霊能力
他の場所から合流してきた舞奈が、二人の叫び合いに驚き、怯えていた。それに二人揃って向き直り、それに気づいて顔を見合わせ、そして力いっぱい逸らした。
柚恵は、混乱の極みに陥っていた。どうしたらいいのか、まったくわからない。無力だった。助けたいと思っていたのに、結局なにも出来ない。そんな自分に失望し、絶望し、もう、もう――
ぱんっ、という快音がした。
痛みが追いつくまで、それが自分の頬から響いているものだと理解できなかった。
「…………え?」
「あ、ごめん」
目の前に、舞奈の顔だった。
「舞、奈……?」
「あ、うん舞奈、てかまいにゃあじゃないんだね?」
「なん、で……?」
「なんかあんた、頭パンクしそうな顔してたから」
「空気抜きか?」
後ろで、間六彦が笑っていた。それに柚恵は振り返り、そのあと舞奈の顔を見た。
「よし」
「なにが、よしぃ?」
「元の調子に戻ったじゃん?」
「そ……そういわれればぁ、そうかなぁ?」
言われてみれば、気持ちは落ち着いていた。それに、未だにやっぱり焦りそうにもなるが、考えて焦ってみてどうにかなるものでもないことも今なら、理解は出来る。
舞奈はそんな柚恵に表情を輝かせ、
「じゃ、行こっか」
「へ、どこにぃ?」
「秘密基地」
舞奈が秘密基地に向かおうとする心理を、理解はできなかった。もう何度も何度も調べた。なのに再び、なぜこの打ち切ろうとするタイミングでそこに向かおうとするのか? 間六彦もなにも言わないし。
着いてから、後悔した。
「あれ? いないわね?」
舞奈は、なんにも考えていなかった。柚恵は肩の力が抜けて、とりあえずテーブルに着いた。落ち着けようと、ちんすこうを口に運ぶ。
「あ、いた」
手をガブっ、と噛んでしまった。痛ったい。そのまま吸い寄せられるように、足が舞奈の方へと向かう。
秘密基地の、一番奥。石柱と石柱に挟まれる位置に、弥生が蹲っていた。
まさかこんな場所にいるだなんて、思ってもみなかった。
「…………」
ホッとした反面、どうしたらいいのかわからくて、怖くなかった。なんて声を掛ければいいのか――
「やっほ、グレープフルーツ姫。なにヘコんでんの?」
こういう時、舞奈は便利だと思ってしまった。ここはひとつ、任せてしまおう、うん。
「…………」
弥生は、ガン無視だった。やっぱり舞奈じゃダメだった。ここはやはり自分がやるしかない。
「やよ――」
「ゆえ」
自分の言葉を遮る形で、弥生が声を返していた。それに柚恵は、少し驚く。
けれどいつも通りを、心がけるようにした。
「な、なにかなぁ? 今日、やよよん学校休んじゃったからぁ、しんぱいでぇ――」
「柚恵、わたしさ、視えちゃってるんだよねー」
様子がおかしいことに気づいたのは、柚恵よりもちろん舞奈より先に――間六彦だった。
ふたりを引っ掴み、横に跳んだ。
「へ?」「うぇ!?」
同時――ふたりがいた地面が、"抉れた"。
ふたりは目を、疑った。
「な……」「へ? なに、陥没?」
切羽詰った柚恵とどこか気楽な舞奈を下ろし、弥生を視界の正面に、捉える。
「…………」
ひとつの疑念が生まれ、ふたりを見下ろした。ふたりは弥生しか、見ていなかった。それで間六彦は、確信した。
「俺しか、視えていないか――」
【六彦は、わたしの同類だからね】
声が、脳から直接聞こえたようだった。周りを窺うと、やはり反応はない。
つまりは自分も、そちら側だったという証拠に他ならない。
「そうか……それは光栄だと、言えばいいのか?」
【そう言ってもらえれば、わたしも嬉しいよ】
ニコリ、と笑い、突き出された右手が――こちらに伸びた。首を捻り、躱す。後ろの壁が、陥没した。驚いた二人が、こちらを向く。
「な、なに?」「ど、どうしたの?」
さすがの舞奈も、言葉に余裕が無かった。なるほど、これが見えなければポルターガイスト。霊の仕業といわれる原因の一端を垣間見た気がした。
「どうして、こうなった?」
事を始める前に、これだけは聞いておかなければならなかった。
弥生は、嗤っていた。
【わからない】
そして真っ直ぐに立ったまま、こちらに飛んできた。文字通り、投げられでもしたように宙を浮いて。これが空中浮遊というやつだろうかと、どこか冷静な頭で捉えていた。
まず一発、ぶん殴ってみるかと考えていた。今まで腕力に任せて、解決出来なかったことはない。確かに酒田Gの老獪さと捌きのうまさにはしてやられたが、それは別格だと勝手に解釈していた。
しかしその最初の一手が、叶わなかった。
「シッ」
呼気とともに、右の拳を振るった。しかしそれは空を切る。目の前にいた弥生が、なぜか頭上にいた。弥生が避けたわけではない。
自分が、一回転したのだ。
「うぉ!?」
【へへー】
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