御神木

「って……いうか、あい……ださん、あし……早、過ぎ……っ!!」

「あぁ、すまん。そうだな婦女子と一緒だし、もう少し気をつかえばよかったな?」

「ふ、女子、ってぇ……なん、で……バレたの、かなぁ?」

「? お前はなにを言っているんだ?」

 会話が噛み合っていなかった。仕方ないのでひと呼吸つくまで、間六彦はひとりで境内を見て回った。おー、鳥居でけー。

 しばらくして落ち着いたふたりを伴って、間六彦は本殿に向かった。そこで弥生の母上と対面した。厳かな袴姿に恐縮する。なるほど、御神職の身だったか。

 中に通され、居間と思しき部屋で、話を聞くことになった。母上にお茶を出され、茶菓子まで振る舞われ、恐縮して小さくなる。舞奈はありがとーおばちゃーん、とボリボリちんすこう喰ってた。空気読め、と喉まで出かかった。

 そしてみなが着席した辺りで、母上はボロボロと涙を流しだした。

「本当に……本当にうちの弥生はいいこ――ではなかったけれど人一倍可愛く生まれたもので小さい頃からチヤホヤされて飴は貰うわプレゼントは頂くは現金は承るわのやりたい放題で……同級生の子達にも大人気で……ホワイトでーにはあげてもいないのにクッキーをリュック一杯に貰ってきたり、二人、三人、四人、五人の男子に同時に告白されたり、勝手に争われて指差して笑っているような末恐ろしい子悪魔で……」

「――石柿崎、」

「なにかなぁ、六彦くん?」

「弥生ってヤツは、ホントはろくでもなくて、みんなからえらい嫌われてるんじゃないのか?」

「そんなこと……ない、よぉ?」

「……今の間は、なんだ? というかなぜに疑問刑なんだ?」

「なんでもないよぉ、ねぇ舞奈ちゃん?」

「オバさん、このちんすこう次はココア味ちょーだいっ」

「お前は本当空気読め」

 頭痛くなってきていた。俺はなぜここにるのだろうとさえ思っていた。

 母上の子煩悩というより子どもに対する悩み相談はさらに続き、間六彦はただただ曖昧な笑みで応えるしかなかった。その様子を柚恵は顎の下に手をやって笑顔で眺め、舞奈は元気を取り戻しバクバクちんすこう喰ってた。誰か助けてくれ。それが二十分ほども続いてから、ようやく本題に入る隙を見つけた。

「――そ、それで結局、というかあの、俺に出来ることなどあるのでしょうか?」

 それに母上は、なぜか目を点にしていた。

「え? あなたになにか出来ることが、あるの?」

「…………ハァ」

 間六彦は、めいっぱいため息をついた。もうどうとでもしてくれという気分だった。助けを求めるように、柚恵を見た。その笑みは、なにか確信を持つものだった。

「なにか……あるのか?」

「あーお腹一杯、まんぞくっ……って、アレみんなどうしたの?」

 一発殴りたい、と切実に思った。


 柚恵の先導に従い、三人は外に出た。広大で、心が洗われるような庭だった。高い木々があちこちで天を突き、よく手入れをされた植木が足下を固めている。まるで日本庭園の如き趣があるな、と間六彦は感心した。

 そしてある樹木の手前で、柚恵は立ち止まった。

 見上げる。

 それは巨大だった。他のものとは、レベルが違う。さっき天突くという表現をしていたが、こちらこそそれが似つかわしかった。たぶん、30メートルくらいあるのではないか?

「神ノ島神社の、御神木になります。樹齢推定900年、幹周7、4メートル、樹高41メートルにもなります。わが神社の、守り神です」

 母上が先ほどとは違う神妙な面持ちで、解説を入れてくれた。それに間六彦の背筋も、引き締まる。

 さらに伏目がちに、祝詞をあげだした。

「高天原(たかまのはら)に神(かむ)留(づま)り坐す。皇親(すめらがむつ)神漏(かむろ)岐(ぎ)神漏美の命(みこと)以ちて、八百萬(やおよろずの)神等を神集えに集え賜い、神議(かむはか)りに議り賜いて――祓え給い清め給う事を天つ神国つ神、八百萬神等共に聞こし食せと白(もう)す――」

 唐突に始まったそれに、間六彦は直立不動し、とにかく神妙に聞き及んだ。それが終わり、間六彦がひと心地ついていると今度は幣(ぬき)とやらでバサバサと――なぜか自分の身体が、はたかれていた。

「……今のは、なんですか?」

「どうぞ」

「いやどうぞって……?」

 一気に人垣が、割れていく。右に母上、左に柚恵と舞奈。いや誰か説明してくれ。

 困った時の、柚恵だった。間六彦は、視線を送った。

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