仲間だからぁ
かなりの間を空けて、間六彦は笑った。
どこか吹っ切れたような、清々しい笑みだった。
「……それでふたりとも、授業始めていいかな?」
いつの間にか来ていた担任春日野(かすがの)の弱々しい声に、クラスメイトはようやく安堵の息を漏らした。
その放課後、今度は逆に間六彦が舞奈のクラスに訪れた。それに舞奈自身をはじめクラスメイトも驚いていたが、間六彦は笑みを浮かべて弥生たちの元へと促した。舞奈は終始疑問符を浮かべ、ただ同じクラスの柚恵だけがいつも通りだった。そうして三人を先導してクラスに現れた間六彦に、弥生は一瞬目を丸くしたが、すぐにいつも通りになって秘密基地へ向かった。
いつものティーパーティーの最中、ぽつりと柚恵が呟いた。
「ところでろっくんの沖縄案内はぁ、いつしてあげよっかぁ?」
「イヤ、別に俺は頼んではいないが……」
「いらないのぉ?」
「そ、そうだな……」
みな、じっと間六彦を見つめていた。弥生はキラキラする瞳で、柚恵はニコニコした表情で、そして舞奈は――憂いを含んだ、眼差しで。
間六彦は、表情を切り替えた。
「――頼めるか? 手那鞠」
「え、ウチ? ……う、うん、いいけど?」
「へー……」「ふぅん……」
「な、なによ?」
微妙な空気だった。舞奈は問いつめたが、結局それ以上なんの説明もなかった。すっごいモヤモヤする。
そんな流れで、週末バス停に集合ということになった。
「…………」
10時の約束で、五分前に姿を現したのは、間六彦だった。土地勘がないので、多少キョロキョロしている。しきりに携帯で時計を確認している辺り、几帳面さが表れていた。近くのベンチでは、可愛げのある爺ちゃんと婆ちゃんが世間話に花を咲かせていた。
10時を三十五分ほど、経過する。
「ふむ……」
「わぁ、ろっくん早いねぇ?」
ひとつ息を吐いた頃、次に現れたのは柚恵だった。いつもと違うゆったりとしたチュニックに七分丈のフレアジーンズ、足元は紐で編まれたサンダルで固めている。それでもその豊かな胸元は、隠しきれてはいなかったが。
「? どうした、のぉ?」
「いや、なんでもないが?」
しれっと返し、柚恵はん~? と頭を傾げた。そして間六彦の隣に並び、ふたりは一緒になって空を見上げた。
特に、なにも話さない。間六彦は少し違和感を覚え、そして気づいた。
なるほど、この娘とは沈黙でも居心地が悪くない。
「…………」
間六彦は常に、誰かしらの視線を感じて生きてきた。それが煩わしく、息を潜めるようにしてやり過ごしてきた。誰かがいると、気をつかわされるだけだった。
稀有な存在に、間六彦は心を落ち着かせた。頭脳を休め、五感を隅々まで開放した。
遠くでヤンバルクイナが鳴いていた。
真っ青な空と真っ白な雲は、東京で育った間六彦には新鮮だった。それを見ているだけで、気づけば心は満たされていた。いつも見ていたあの岬の海は、凄まじい広さと透明度があった。その深い海面を見つめていると、自分の姿を映し出されているようだった。それが辛くて、それが心地よくて、毎日通っていた。
自分の醜さを、過去の罪を浮かび上がらされているようで。
「ろっくんさぁ、」
「――なんだ?」
「まいにゃあのこと、どう思うぅ?」
「唐突だな」
「うん、ごめんねぇ?」
「いや、構わんさ……と、改めて問われても答えようのない質問なのだがな」
「そぉお?」
「あぁ、奇妙な人間だとは思っているがな。神ノ島やお前と同じで、俺を――いや、」
「怖がらない?」
数瞬、空白の時間が生まれた。
間六彦は、微かに口元をあげた。
「……なぜ、そう思う?」
「わかるよぉ」
「顔にでも、書いてるのか?」
「だってぁ、仲間だもぉん」
間六彦は、目をパチクリさせた。
「――仲間、か?」
「違うのぉ?」
ふたりは視線を前に、決して交わせることなく言葉を交わし続けた。
「そうか……それは、光栄だな」
「ホントうにぃ、そう思ってるぅ?」
「いや、心外だな。もちろん望外の厚遇で――」
「ろっくん、ゆえたちと目を合わせてくれないよねぇ?」
間六彦は上げていた口元を、引き攣らせた。
「……石柿崎、なにが言いたい?」
「ろっくんのことが、知りたいんだぁ」
その言葉の裏に、なにかしらの意図を探ることは出来なかった。
「なぜ、知りたい?」
「仲間だからぁ」
「……仲間、」
「だめぇ?」
「…………」
間六彦は、しばらく考えた。顔は向けなかったが、ニコニコとこちらを向いている気配は感じ取っていた。
悪意は、感じられない。
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