傷つき諦めた同胞
みの虫くねくね
柚恵の朝は、実のところいつもギリギリだったりした。
「……くぁ、ねむぅい」
寝る時と同じうつ伏せの体勢で、下半身だけウネウネと上下させてまるで芋虫のようにして布団から脱出する。そのまま立ち上がることなく、入口に向けて匍匐の如く前進していく。途中様々な障害が立ちふさがった。雑誌にラノベに漫画にアニメDVDにゲームの空き箱同人誌フィギュアグッズetc etc……それらを薙ぎ倒し、柚恵はリビングに向かう。ちなみに柚恵の睡眠時間は平均4時間。
「ママぁ、パパぁ……おはようぅ」
パジャマ姿でしかもみの虫状態で、柚恵はリビングに現れる。普通だったら張り倒されても不思議では怠惰っぷり。
「あら、柚恵ちゃんは今日もみの虫ねぇ」「まったく、柚恵はだらしないなぁ」
柚恵の両親は諌めさえせずいつもの風景と、笑顔で朝食を取り続けた。この子にしてこの親あり。柚恵はそこでようやく人型を形成し、
「あはは、ごめんねぇ。おぉ、今日も朝ごはん、美味しそうだねぇ?」
「美味しいわよぉ? 早く食べなさぁい?」「ちゃんと手を、洗ってなぁ?」
「はぁい」
しっかり薬用石鹸ミューズで手を洗い、食卓についてゴーヤチャンプルーを口に運んだ。その苦みで、意識がはっきりとしていく。うん、今日もいい感じぃ。
「おぉいしいねぇ」
「まぁまぁ、お粗末さまぁ」「柚恵は礼儀正しいなぁ」
いつもニコニコ柔らかく微笑み、こんなゆったりな自分のペースを咎めもせず一日6時間以上をオタク趣味に費やしてなお優しく見守ってくれる両親を、柚恵は大好きだった。
イジめられて心折れそうな時ただ見守ってくれた両親に、心から感謝していた。
そしていつもの、待ち合わせ場所へ。
「おはよう、まいにゃあ」
「ヴぅ……お、オハ」
今日も今日とて舞奈は、とてつもなく眠そうだった。目を瞑り、ぐらーん、ぐらーん、と頭を振りながらこちらへやってくる。半分ゾンビ、反射的にバスターしそうになる。
「うぅ~……舞奈、どこぉ?」
「コっココっコぉ」
半分ニワトリのようなマネで手を叩き、呼び寄せ、差し出された両手をしっかりキャッチ。
「あ"ー、あとは……ヨロ」
ガクッ、と力が抜け、あとはただ柚恵のあとにつき足を送るだけの人形と化す舞奈。このまま学校まで送ってもらおうという腹積もりなのだ、我が友ながら本当にダメな子。
「舞奈ちゃんはぁ、相変わらずだねぇ」
「んー……あと、でぇ」
しばらくすると、健やかな寝息が聞こえ出す。柚恵は話しかけることを止め、ただ歩くことに集中する。考え事をしていれば、時間なんてあっという間に過ぎ去っていく。
そしていつもの交差点。見知った顔に、声をかける。
「あぁ、弥生ちゃぁん、おはよ――」
一陣の風が、手を挙げた脇を通り過ぎていった。
「起きろ猫又」
ゴン、という鈍い音とともに弥生のドロップキックが、こっくりこっくり船を漕ぐ舞奈の顔面に、直撃する。
それに舞奈の上半身はスローモーションのたわめき、遠くに吹き飛んでいった。
柚恵が、諭す。
「ダメだよぉ、やよよん? 朝から、お暴力はぁ?」
「うん、ゴメン」
「ウチに謝って!!」
悲痛な叫びだった。即・立ち上がりこそしたものの鼻血は吹いてるし全身砂だらけだし目の幅涙だし、なんか不憫ではあったが止めようという気だけは起きなかったうん不思議。
「あー、ごめん?」
「なんで疑問系!? ただ健全に登校してただけで顔面ドロップキック喰らって二年前に生き別れたおばあちゃんと再開することになるなんて思わなかったわ殺す気!?」
「あはは、よくわかってんじゃん」
「確信犯っ!?」
相変わらずのやり取りに、柚恵は微笑む。やっぱりこの二人は楽しい。漫画並みのテンションの高さ、天然のボケとツッコミ、自分には無いものだった。
「あはははは……って、アレぇ?」
そこでふと、柚恵はあることに気づいた。
「やよよん。今日はろっくん、どうしたのぉ?」
いつも一緒に登校していたの間六彦の姿が、どこを探しても見当たらなかった。
「あー……そーいえば、今日はちょっと忘れちゃってたなー」
奇妙な言葉だった。
「え、そうなのぉ?」
軽く、ジャブを放ってみた。弥生の性格は、天衣無縫。やれと言われたらまずやらず、やりたいと思えばなにがあろうと遂行する。
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