正拳上段突き

 差し出されるのは、グレープフルーツだった。

 初めてのケースだ。初日こそ事件の礼として現れていたが、それからはずっとなんてことない世間話をダラダラ垂れ流すだけだった。

「あ、あぁ、悪いな……って?」

 受け取って、違和感。ひっくり返すと、大穴開いてた。

「お前……これ、食いかけか?」

「わーこんな美少女と間接キス出来るなんて、しーあわせー」

 ため息。

「……これは間接キスとはいわないし、だいたい接吻なら既に一度――」

 ふと思い当たって、顔を上げた。

 すっごく近くに、透き通る瞳があった。

「……なんだ?」

「いや別にー」

 ひょい、と両手を後ろに組んでくるりと身を翻す。わけがわからん。間六彦は考えるのを諦め、両手を頭の後ろに回し、仰向けになった。

「どーしたの?」

 覗き込んでくる。間六彦はなにか言おうとして、やめた。距離が近くなるのは、苦手だった。目を閉じる。目の毒だ。少し、眠ろうと思った。落ち着くにはソレが一番だ。

 と思っていたら、腹の上に重みを感じた。

「すやぁ」

 どういうつもりなのか、頭を抱えた。


 昼休みを迎え、いつものように独り弁当をつつこうとしていると、窓の向こうにシャギーの影が見えた。スリガラスだから、詳細はわからない。それが嫌な連想を引き起こし、とても厭な心地になってしまう。

 だから、見ないフリした。

 固まって宙空で止めていたエビフライを、口に放る。

 ガラッ、と音がして、靴音が近付いてくる。

「……あの、」

 サクサク、と音を立てて頬張る。最高の歯応えだった。ありがとうお父さん、今日のこの日を迎えられて不肖間六彦幸せであります。

「……ちょっと?」

 続いて米をかっこむ。ちとお行儀が悪いが仕方がない、これだけ美味い弁当が悪い。弁当箱の底で周りが見えないのも仕方ない。

「……あなたね、」

「うっ?」

 喉に詰まった、慌てて水筒を手にとり水をカブ飲み。コレも仕方ない。生きるか死ぬかだから本当仕方ない仕方ないあー仕方な――

「いい加減に、しろ――――――――っ!」

「うぉ!?」

 パンッ、という快音。

 今度は本当に、ちょっぴりビックリした。

 傍にいる舞奈が、いきなりこめかみに正拳上段突きなんてかましてくれやがった。

「な……なにするんだ、お前は?」

「それはウチの台詞よ――――――――っ!!」

 悲痛な叫び、再びだった。ちなみパンチはきちんと平手で受けられたから良かったようなものを、この前からなんて乱暴な子だろうかと呆れる。

「……そんなことでは、空手家の名が泣くぞ?」

「なに言ってんのよ無視するそっちが悪――ふぇ?」

 まず、その言葉に驚いたようだった。次に、自分の拳が相手の手の平に押さえられ、つまりは触れ合っていることに気づき慌てて身を庇うように離れていた。うむ、慎み深い。大和撫子はこうでなくては。

「な……なんでウチが、空手やってるって……?」

「こんな見事な正拳上段突きをやってのける娘が、まったく心得ないということがあってたまるか。しかし無闇に使うなよ、武道家の威信に関わる」

「よく、わかんないけど……」

 手をさすりようやく落ち着いたのか、舞奈は胸を張った。うん、あんま無いな。いや失礼だな自重しよう武道家として。

「それで、ちょっと話が……って、どこ見てんの?」

「いやなんでもないで話とはなんだ?」

「? あなた、たまにスゴい早口になりますね……ま、いいか。で、話っていうのは、柚恵にあなたを連れてきてくれって、頼まれまして」

「なぜだ?」

「さぁ? わかりません。柚恵って本当いつもなに考えてるかわかんなくて、あでも弥生のお礼してないから、その件かな? そういえばなんなんです、あの突き?」

 突き、とは空手用語でパンチ全般を指す言葉だった。

 もはや確信的、というか同士を得られて少し心弾んでいた。

「あぁ、いや今はやっていないのだが幼少の折りに手習う機会に恵まれてな。短い期間だったが、ここでこう捻るのが難しく……」

「あー、そうですね。確かに手首を捻るタイミングは最初迷って、ただガムシャラに肩に力入れちゃって……」

「あぁ、そうだ話せるな。丹田と三角筋のみに気を置く、というのがなんとも……」

 舞奈はワッ、と表情を明るくして、間六彦の拳を手に取った。

「あーわかるわかる! でもスピードも犠牲にしちゃいけないから、こう、拳の握り方からして、その、最初……は――」

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