痴話げんか?

 一度会って欲しいという柚恵の申し出を、断る理由も無かった。間六彦はふたりの少女と、放課後待ち合わせることにした。生まれてこの方異性と付き合った事はおろか一緒に出かけることも無かった間六彦には、それは新鮮な体験だった。

 教室には、戦慄が走っていた。

「……間(あいだ)、あのふたりとどんな関係なんだ?」「よく聞こえなかったけど、お願いとか言ってたような……」「それにひとりすっごくニコニコしてたけど、もうひとりはブスっとしてなかった……」「――痴話げんか?」「……最後に、ひっぱたかれかけてたよな?」「――三角関係?」

『あの、間六彦が?』

「きりーつ、礼、散開」

 いつも通りの忍者を思わせる委員長による夕礼を済ませ、学び舎は無法地帯と化した。一斉にグループに分かれ、この異常事態をそれぞれのテリトリーへと報告に向う。気づかぬは本人のみ、我先にと部活動、自宅へ勉学のために向かう学友たちと勘違いし、感心した瞳を送る。

「おぉ……みな、熱心だな」

 そしていつも通りの気軽な仕草でかばんを肩にかけ、スタスタと出入り口に向かった。ちなみにかばんには20キロの鉄板が仕込まれている。

 靴を履き替えようと昇降口に到着すると、スリガラスの向こうに華奢な背中をひとつ、発見した。

「…………」

 そちらに視線を固定しながら、間六彦は靴を履き替えた。モジモジしている。両手を後ろで合わせ、足も合わせたり離したり。挙動不審だ。間六彦は、なんだかドキドキし始めた。これが俗に言う甘酸っぱいものでないことだけは、確信を持って言えた。

 とりあえず隣までいって、声を掛ける。

「――もし、」

「うひゃおうっ!?」

 ビクーンッ、と仰け反り全身を突っ張り、怪鳥の如き雄たけびが迸る。とうぜん周囲にいた学友たちは一斉に何事か、と振り返る。間六彦のドキドキは見事に予想通りだった。

 視線も合わせられない小動物に、少し距離をとって間六彦はなだめようとした。

「や、その……とりあえず少し、落ち着いてもらえるか?」

「ひっ、ふっ、う、く……っ!」

「だいじょうぶだ、危害を加えるつもりはない。ただ、話し合いたいだけだ。出来るだろ? お互いいい年いった男女だ、なぁ?」

「う、ふぅ? う、くぅ……くぅん?」

「そうだ、敵じゃないぞ、むしろ味方だ。心開いてくれ。なにもとって食おうなんて気は毛頭ない。ただ俺はお前とわかり合い、た――?」

 そこまでやって、間六彦は気づいた。

「?」

 続くように相手も間六彦の視線をおい、周囲を見てしまう。

 周りから向けられる、奇異とドン引きと嘲笑の、その視線に。

 まず反応したのは、舞奈だった。

「あ……あ、あ、ああ……!」

「だ……大丈夫だ! まだやれる、まだ終わりじゃないぞ! 俺たちここからやり直せる、ひとつひとつ丁寧に説明していけば――!」

「間くんって、ああいう子が好きなんだ……」「ていうか、どういうプレイ? ペットごっこ?」「さすがに引くわー……ていうか、付き合うあの子もあの子よね?」「プライド無いの? ていうか、キモい。部屋でやれって感じ」「アハハハハハ」

「わ――――――――――――――――っ!!」

「限界だ――――――――――――――――っ!!」

 間六彦は泣き叫ぶ舞奈の襟首を引っつかみ、全速力でその場から離脱した。悪夢だった、今晩夢にでも出そうだった。

 校門を出て100メートル先にある駄菓子屋の角を曲がってしばらくいったところに、柚恵がいた。ニコニコ相変わらずの笑顔で、手を振っている。間六彦が問い詰めるより先に正気に戻った舞奈が、食って掛かっていた。柚恵は爆笑をもってそれに応えていた。この子が一番喰えないかもしれないと間六彦は戦慄していた。

「いやごめんごめぇん、悪気はなかったんだよぉ? 本当に、ふふっ、ふふふふふっ!」

「……もういい。柚恵に従ったウチが悪かったもん」

 都合十五分くらい文句を言った末、舞奈は疲れていた。不憫だった、出来れば代わってやりたかった。

「それじゃあ六彦くん、行こうかぁ?」

「……あぁ」

 最初からそうしてくれと、さすがに間六彦は頭を抱えた。

 電車に乗ってバスに乗り継ぎ、三人はその病院に到着した。ちなみに移動中、一切私語はなかった。舞奈はもうガッチガチだったから理解できるが、柚恵がとても不可思議だった。なにか企んでいるとしか思えない。

 病室に入ると、今朝見たままの少女が静かに横たわっていた。

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