不憫で、どーほーで、ガクユー

 気づけば襖が開かれ、そこからボッサボサの寝ぼけ眼が現れていた。一応浴衣は、キチンと着込まれていた。ホッとして、

「……いや、なんでもない。ちと、この酒田G――じゃないじいさんが良からぬことを企んでいたので、留めておいたところだ」

「離しャア若造――――――――っ!」

「静かにしてくださいよ、頼みますから……とりあえず奥に連行するから、お前は眠って――」

「間、話がある」

 まるで弥生のような言い回しだな、と間六彦は連想していた。

「……なんだ?」

「連行したら、中庭にきて」

 それだけ言ってサックリ打ち切り、奥へと引っ込み襖を閉じた。少し怪訝に思いながら、間六彦は酒田Gをキッチンへと連行し、柱に縛り付けた。耳に耐えない罵詈雑言を捲くし立てていたが、特異体質である耳たぶを曲げての耳栓をしてしのいだ。

 軒先に座り、指を合わせてただ待った。

「待った?」

 ほとんど気配さえさせず、舞奈は現れた。少しだけ、間六彦は驚く。

「いや、待ってはいない」

「そう、よかった」

 隣に、座る。暗い、顔を上げると月が雲に隠れていた。漆黒に近い、鈴虫の音が遠くに感じる。

 現実感が、薄いシチュエーションだった。

「元気?」

「あぁ、元気だ」

「そう」

「あぁ」

 しばらく沈黙が進み、間六彦はちらりと舞奈の横顔を盗み見た。

 呆けて、油断しきったある意味アホ顔、別の意味では純粋の表情に、少しだけ見惚れてしまった。

 まいにゃあは、太陽。

「ん? なに?」

「いや、なんの用かと思ってな」

 見惚れていた気配など見せる筈もない間六彦だった。それに探りを入れる様子もなく舞奈は、

「あ、うん。その、ちょっと聞きたいことがあってね」

「なんだ?」

「間って、ウチのこと好きなの?」

 意外過ぎる一言だった。

「…………ちょっと、待ってくれるか?」

 慣れたつもりだった。多少のトンデモ発言なら、跳ね返す自信がついたはずだった。しかしさすがにこれは予想の斜め上をいっていた。跳ね返すどころか、どう受け止めればいいのかもイマイチわからない。間六彦は、頭を抱えた。

「? どしたの?」

「いや、その質問がそもそもどしたの? なんだが……いったいどういう思考経路を辿って、そういう結論に至ったんだ?」

「え? いやふつうに?」

「そうか……」

 流石だ、といいかけてギリギリで留めた。いや別に言っても構わなかったとは思うが。

「それで……いや……まぁいい」

「いいって、好きってこと?」

「……どちらでも、ない」

「またまたーテレッちゃってー」

 オイオイ、コレ、どちらに転がっても同じ結果にならないか?

 間六彦は、懊悩した。懊悩して、懊悩する無意味を悟った。なんだか無知の智のような高尚な気分を一瞬味わったが、気のせいだとすぐに理解する。

「まぁ……もうどうとでもしてくれ」

「間はさー、弥生についてどう思う?」

「唐突だな……不憫だと思うよ」

「? なんで?」

「いや……なんだか厄介なトラブルに巻き込まれているようだからな」

「そうなの? じゃ、柚恵は?」

「興味無しか……同胞、というところか」

「どーほー?」

「わかりやすく言えば、仲間という意味合いだ。同じ悩みを持ったもの同士の」

「へぇ……間、すごい変わった言葉知ってんね?」

「そうでもない」

「ならさ、ウチは?」

 瞬きを三回。

「お前は……」

「恋人?」

 ズガドゴンっ、と派手な音を立てて間六彦は軒下に墜落した。舞奈は目を点にして、こちらを見下ろしている。

「……だいじょうぶ?」

「あぁ……大事ない」

 間六彦は立ち上がり、再度軒先に座り込んだ。舞奈は疑問符を浮かべ、こちらを窺っている。失態だった。いい加減、この子にも慣れなくてははならないと思う。

「恋人、ではないな。そうだなお前は――」

「高嶺の花?」

「……お前、俺に喋らせようという気はあるのか?」

「あるけど?」

「いや、もういい……そうだな、あえていえば学友というところか」

「友達、ってこと?」

「そんなとこだ」

「なんとも思ってないってこと?」

 不意に舞奈は立ち上がり、こちらの眼前に身体をかがめて、覗き込んでいた。

「なにを言っているんだ、お前は?」

 肩越しに見える満月が、やたらと眩しいと思った。

「ウチのこと、なんとも思ってないってこと?」

「好きだ、愛してるとでも言って欲しいのか?」

「不憫で、どーほーで、ガクユーは無いんじゃない?」

 意図が、読めなかった。

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