わかってるスギぃ!
うん、意味がわからん。とりあえず柚恵が暴走しているだろうことは理解できたから、そこは放っておくことにする。
「そ、そうか……それで、なぜここに?」
「ゆえの世界をぉ、ろっくんに知ってほしくてぇ」
その言葉にピンときて、振り返った。
「……お前、」
「ホラ、これみてぇ」
ニコニコ笑顔で柚恵は迫り、一冊の本を突き出す。
「コレ、柚恵の一番好きなヴィレこ――『ヴィレッジ☆こんぷれっくす』っていう、ライトノベルなんだぁ。『村』が出てくる童謡、お伽噺のキャラをモデルにしててぇ、同居系キャラ萌えハーレムものでぇ、大ヒットしててぇ、メディアミックスもアニメに漫画にゲームに映画とぉ、いっぱい出てるんだぁ。通称ヴィレこんって言ってぇ、一般受けこそしてないけどコアなファンがその人気を支えててぇ、特にかぐや姫をモデルにしたぁ久瀬赫映(くぜ かぐや)ちゃん通称かぐたんの人気は凄まじいのぉ」
「……そうか」
「ほらほらぁ、コレ見てぇ。コレはぁ限定グッズのかぐたんキャラTでぇ、フリーサイズだからゆえは着る用保存用布教用と三枚持ってるけどぉ、でもやっぱり店頭で見るとぉ、欲しくなっちゃうよねぇ!」
「ハハ、可愛い柄だな」
「でしょぉお? わかってるねぇ、さすがはろっきゅん! あとこれはぁ、タイアップちんすこうでぇ、まぁやっぱり中身なんかは同じなんだけど信者が献金することで制作側が潤うかと思うとぉ、ちょっぴり高いけどこっち選んじゃうんだよねぇ」
「三倍だがな、愛も三倍というところか?」
「もうろっきゅんわかってるスギぃ!」
腕を組まれた。それは初めての経験で少なからず動揺はあったが、間六彦はソレを受け入れた。どうしてなのか、自分でもわからないようで――本当は、わかっていた。
「そうか……そうだと、いいな」
「ろっきゅんは、弥生ちゃんにとってヒーローだと思うんだぁ」
オタクや修学旅行生らしき人ごみでごった返す中、柚恵は腕組み耳元に囁きかけ、リア充オーラを店内に撒き散らした。
『――――』
「…………」
それに間六彦はかつてないほどの殺気を一身に受けていたが、抵抗する術もなく、ただただやられるがままだった。
「……俺が? 英雄(ヒーロー)だって? 気も回らず、弁舌も未熟、自身の感情ひとつコントロール出来ない俺の、いったいどこが――」
「そこだよ」
柚恵はどこか、切なげに笑っている気がした。
「その……自分の弱さにキチンと正面から向き合ってるところだよぉ? 自分とも折り合いつかないのを自覚してるのにぃ……他人を恐れたり試したりすることなくぅ、赤の他人であるゆえたちをぉ、救おうとしてくれる勇気だよぉ?」
初めて間六彦は、ゆえの前で赤面した。
「……まったく青いな、俺は。恥といってもいい。まったく、俺ってやつは――」
「かっけぇよ」
柚恵の言葉ではないように思えた。
「……それもなにか、好きな作品にいんすぱいあされているのか?」
「うん、今どき珍しい青春友情モノのねぇ。でも、ホントの気持ちぃ。ゆえは弱いからぁ、誰かのセリフに自分の想いを乗せることしかぁ、出来ないのでぇす」
そしてなにかを振っ切るように、柚恵は間六彦の腕から腕を離した。間六彦は少しだけ、ホッとした。このままだと本当にリンチというかミンチにされるんじゃないかと半ば本気で危惧していたから。
「それは、決して恥ずべきことではないと思うぞ。自分のあり方を認め、そのうえで折り合いをつけて生きていくことは――」
そこまで話して、間六彦はハッとした。
柚恵は慈しむように、間六彦を見つめていた。
「……やよよんはそこまでぇ、踏み出せないでいると思うのぉ。ゆえはぁろっくんに、それを伝えたかっただけぇ。ごめんねぇ、こんな茶番に付き合わせてぇ」
「いや、構わない。というかむしろ、礼をいう。やはりゆえりんは、俺のうえをいく存在だな。よろしければこれから先も、ご指導ご鞭撻のほどを承りたい」
「そんなぁ、ゆえなんてまだまだ序の序の序の口だよぉ。2ちゃんにはもっと孤独生活(ひとりぐらし)が得意なひとはいくせんまんもぉ――」
「そういうのとは、少し違うと思うがな……」
そう話して、二人して笑った。間六彦はその帰り、お土産として沖縄限定のゴーヤマンフィギュアを買ってみた。こいつにあやかり、なんとかこれから先を乗り切れればと女々しい祈りを捧げてみた。
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