アゲチャビせんせい
一応弁明しようとする間六彦だったが、
「なんだ、間六彦……やっぱ東京から来た都会のお坊ちゃまは、沖縄のド田舎教師の授業聞くより超絶美少女の神ノ島とお喋りしてるほうが楽しいって事か、え?」
安芸村がロリコンという噂は聞いたことがあったが、まさか弥生狙いだとは知らなかった。背筋が、ゾッとした。これは点数稼ぎのとばっちりというダブルパンチだった。
どうする、間?
「…………」
なにも言わない。
「……なんだその目は? 弁解のひとつも無いのか、あ? お前ひょっとして、オレを舐めてんのか?」
パスンパスン、と丸めた教科書で叩かれる。しかし間六彦は目を伏せ、なにも言い返さない。その表情は、まったくなにも表していない。
安芸村は、それが気に食わないようだった。
「そういえばお前、体力測定満点だったらしいな……そのせいか、あ? 運動神経なんてな、大人になれば関係ねーんだよ。それで神ノ島にイチャイチャされやがって……なんだコレは?」
ふと、安芸村はその手に握られた物体に気づき、手を伸ばした。
「――グレープフルーツ、だぁ? お前、コレ食う気か? ハハハ、ったくトンだヤンチャな坊ちゃんだな。
昼休みまで、待てや」
バチュ、という音がした。
安芸村は、グレープフルーツを床に叩きつけていた。
「けっ……オイ美化委員、あとでこれ片しとけよ。では授業に戻る。次の――」
教壇に戻る安芸村。ホント、サイテーだと思った。いつもウザいとは思ってるが、今日は明らかにやり過ぎだった。
たぶん、コンプレックスなのだと思う。モテてて、運動も出来て、しかも東京育ち。わからないでもない。
それと、怖いのだと思う。
「…………」
舞奈は最初感じていた印象を思い返していた。その、他を寄せ付けない視線、表情、そして雰囲気。なにを考えているのか、わからない。しかも絶対的な身体能力、トドメとばかりのパンチ力。
ひとは計り知れない人間と会ったとき、すり寄るか、迫害するかの二択だとこの前歴史で習った。その典型かもしれないな、と舞奈は考えていた。
「…………」
しばらく、間六彦は黙って板書に努めていた。それに周囲の視線は徐々に外れ、通常営業に戻っていく。
そのタイミングを見計らったように、間六彦は身を屈めた。
「?」
舞奈が首を傾げる中、間六彦は潰れ、床に弾けたグレープフルーツを、拾い上げた。それは何度も続き、小さな粒々の破片まで。あとは染み込んだ汁だけになったのを確認して、間六彦は膝に乗せたソレを――
「うぇ!?」
口に運んでいた。
そして、一言。なぜか小声のその内容が、じっと見つめる舞奈には理解出来てしまった。
「美味」
昼休みになって、舞奈は柚恵と弥生と三人で、間六彦と昼食を取ろうとしていた。といっても間六彦がひとりで食事を進めるところへ、勝手に承諾無く無理やり机をくっつけて食べるという流れだった。周りの視線が痛い。
準備が出来て早々、舞奈は言いたかったことを言った。
「まったく、なにやってんのよ?」
『――――』
しかしその呼びかけに、当人である間六彦も仕掛けた弥生も当然柚恵も反応さえせず、弁当箱の蓋を開け、各々勝手にパクパクと食事を始めていた。
プルプル、と舞奈は震える。
「ね……ねぇ、聞いてる?」
『…………』
誰ひとりとして、応えない。間六彦は玉子焼きを、弥生は肌色のモノを、柚恵はゴーヤチャンプルーを貪っていた。みんな尋常ならざる喰う気カッコ間違えカッコ空気で、舞奈は口をパクパクさせたあと――諦めて、自身の弁当箱を開けた。
「そういえばぁ、六彦くん。さっきはアゲチャビせんせいにぃ、やられちゃってたねぇ?」
「ちょっ、今ウチ言ってたんですけど!?」
必死の舞奈だったが、もちろん柚恵には軽く流された。間六彦も柚恵の言葉には箸を止め、
「……あげちゃび、先生か? それは一体どういう意味だ?」
「ハゲチャビンと掛けてんのよ、てかウチなんかはハゲ村って呼んでるけどね。あのせんせー、実際当て付けなのか別にイチャついてるわけでもないのに男女が話してるってだけで目の敵にして……」
「確かにやられてはいたが、大した問題でもないさ。あの柔らかい教科書でいくつか頭部をはたかれただけだからな」
「また無視っ!?」
「でも、六彦くん落ちたグレープフルーツ、拾って食べたよねぇ? 偉いねぇ、むかしからモノは大切にするほうなのぉ?」
「そのつもりではあるが……さすがに床に落ちたものまでは普段は手をつけないな。だが貰い物だし、失礼かと思ってな」
「……にしたって、潰れてんのよ? 汚な過ぎじゃない? そんなものまでワザワザ――」
「六彦くんは義理堅いねぇ」
「お願い無視しないでぇええっ!!」
「うるさい舞奈ッ!!」
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