闇祓い

 あまりの事態に弥生は舞を一時止めて、そちらを見た。

「……え? あ、六彦――なにしてんの?」

「壇上に、上がっている」

「なにしてるか……わかってるの?」

 さすがに、正気を疑う。神事の最中にそれを妨げるだなんて、まともじゃない。特に沖縄は、風土や神を重視する。それにコレを見ているのは現在学生だけじゃない。みな、どう思うことか――

「お前の心の闇を、祓ってやる」

 気づいた。

 その声はグラウンド中に、響いている。

 見れば間六彦の右手には、マイクがあった。なぜわざわざ、煽るようなマネを? 間六彦の狙いが、まったくわからない。弥生はただ呆然と立ち尽くし、彼の動向を見守っていた。

「――舞奈ァア、柚恵ぇえっ!!」

 とつぜん、間六彦が叫んだ。それに弥生はびっくりして目を点にする。まさか間六彦が叫ぶだなんて、思ってもみなかった。

 その声に導かれるように、ふたりも壇上に上がってくる。なんか柚恵に至ってはバカデカいケースみたいなのを引き摺っているし。

 さすがの会場にも、どよめきが起こり始めていた。

「お、おいおい……」「なんなんだ、今回の神事は……?」「なにかのアトラクションかしら?」「派手だわね、あたしは嫌いじゃないけどっ」「けしからんッ!」

 疑問の声、囃し立てる声、そして当然抗議の声などがあがっている。弥生は、胸がドキドキし始めていた。なに? どうするの、コレ?

 すると柚恵が、ズルズルと階段下から引きずってきたケースをおもむろに開けて――中から一本のギターを、取り出していた。

「は?」

「んじゃあ、いっちょぉう……いってみヨウカドー!」

 ギャイーンっ、という金属音。エレキギターだった。きちんとアンプに繋がれていた。だから油断した聴衆たちは唐突なそれに――


「ぐわ!?」「ぐぉ!?」「み、耳痛っ……!」「けけけ、けしからんっ!!」

「じゃじゃじゃあ歌うよ一発『ヴィレこん』初期オープニング、『俺たちの童謡はNEVER END』!」

 ギャリギャリエレキをかき鳴らしながら、ドコドンとアニメ声でアニソンを歌い散らす柚恵。それにみな最初こそ呆気にとられていたが――落ち着きを取り戻してからは、賛否両論だった。

「おぉ、今回の催事はド派手なもんだなぁ」「って催事じゃなくて神事でしょ! なによこれ、神聖な儀式に乱入って……」「でもよくよく考えれば学生の文化祭なんだし、別に格式ばったものじゃなくても……」「とにかく、けしからんッ!!」

「いーやっほほほぉう!」

 そんな周囲をよそに、柚恵はトランスしそうなほど弾けていた。くるくる回って、跳んで、跳ねて、バック転して着地してブリッジの体勢になってなお、演奏はキッチリ行ってのシャウトが会場中に、迸る。

 弥生はすごい、と感心していた。

「へえぇええ……」

 あんなに楽しそうにしている柚恵を見るのも、激しく歌って弾いて踊りまわる柚恵を見るのも、初めてだった。あんなことが出来るだなんて、七年来の付き合いなのに初めて知った。

 壇上の柚恵はまるで背中に羽根でも生えているように宙高く一回転して、華麗に着地しギャーン、と最後のひと鳴らしをした。訪れる、しばらくの静寂。その後――

 ぱちぱちぱち、とまばらな拍手が巻き起こった。誰が? とみんなが視線をめぐらせると、それは同じく壇上で呆気に取られていた、弥生だった。

 弥生は、呆然としていた。しかし手だけが、機械仕掛けのように拍手を鳴らしていた。それに釣られるように――いくつもの拍手が、大きな波動となった。

『オォ――――――――っ!!』

 もちろん、全部が全部ではなかった。たぶん手を叩き拳を突き上げているのは、全体の3割強ほど。他3割は眉をひそめたり、逆に指差し諌めたりを行っていた。しかし残りは特に動かず、ノったり、揺れたり、ただ瞼を閉じて余韻に浸ったりしていた。

 そんな中、今度は舞奈が前に出た。

 当然ザワめきが起こり、そしてしばらくののち沈黙が下りる。

 みな、真剣な眼差しで舞奈を注視している。

 舞奈は表情が引き攣り、頬が痙攣していた。

「あ、わ、ウチは……手那鞠舞奈って、いいます」

「知ってるぞー」

 飛んできた野次に合わせて、いくつかの失笑が起こった。それに柚恵、間六彦につづいて弥生も笑ったが、しかし舞奈に余裕はなかった。

「し、知ってましたか? そ、それは失礼致しました……て、てへぺろ?」

「おーい、お前はなにすんだー?」

 再度巻き起こった野次に、舞奈はびくっ、と肩を震わせた。間六彦はそれに額を押さえて、柚恵は変わらずニコニコ笑っていた。わからない弥生は、ハラハラしながら事の成り行きを見守る他なかった。

 舞奈はびくびくしながら、なんとか笑顔をひねり出した。

「う……ウチは、これから――手品をします」

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