まいにゃあはダメな子だねぇ

 切なかった。

「……ほう」

 近くで、嘆息するような音を聞いた。

 それに弥生は、無意識に視線を向けていた。そこにいたのは、やはり間六彦だった。なぜか、来るとは思っていた。根拠は、ないが。

「……ろくひこ」

「ああ、久しぶりだな」

「…………」

 見当違いの呼びかけにも、弥生は変化を見せない。そして再度、空を見上げる。まるで時が、凍り付いたかのように感じていた。

「返事もなしとは、寂しいことだな」

 特に気にもしていないような声に、弥生は再度間六彦に視線を落とした。気持ちは、冬の日の湖面のように真っ平らだった。

「――なに?」

「いきなりいなくなるな、バカ」

 とつぜんの叱責に、弥生は少し驚いたように目を点にした後、ふと感情が点り出し――

「……あ、うん。ゴメン」

「どうした? 疲れたのか?」

 間六彦に、なにか変わっている様子は無かった。いつも通りだ。いつも通り過ぎた。

 今の自分を見たというのに、まったく気にしている様子は無かった。

「……ううん、疲れてない。けど、あの……あのね?」

「なんだ?」

 その笑顔に、まったく見て取れる裏は無かった。

 なぜかわからず、ただ弥生は瞳を揺らした。

「その……聞かないの?」

「なにをだ?」

「や……いま、なにしてた、ってー」

「聞いて欲しいのか?」

「え……ど、どーかなー?」

「俺は、どちらでもいいぞ?」

 選択権を、こちらに委ねられた。

 それは弥生にとって、初めてに近い出来事だった。

「…………そう、なら、」

 望む言葉を、吐こうと思っていた。

「あ、いた。おーいグレープフルーツ姫ー」

 絶好のタイミングで、舞奈の声が響き渡った。見ると、間六彦の肩越しに、舞奈が先に立って柚恵、酒田じいさんがこちらに向かってくるところだった。どうやら心配を掛けたようだ。言い訳を考えてるうちに先頭の舞奈が目の前まできて、

「なにやってたのよ……とは聞かないぞ?」

「それはココで――――って、ハ?」

 用意していた説明を披露しようとしたら、後半の文章がおかしかった。

 舞奈はふんぞり返り、大威張りだった。

「ふっふっふー……てっきりなにしてたのか聞かれるとかって思ってたでしょう? 甘い甘い、それこそ隙アリだっての、わかるかね? 我々生粋の沖縄美少女っていうのは、いついかなる時でも油断してはならないのだよ。というわけで、今回はウチの勝ちー! イェーイっ!」

「…………」

 勝ち名乗りをあげて右こぶしを突き上げる舞奈を、みんな何も言わずに見つめていた。しばらくしてから弥生は胸元からグレープフルーツを取り出し、齧り、ボタボタと果汁を地面に零す。柚恵はそれをニコニコと見つめ、間六彦は鳥でも見つけたのか空を見上げ、酒田じいさんはフガフガ入れ歯を震わせ――10秒経過。

「なんか言ってよっ!!」

 弥生は、肩の力が抜けるを通り越し、全身が萎びる想いだった。心からどうでもいいわ。

「……前から思ってるけど、舞奈のその勝負って、なんなの?」

 ややイライラして尋ねると、舞奈はえ? え? と視線を彷徨わせる。

「う……ウチたちみたいな生粋の沖縄美、美少女、は――」

「ハ? 誰、がっ? 美少女ッ?」

「う、うぅ……ご、ごめ~ん」

 問い詰めると、舞奈はいつものように半泣きしだした。それにハァ、とため息を吐く。だったらやんなきゃいいのに。

「……別に、謝ってなんて言ってないけど? ただ、舞奈は自分のこと沖縄美少女って思ってるのかなー、って聞いてるだけなんだけどー?」

「うぅ……柚恵ぇ、弥生が恐いよよよぉ」

 傍の柚恵に、抱きつくってか泣きつく。それに弥生はぷん、と腕組みしてそっぽを向き、グレープフルーツを食べる。柚恵は舞奈の頭を撫でつつ、

「よしよし、まいにゃあはダメな子だねぇ」

「今回それは酷いよよよよぉぉぉ」

「でもぉ、今回はまいにゃあが悪いかなぁ……せぇっかくやよよん、ろっくんといい雰囲気になってたんだしぃ!」

「ぶっ!!」

 とつぜんの言葉に、弥生は思わずグレープフルーツの汁を吹き出した。それは向かいに立っていた酒田じいさんの瞳にビチャッ、と吸いこまれていった。

「し、染みたんじゃあコレゃ――――――――っ!」

「ちょっ、柚恵なに言ってんのよ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る