特異体質

「お前の知り合いが口々に非難する理由が、わかった気がするよ」

「え? そうなの? それはちょっと、さすがにショックかなー」

「いや、だいじょうぶだ。なんだかんだ言って愛されてると思うよ、お前は」

「え、そーお? やだなー六彦こんなところで愛の告白だなんてっ」

「今のをどう聞けばそう受け取れるんだ、まったく……それと、いきなり名前呼び捨てというのは――」

「イヤ?」

 そんな純真な瞳で見るな。

「……別に、嫌じゃない。どう呼んでくれても構わん。ただ、その……もういい。お前の勝ちだ。好きに――」

 言い終えることが、出来なかった。

「へへーありがとっ」

 弥生がふわり、と自分の首にまとわりつき、頬に――接吻、してきたから。

「な、おま――!」

 文句言おうと、慌ててまとわりついてる方を見た。

 既にその姿は、消え去っていた。

「……ズルいな、お前は」

 反射的に頬を拭おうとして、やめた。さすがに失礼だし、女性に恥をかかせるなど武道家の名折れだ。改めてみなのほうを向くと、母上が「あらあらもうこれは駄目ね、新しいの買わないと」柚恵が「えー、そういうのって、売ってるんですかぁ?」ひとり足りない。

「……どうしたんですか? 間さん」

 そういえばこいつから名前を呼ばれたのは初めてだと、気づいた。どいつもこいつも気軽に呼ぶから、なんだか慎ましく感じられた。

「いや、いま弥生の幻を見た気がしたんでな……」

「……頭、だいじょう?」

「余計なお世話だ」

 まったく、なんて一日だと頭を抱えた。 



 間六彦は、特異体質だった。物心つく頃には全身の骨は、まるで鋼鉄のように硬くなっており、最初の身体測定で測った握力は50キロを越えていた。小学六年生にして百メートルを走れば11秒台、ジャンプ力は走り高跳びで1メートル70を越え、どれだけ運動を続けようとも決して息切れを起こすことはなかった。

 そんな自分を知っていたのか、間六彦は寡黙な男だった。幼少の頃より必要最低限の言葉しか発さず、交流を持たず、決して他人に深入りしようとはしなかった。なにか揉め事が起きそうになれば、必ず自分が譲った。決してその力を、使うようなことはなかった。

 だから余計に、他人には係わらないようにしてきた。それは簡単だった。なにしろ間六彦は小中高いずれへ上がろうとも、一ヶ月で有名になっていた。体力測定、面倒なのは運動部の勧誘だった。

 一人没頭出来る、武道に縋ってきた。唯一それだけが、間六彦を支えてきた。

 そんな間六彦がただの一度だけ、その拳を振り上げたことがあった。その出来事は間六彦の胸に、深い傷跡を残すこととなった。計り知れない後悔と、恐怖に支配された。結果として武道も、辞めてしまった。

 そして同時に、自分への疑問に苛まれた。

 なぜ、こんな力を授かってしまったのか?

 自分にどうしろというのか? これは罰なのか? それとも罪なのか?

 ――なんの為に、自分は生まれたのか?

 歳を重ねるにつれて色々と経験し、学ぶ中でそれらは徐々に薄くはなっていった。しかし常に、胸中で渦巻いていた。いつの間にか澱のようになっていた。

 ただ、死なない程度に生きてきた。

 変化のない毎日を、ただ積み上げてきた。

 自分の行き着く先などどこにもないと、17にして悟った気になって――

 べちゃっ、と頭になにかが付着した。

「…………」

 一瞬、鳥の糞かと、ゾッとする。

 手を回すと、それはベタベタしていた。やっぱり雨じゃない。でも粘土は無い、液体。おそるおそる、匂いを嗅いだ。

 ため息吐いて、顔を上げた。

「ハァ……なんだ、グレープフルーツ姫?」

「グレープフルーツ姫、推・参っ」

 びしっ、と某美少女戦士のポーズを決めるコイツはいったい何歳だ、と思ったりした。

 あれから、毎日だった。

 あの事件から毎朝、グレープフルーツ姫――もとい神ノ島弥生はこの岬に現れた。そして声――もとい、グレープフルーツの汁をかけてくれた。最初は足元、次は靴、さらにズボンの裾、上着の袖、肩、そして今回の頭頂部に至る。

 どういうつもりなのか、理解に苦しむ。

「……で、今日はなんの用だ?」

「ハイコレ」

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