オタのしみぃ
もう、崩落は終わっていた。さすがに完全に崩れるところまではいかなかったらしい。今度は先ほどとは逆に、そら恐ろしいくらいの静寂が辺りを包んでいた。なにかが決定的に終わる、前兆のようにすら思えた。
間六彦は、必死だった。
「なにが、ありがとう……だよ。オレなんか……オレなんかなんにも出来ないし、気の利いた言葉ひとつ紡げないし、お前の気持ちなんかも察する事だって出来ないし……」
「六彦」
弥生はやっぱり、泣いていた。
泣きながら、六彦の左手を両手で包み――笑っていた。
それはとても、嬉しそうに。
「わたし、みんなに値踏みされてきたんだー……この子は誰々の娘で、巫女さんで、霊が視えて、なに考えてるかわからなくて、ワガママで、怖くて、って……だからずっと、それっぽい子を演じてきたの。もういいかなって、考えなくても大丈夫かなって、めんどくさいって……けど六彦はさ。そんな肩書きなんか気にしなくて、ただわたしを見てくれてさ。嬉しかったよ、本当に……」
それは劇的な言葉などなく、ただただ延々と綴られる気持ちだった。それを間六彦はなにも言えず、ただ黙って聞いていた。弥生の独白は続き、そしてカツン、と最後の石が地面に当たった。
「じゃあ……帰ろっか」
「ああ……」
ふたり並んで、御獄を出た。そのまま間六彦は、弥生を家まで送り届ける。弥生はずっと、間六彦の手を握っていた。それを間六彦は握り返しも、突き放すこともなくただそのままにしていた。玄関を飛び出してきた母上は、いきなり弥生の頬を引っ叩き、そしてよかったよかったと抱き締めた。それを笑顔で見送り、そして間六彦は誰もいないアパートにひとり戻った。
孤独だった。間六彦は、天涯孤独とも言える日々を送っていた。生まれてからずっと、みなに煙たがられ、距離を置かれてきた。それは両親にさえ、そうだった。実家にいた時のほうが、辛いぐらいだった。こうして気を遣わずに生きていけて、気楽なくらいだった。
それでいいと、思ってきた。自分にはそんな生き方が、お似合いなのだと。
でもそんな人生に光を当ててくれたのが、弥生だった。
ひとがみんな、そんな偏見だけを持って生きてるわけじゃないんだと、思わせてくれた。
だからこそ、彼女に寂しい思いをさせていることに大きな負い目と、引け目があった。
「…………」
結局まる一晩寝ないで考え、柚恵にメールを送った。端的に、相談があるが明日いいか? と送った。そして携帯を仕舞い少しでも寝ようかと身体を横たえると、2秒で返信がきた。早過ぎるだろう? 確認する。
その内容は、不可解なものだった。
「――なぜ、放課後にふたりで集まらなくてはならないんだ?」
「いいからぁ、いいからぁ」
なんだか、愉しそうだった。最初の頃の弥生を思い出し、それは複雑な心境を生み出していた。
間六彦と柚恵は、なぜか駅前に集まっていた。ちなみに舞奈は部活へ、弥生は先に帰っていた。ちなみに弥生が一日あけて本日登校した際大騒ぎが起こったが、それも当事者のダンマリにより収束せざるを得なかった。彼女はやはり、距離を置かれていた。
「目的地は、どこだ?」
「行ってからのぉ、オタのしみぃ」
なんだか気になる単語の切り方だったが、間六彦は声を出さずに従うことにした。
沖縄都市モノレール「県庁前駅」から、徒歩5分。
那覇国際通りの、ほぼ中心。一階にチャンプルーの看板が掲げられているビルの四階が、柚恵が言う目的地だった。
「なぁ……ここ、なんなんだ?」
「んー? あにめいとぉ」
それはクラスメイトとかの一種なのだろうか、と半ば真剣に間六彦は思った。
視線を店内に移すと、煌びやかな内装が目に入る。青やら赤やらピンクやら、他にも金銀、溢れるびびっとカラーに目が疲れてきた。額を抑える。
「――なぁ?」
「なぁにぃ?」
「ここは……なんなんだ?」
「漫画とアニメとゲームの、殿堂だよぉ」
なるほど、と手近にあるブックタワーのひとつに近づき、手に取る。やたらと露出の高い制服に身を包んだ女子生徒が――というか女子生徒ばかりが愛想よく手を振り、真ん中で申し訳程度に主人公らしき男が困った顔で笑っていた。
「……なぁ?」
「なぁさぁん」
「どういう意味だ、それは?」
「いやぁ、三回目だしぃ、にじゃないかなぁ、って?」
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