学園祭

 それから一週間後、予定通り学園祭は開催された。教室という教室は催事場もしくは即席のカフェへと姿を変え、普段の五倍以上のひとたちでごった返す様はまさに祭り。みな食と鑑賞と宴に、身も心も任せていた。

 そんな最中、誰も寄りつくことはないグラウンドの、そのまた隅。

 弥生はひとり、ひざを抱えていた。

「…………」

 みんなが楽しいモノ、目先の流行廃りに目が行く中、弥生はひとり孤独に、誰の目にも留まることのない存在に捕われていた。それはもはや、この世に居場所などない亡者たち。人としての形を失った、亡霊たち。

【オ……オォォオォ……!】

 弥生は考える。なぜ彼らは、もはや考える脳も、温かい心臓も、誰かを支える手もないというのに、そこに存在しているのだろう? そして考える。なぜ自分にだけ、視えているのだろう? なにか意味があるのか? それともそれはただの神様の気まぐれだったりするのか?

 そんなこと、いち超絶天才運動神経抜群美少女である自分が、窺い知れることでもなかった。

【ォオン……オオォオ……!】

「――――」

 弥生は、自身の無力を感じていた。間六彦を傷つけるばかりで、自分の気持ちにはうそをついてばかり。決して本当を曝け出すことはない。

 自分は結局、なにをしたかったのか?

 それを今までは、当然だと思ってきた。だって周りだって自分を厄介ごと扱いしてきたし、そうすることが自分の義務ぐらいに思ってきた。

 なのに、間六彦は――

 自分がどれだけ煙に巻こうとも、傷つけようとも、突き放そうとしても、決して自分を見放すことはなかった。

【オオ……オオォォオン……!】

「るっさいなァ……ハァ」

 ため息。この感覚、久しぶりのものだった。

 間六彦と出逢うまでは、ほぼ毎日こんな調子だった。小学三年生の時、九州は福岡から母とこの地に"出戻り"した自分は、この土地の風土とクラスに馴染めずいた。そんな時自分は学園祭の巫女役を押し付けられ、そこで実行委員となっていた柚恵と、自分と同じく神前演武を行う予定だった舞奈と出会った。

 最初はなんてトロくてバカなコンビなんだろう、と呆れていた。だから話し合いの場でも、腕組み足組み無表情で、他を寄せ付けないオーラを発していた。けれどふたりは空気を読まず、読めず、自分に関わってきた。ウザかった。初めこそ一応気を遣っていたが、だんだん露骨に避けるようにした。だけど二人はめげるどころか、調子に乗って絡んできた。それに遠慮することがバカバカしくなり、罵声も浴びせた。それでもふたりは、笑っていた。自分のことを、周囲のように白い目で見ず、物怖じさえしない。自分はだんだんとそのことに呆れていき――最後にはなんだか、心地よくなっていた。

 それは今考えれば、甘えているという事実に他ならなかった。結局ふたりは、自分のことを想っていた……いやだがまぁうん舞奈は正直微妙だけど、柚恵はたぶん。

 そんな日々を過ごしていると、ふと思うときがあった。なんだかんだであの二人はすごい仲が良くて、みんなの評判もいい。それなのに、自分が仲良くしていていいのか? 彼女たちにとって、不利益にはならないのか?

 卑屈な自分は、どうしようもなかった。そんな自分も、間六彦と出逢ってから、少しづつまともな人間に近づけつつあると、思っていたのに――

「わたしって、なんなんだろ?」

 情けなくなって、頬を軽く叩いた。ここで思い切りいけないところが、自分らしいと自嘲する。

 チャイムが鳴る。気づけば、自分の出番まであと少しだった。やらなければならない。弥生は膝をつき、立ち上がる。この前悪霊まがいのマネをして神聖な御獄(うたき)をひとつ潰しておいて、巫女のマネごとをして神に祈りだなんて、冗談にもならないと泣けてくる。

 自分は本当に、なにがしたいんだろう?


 舞台は出来上がっていた。グラウンドの中央が正方形に区切られ、その中に巨大な祭壇が組みあがっている。その周りをざっと三百人ほどの人間が取り囲んでいた。赤い松明が、揺れ動いている。まるでいくつもの幽鬼が集まっているかのようだった。

 その舞台上に、弥生があがる。表情は、そこにはなかった。真っ白な上着と真っ赤な袴に身を包み、長い髪を振り乱し金色の装飾品で飾り立てられたその姿は、この世ならざる神聖さを秘めていた。それを見た町の人々は畏敬の念を抱き、それを見たクラスメイトたちは高嶺の花をただただ崇める。

 舞台のうえで、弥生は大きな扇を取り出し、振り始めた。まるで風が巻き起こったような厳かさだった。そして弥生は、舞った。格式高い、神を讃える旧い詩を。それをみな、見つめていた。神聖な雰囲気だった。なんぴとたりとも、それを侵せないような。丸一日続いた宴の最後の締めを、みなが見守っていた。

 そこへ、間六彦が上がってきた。

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