助けて

「おぉ……」

 思わず、声が漏れる。まったく、同じだった。そのパッツンに揃えられた前髪も、膝丈まで伸びる長く美しい黒髪も、儚さすら漂う透き通った肌も。ただひとつの違いといえば身に着けているものが病院服ということくらいだった。

 振り返る。柚恵は笑った。少し、困ったように。

「この通りで……うんともすんとも、言わないんだよね? お医者さんは――」

「先生は、身体のほうはもう治ってるはずだから、意識が戻らない原因はわからないって……言って、ました。それで――」

「それで俺に、どうしろと?」

 引き継いだ舞奈の言葉に、間六彦は尋ねた。自分には医学の知識などない。だいたい本職がお手上げといっているものを、学生がどうこう出来るはずもない。意図が、わからない。

「ゆえたちは、幽霊を視ることがぁ、出来ないんです」

「それがいったい――」

「六彦くんは弥生ちゃんと、会ったんですよねぇ?」

 言葉に、詰まった。

「…………それは、」

「弥生ちゃんを、視たんですよねぇ?」

 二の句を、繋げられなかった。

 現行犯で逮捕された、冤罪人の気分だった。

「――――どうしろって、言うんだ?」

「助けて」

 切実な響きが、柚恵の後ろから投げ掛けられた。

 舞奈は自身の身体をかき抱き、肩を震わせ、泣いていた。

「助けて、ください……弥生を……ウチの友達を……! 確かにこの子自分でグレープフルーツ食べないと死んじゃうとか言う痛い子だし、すっごいワガママでウチなんてしょっちゅう迷惑こうむってるし、手も早いから痛い目にも遭ってるし基本的に一緒にいてろくなことがない暴君グレープフルーツ姫だけど、それでも……付き合いだけは長いからこんな本当のお姫様みたく神妙に眠られてると逆に不気味っていうか、怖くて夜も眠れなくて……ッ!!」

「…………」

 なんか、切実の方向性が違っていた。ていうかこの子、そんな性格かよ? 夢、ブチ壊れるな。本日間六彦はゲンナリしてばかりだった。

 柚恵はそんな変な空気でもシリアスっぽく舞奈の頭をかき抱き、そしてこちらに振り返った。

 笑ってはいたが、泣いていた。

「……ゆえもぉ、寂しいんです。ずっと、3人で仲良しだったから、弥生ちゃんがいないとぉ……だから可能性があるならぁ、賭けたいですよぉ……六彦くんには迷惑だと思うんですけどぉ、よかったらぁ、お願いします……」

 深く、頭を下げられた。それに気づいた舞奈も目元を擦り、追随する。参った、王手だった、詰めだった。

「……なにか、策でもあるのか?」

 顔をあげた柚恵の笑みは、どこか輝いて見えた。


 間六彦は、今度は間髪入れず、弥生の実家に連れて行かれることになった。まったく選択の余地が無かった。仕方ない。犬にでも噛まれたと思って諦めよう。間六彦のたとえは、古風だった。

 遥か天上につづくような石段を見上げ、間六彦は感嘆の息を漏らした。

「……ここは?」

「六彦くんは、信仰心は強いほうかなぁ?」

 唐突な質問に、間六彦はついていくことが出来なかった。

「や、いや……あまり、神に"祈るような"習慣は持ち合わせていないな」

 祈っては、来なかった。

 ずっと問い、続けては来たが。

「そっかぁ」

 そんな心を見透かすように、柚恵はそれ以上追求しては来なかった。

 そして三人で並んで、その石段を上り始めた。二百段を越えた辺りで、舞奈が泣き言をいいだした。三百段を越えた辺りで、柚恵がひゅーひゅー言い出した。五百段を越えた辺りで、間六彦は再度石段を見上げた。

「……何段あるんだ?」

「はっ……ぴゃくぅ、八十ぅ、八段ん、だよぉ……」

 ギリギリの柚恵だった。ちなみに彼女は間六彦に八段遅れていた。舞奈は視界の遥か下方、途中から勝手に休みだした辺りから置いていこうという方針になっていた。柚恵は大きく息をするたび、胸元が激しく揺れている。しかしこの巨乳でこの運動神経は、意外といえば意外だった。

「ど、う……した、のぉ?」

「いやなにもない」

 視線に気づかれる前に、再度上方を見る。遥かな先に、微かに本堂のようなものが見て取れた。途中いくつかの門と狛犬を見てきたが、まだ先は長そうだった。

 辿り着いても、達成感は薄かった。なぜなら一人での到達であり、虚しさだけが募ることとなる。その五分後に柚恵、さらに二十分後に舞奈が到着した。ふたりとも息、絶え絶えだった。

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