沖縄時間(たいむ)

 だからこそ、やり辛くて仕方なかった。

「――目を合わせない、理由か?」

「心……んーん、そうだねぇ、たんてきにいえばぁ」

「俺は――」

「あ、ざんねぇん」

 なにがだ、とは思わなかった。

 視線の先には、シャギーの明るい髪が現れていた。

「ありゃ? ふたりとも、随分早いんだね?」

 舞奈の格好は、白シャツに黒ネクタイにモノクロチェックのプリーツミニスカートという、原宿にでもいそうなオシャレスタイルだった。それはいい、雰囲気にも似合っているしカワイらしいしでそれはとてもいい。

 問題は、現在時刻にあった。

「――――」

 間六彦は無言で、携帯を取り出した。時刻は、11時を大きく回っていた。一時間半近く遅刻しておいて、第一声が早いんだね?

 間六彦は拳を握り締めてプルプル震え――

「ヒュー……っ」

 のがれ、という空手特有の呼吸法を用いた。武の心により微かに、落ち着けた。

「今の、のがれ?」

「あ、あぁ」

「なに? テンパるようなことでもあったの?」

「い、いや……特には、な」

「ふーん……変なの?」

 生まれて初めて女を殴りたい、という気持ちが一瞬でも湧き起こりかけたことに間六彦は再度修行不足を実感した。立て続けに面倒なことが起こり、すっかり参っていた。暑さにもやられそうだし、とっとと沖縄案内とやらを済ませて欲しかった。

 これ以上など、想定すらしていなかった。

「やーやーみなさんおそろいでー」

 それにすぐに応えられる人間は、いなかった。

 そうやって手をふりふり弥生が現れたのは、正午をすら大きく過ぎていた。

 柚恵が最初に、反応できた。

「やーよよん、ちょぉっと遅いかもぉ――」

 舞奈が、あとを引き継いだ。

「なーにが『みなさんおそろいでー』よっあんたもう三時間遅刻してんじゃないの食事や結婚式とかならともかくどっか出掛ける時はもうちょい空気読むとかちったあ悪気とかそういうのないわけまず普通第一声は謝って――」

「はいはーい、わっさいわっさいー」

「だっ、かっ、らっ、軽いってのッ!」

「いーじゃんいーじゃーん、さーいこー」

「最高じゃな――――――――いっ!」

「――いや、今のは『さぁ、行こう』って言いたかったんだと思うぞ?」

 間六彦は一応、付け足しておいた。

「そんなんわかってるわよっ間の、バカ――――――――っ!!」

「ば、バカ呼ばわりか……」

 間六彦は少なからずショックを受けていた。ひとと深く携わって来なかった為に、他人の罵詈雑言というものを受けてこなかった。肉体的にはともかく、精神的な打たれ弱さがまたも露呈していた。

「だいじょうぶぅ、ろっくん?」

「い、いや……心配は無用だ。……行くか?」

「だいじょうぶ、だよぉ? まいにゃあはちょぉおっと気遣いが出来ない可哀想な子だからぁ」

「柚恵それあんまじゃないっ!?」

「だ、だから大丈夫だと……」

「だいじょうぶー、六彦?」

 騒動の張本人ともいうべき弥生が、こちらの顔を覗き込んでいた。

 間六彦は反射的に、目を逸らしていた。色々構われて、面倒に思ったのかもしれない。

 ふと、柚恵と視線がぶつかった。

 本日初めて、顔を見た。

 そして出会ってから初めて、視線がぶつかっていた。

 なぜならその、柚恵のトレードマークともいえるカーテンみたく覆っていた前髪が――すっぱり綺麗に、無くなっていたから。

「――――おぉ」

 間六彦は目を、丸くした。

 柚恵は見事なおかっぱ頭に変貌を遂げていた。

「どうしたのぉ?」

「いや……髪、切ったんだな?」

「うん、きのお」

「そ、そうか……に、似合ってるな」

「ていうか今気づいたの?」「六彦、ずっと柚恵と一緒だったよねー?」

「あ、あぁ……」

「やっぱりバカって言ったウチの意見、合ってたんじゃん!」

「そ、そう、かもな……」

「えぇ、認めちゃっていいのぉ?」「六彦は舞奈に甘いなー」

「え? え、え?」

「もう、どうとでもしてくれ……」

「え? みんなどういうことっ!? なんか……ウチを仲間外れにして、納得しないでよ――――――――っ!!」

 だんだん染まってきてるのかもしれなかった。


 行く先は、決まっていなかった。だから柚恵は弥生と、あらかじめ話し合っていた。舞奈は入れなかった、ややこしくなるだけだろうから。結構柚恵はそういうところハッキリしていた。

 当初、柚恵はふつうに首里城めぐりなんかを提案していた。しかし弥生に拒否され、言われるがまま、さとうきび畑に行くという結論に至った。

 その、さとうきび畑に辿り着くと、間六彦は目を見開き、声をあげた。

「おぉ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る