え、お母様が身を庇い、柚恵が歓声をあげた。三者三様のリアクションだった。

 ぐらぐら、と41メートルが大揺れを起こしている。そのあまりの衝撃に、地面まで揺れていた。まるで地震、まるっきり天変地異の訪れだった。その惨劇に母上は恐れ戦き、バサバサと幣を振っていた。柚恵もさすがに目を点にして一歩も動けず、その頭上に虫やら木の枝やらが降り注いでくる。

 その中心で微動だにしない間六彦は、まるで人間ではないようだった。

 そんな風に、舞奈は思っていた。

「……それで、これでいいのか?」

 振り返る。それにハッ、と舞奈は我に返り――そして全身に夥しい数の蜘蛛やら芋虫やらとにかく気持ち悪い虫類が覆いかぶさっていること、に気づいてしまった。

「へ? い、に……にゃ――――――――――――――――っ!!」

「おぉ。ネコがいるな、うむ」

「う、うむ、うむじゃ、うむ、うむむむむむむ――――ッ!」

「だいじょうぶか、お前?」

「だ、だい、だいだい、じょ、じゃ……たすけて?」

「おう」

 スタスタ前に来て、閃光のような手捌きで舞奈に被さっていた都合23もの虫どもを、蹴散らした。

 びくっ、としてる間にそれは終わっていた。

 目が合う。

「どうだ?」

 なんか、微妙に気マズい。

「あ……うん、ありがと……ございます」

「おう」

 気にせず、間六彦は反対側を向いた。そしてひくっ、と頬を引き攣らせ、今度は柚恵の方を向いた。

「な……なあ、石柿坂?」

「なにかなぁ? あと、名前だけど出来たら石柿坂じゃなくゆえ、って呼んで欲しいなぁって……」

「いや……これ、いいのか?」

 指差す先――幹の真ん中には拳大の穴が、穿たれていた。周りにも亀裂入ってるし、言われるがまま殴ったが、さすがにマズかったんじゃ――

「ありがとー」

 気の抜けたような声に、振り返った。謝礼、ということはアリだったのだろうか? しかし今の声は母上のものにも石柿坂のものにも手那鞠のものにも聞こえなかったのだが?

 そこに――膝丈までの長い黒髪が白い水玉のワンピースを纏い、宙に浮いていた。

 まったく、初めからこういうわかりやすい感じで現れていれば、こっちも理解しやすかったというのに。

「……ありがとう、ってことはお前はもう大丈夫ってことなのか? というか、だとするなら樹をぶっ叩いただけで本当に呪縛とやらから解き放れたということなのか? そんな乱暴な、御祓い? と呼べばいいかわからんが、そんなものあるのか?」

「だいじょぶだいじょぶー」

 捲くし立てる疑問の嵐を、弥生は極めて軽い調子で流した。それに間六彦は追求しようと口をパクパクさせていたが――やがて、諦めた。

「……まったくデタラメだな、お前は」

「よく言われるー」

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