お話があります

 その日の話し合いで、舞奈は理解した。自分が疑問でモヤモヤするのも、仲間外れ喰らうのも、扱いが酷くなったのも、間六彦の持つ辛い過去とやらのせいだ。

 だから自分がまずすべきは、それを解明することだ。

「というわけで、なんだけど?」

「――なにがというわけなのか、出来るだけ論理的説明を求めるところなのだがな?」

 腕組み胸張り仁王立ちで現れた舞奈を、呆れ顔で間六彦は見上げた。ちなみに間六彦自席に着席、舞奈は目の前の位置だ。

「というわけの、ろんりてきせつめい……却下、めんどいから。というわけで、お話があります」

「いやお前とつぜん現れて随分あいさつ――だが、今日のところは一旦引き取ってもらっていいか?」

「なんで?」

「もう、朝のホームルームが始まるからだ」

 時刻は午前、8時5分だった。あと五分で教師がやってくる。間六彦の言い分はもっともで、学友はすべて着席済みで、なんだなんだ? とドキドキハラハラしながら成り行きを見守っていた。

 しかし舞奈は顔の下半分を手の平で覆うという痛いポーズを取って、ドヤ顔だった。

「時間は取らせない……簡単よ。そう、ウチが聞きたいのは至極簡単なこと……」

「お前、言ってて恥ずかしくないか?」

「あなたの過去について、聞かせてもらえるかしらっ!」

 シン、と静まり返った。誰もボソボソと話してもいない。間六彦も、じっと舞奈を見つめていた。

 舞奈はただ、ワクワクしていた。

「ん? どうしたのかしら? 照れなくてもいいのよ? さーお話なさい?」

「…………楽しそうだな?」

「え、そんなことないわよ? さーさー話して聞かせなさい?」

「……俺のどんな過去を、聞きたいんだ?」

「え? えーと……なんだっけ? ……そう、思い出した! トラウマよトラウマ! なんかあったでしょう? それを聞かせなさいよォ!」

 ため息、嘆息、ドン引きする声。それらはあちこちから沸いてくるように響いてきた。

 みんな、興味はあったが決して聞けないものだった。ひとつは、間六彦が他人を寄せ付けない雰囲気と、行動を心がけていたこと。そして間六彦の、人となりと身体能力が他人とは一線も二線も画していたということがあった。

 確かに気になる話だ。

 しかしそれは、まさに蛇がいるか鬼がいるとも知れない大藪。手を出し大怪我をする危険は冒せずにいた。

 そこに、手どころか体ごと飛び込むバカがいた。

 間六彦は、少し俯いていた。

「――トラウマ、か。どうだろうな、そんな上等なものが、俺にあるかどうか?」

「え、ないの? おっかしいなぁ……じゃあなんか、辛いこと! そっちはないの?」

「辛いこと、か……」

『…………』

 クラスの全員が、声をひそめ耳をそばだてていた。

 話すのか?

 暴発するのか?

 どちらにしろ他人事ゆえ、楽しみにしていた。

 間六彦は、口を開いた。

「お前……コレ、どう思う?」

 一瞬のことだった。

 間六彦の目の前にあった机が、消失した。

『へ?』

 舞奈とクラス全員の声が、重なった。

 次の瞬間、凄まじい轟音が響いた。

『はァ?』

 みな、音がした――天井を、見上げた。

 机が天井に、激突していた。

『なッ!?』

 それが真っ直ぐ、伸ばされた間六彦の足の上に――墜ちてくる。

 それを間六彦は右足一本で、音も無く受け止めていた。ゆっくりと、まったく同じ位置に下ろす。天井を確認するが、蛍光灯もなく、平らな箇所だったようで損傷だけはないようだったが――

 みな、一様に息を呑んでいた。

 もう誰も、楽しみにしようなどという考えは失せていた。ただただ逆鱗を突つかれた竜の怒りに恐れ戦いていた。ただ黙って、俯き、存在感を消して嵐が去るのを待っていた。

「だから?」

『おおォい!?』

 一斉に、全員がツッコんでいた。それに舞奈、間六彦は目を丸くする。

「……なに?」

「なんだ、お前らは?」

『い、いや……』

 全員、スゴスゴと下がっていく。やぶ蛇になったのは、意外にも空気読んでるつもりの自分たちということに、みな顔を赤くしていた。

 スッキリしてから改めて、舞奈は間六彦と向き合う。

「……それで、えと、なんだっけ?」

「だから」

 一度、言葉を区切った。

「――とは、どういう意味だ?」

「んにゃ? え、いや、へ?」

「どういう意味だ?」

 迫力を、帯びていた。殺気だ、とクラスメイトは怯えた。もう出ようかな、と考え始める者すら出始めていた。

「だから、なに? って」

「……どういうことだ?」

 今度のソレは、本気の疑心が含まれていた。

 舞奈の態度は、一貫して惚けていた。

「え、と……机蹴っ飛ばして、だからなに? って。それでウチに、なんの感想を求めてんの? って」

「――――ハハ」

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