みみがー
わっ、と当然の抗議をする舞奈を、弥生は一喝していた。それを見て六彦は、合掌する。舞奈は涙目で、疑問符を浮かべた。
「それで……なんで弥生は、ずっと黙ってんのよぉ?」
ぐすぐすしながら、舞奈は尋ねた。それに弥生は、やっぱり無視だった。なんか本格的に泣きそうだった、泣かないけど。舞奈にだって最低限のプライドってものがあった。
すると柚恵が、気づいた。
「あ、今日ミミガーの日なんだねぇ」
「そう、だから集中したいの」
それに間六彦は、興味を覚えた。
「……耳が、どうしたんだ?」
あのいつもフワフワしてた弥生が、集中力を高めている。しかも耳がどうのこうの。間六彦は気になり、ひょっこりと顔を覗かせた。
少し、血の気が引いた。
耳が、そこにあった。
「お前……なに、食べてるんだ?」
「耳だよ?」
ホントかよ。
弥生の口元からは、肌色で肉感というより人の耳を引きちぎったようなモノがべろん、と垂れていた。しかもまんま耳だという。
間六彦は期せずして、唾を飲み込んでいた。
「み、耳とは……なんの、耳だ?」
「豚の」
それにようやくホッ、と胸を撫で下ろした。ならよし。
「……いいん、だよな?」
「あれぇ六彦くん、ミミガー、知らないのぉ?」
柚恵の言葉に、間六彦は合点がいった。
「それはつまり――ミミガーという、郷土料理なのか?」
「あったりぃ、さすがはろくひこくぅん」
「恐悦至極。ご教授願えるか、石柿坂?」
「ほい」
とやり取りしていると、なぜか隣からひとつ、手づかみで渡された。感想、気持ち悪い。べちゃ、として、やはり生々しかった。これ、食べ物なのか?
「ミミガーってゆーのは、豚の耳ー」
弥生の説明は直接的過ぎて、なにも補足はしていなかった。その代わりのように柚恵が、
「豚の耳を焼いてぇ、毛をどかしてからぁ、茹でたものだよぉ。ポン酢と塩で食べるのが普通かなぁ? あ、でもたまにピーナッツ味噌とかでも食べるかもぉ?」
「ほう、興味深いな……どんな味がするんだ?」
「食べてみたらー?」
弥生の言葉に、手の中の耳がーもといミミガーを見た。一瞬躊躇し、一気に口に投げ入れた。男は度胸。
コリッ、コリ、音がした。
「これは……あれだな、軟骨に近いな?」
「わたし、コレ、好きなんだー」
すげーいい笑顔の弥生だった。まったくらしいといえばその通りなのだろうが。
と、見ると向かいで元気なくボソボソと食事する舞奈が箸で掴んでいるのは、ミートボールだった。
「手那毬、」
「……なに?」
「いや、お前は郷土料理じゃないんだな?」
「硬いのとか苦いの、キラいー」
「なるほど……」
三人いれば三人の好みがあるのは当然か。そう納得し、間六彦は似たような中身の弁当の続きに取り掛かろうとした。
「……なんで弥生のこと、責めないのよ?」
舞奈は、当初から抱いてた疑問をようやく、投げかけた。
シン、と静まり返った気がした。けれど実際は今までとなにも変わってはいなかった。舞奈がそう感じたのは、本人が踏み込んだ質問をした、という自覚があった為に他ならなかった。
間六彦は、気負いないよう様子でこちらを向いた。
舞奈は気づかず、微かに唾を飲み込んでいた。
「責める理由が、あるのか?」
「弥生がちょっかいかけてたから、ハゲ村に見つかって、怒られちゃったわけじゃん?」
「……気には、していないが?」
「だから?」
気にしてないから。大したことないから。だから弥生に追求することもない、ということなのか?
「いや、違うな。神ノ島が、俺のことを想って、してくれたことだからだ」
それに舞奈は、軽い衝撃を受けていた。
普通は経過や、キッカケは気にしないものだ。なにがどうであろうと結果的に被害をこうむったなら、責めるの、責められるのが当たり前だと思っていた。事実周りではそれが公然と行われている。
なのに――
「……なんだ?」
いつの間にか弥生が、間六彦の肩を叩いていた。それに振り返り、間六彦は尋ねていた。
「や・よ・い」
間六彦は、眉をひそめた。
「……なにを言っているんだ、お前は?」
「って呼んで欲しいなー、六彦には。ほら、わたしも六彦って呼んでるしー」
「……却下だ、というか勘弁しくれ」
「えー、どうしよっかなー?」
弥生はきゃっキャきゃっキャと、上機嫌だった。さらに柚恵まで、
「ろっくん、」
「……なんだ、石柿崎? というかろっくんとは一体――」
「ありがとうねぇ?」
「……なにがだ?」
「べぇつにぃ?」
楽しそうだった。コロコロ笑っている。
「――――」
舞奈だけその輪に入れず、ガツガツと弁当箱の続きをかき込んだ。そしてデザートに手を付けようとして、それがグレープフルーツだったことに動揺し、なにかを吹っ切るようにシャクっ、と齧る弾けた果汁が向かいに座る間六彦の目に入り、ゴシゴシ擦って辺りを見回していたので、黙ってグレープフルーツ姫のせいにすることに決めた。
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