酒田G
目を覆いもがき苦しむ酒田じいさんを放っぽって、弥生は柚恵に噛みつく。訳がわからない舞奈は、ただ怯える。
「え? なに? へ? てか酒田じぃちゃん、え? え?」「あびゃら――――っ!」
柚恵だけが、いつもの調子だった。
「えぇ、なんでぇ? だってやよよん、ろっくんのこと好きでしょお?」
「はァ!?」
断定され、怒りが湧き起こっていた。なぜそうなるのか、意味がわからない。というか柚恵がそういうノリを見せてくること事態初めてだったので、戸惑いもたぶんにあった。
自分が、間六彦のことを好き――?
「なわけじゃいじゃんッ!!」
「えぇ、違うのやよよぉん? ていうかぁ、ちょっと噛んでるよぉ?」
「やっ、ちがっ……!」
「じゃあ、嫌いなのぉ?」
「って、そーゆーわけじゃ――」
「じゃあそういうのぉ、好きっていわないかなぁ?」
「はァ? てかなんでそーゆー単純な話に……!」
わからなかった、なぜそういう展開に持っていこうとするのか。今まで七年近い付き合いで、こんな事言うのは初めてのことだった。
柚恵はなお、笑みを崩さなかった。
「単純じゃ、ないよぉ? ただ単にぃ、文章的に必然そうなるんじゃないかなぁ? って言ってるだけだよぉ」
「……なにそれ? 柚恵、そんなにわたしに六彦が好きって言わせたいわけ?」
「そんなことぉ、ないよぉ? ただぁ、やよよんはもうすこぉし素直になったらぁ可愛くぅ、幸せになれるんじゃないかなぁ、って思っただけだよぉ?」
「ッ! ムカ……」
許容範囲を、越えた。
弥生は一歩、踏み出した。
「はぁい、はぁい、お嬢さん方ぁあ落ち着きなされぇえ」
そこに横から、グレープ汁地獄から復活した酒田じいさんが、割って入ってきた。それに弥生は機先を制され、
「さ、酒田G……」
「はぁい、酒田Gじゃぞぉう。やよよんちゃん、お久しぶりじゃのう、元気しとったかぁい?」
「う、うん……げんき」
「そぉかいそぉかい、そりゃあ、なによりじゃぁい。紅芋ぉ、食ってくかぁい?」
「う、うん……」
弥生は落ち着きを取り戻し、酒田じいさんについていく。それを柚恵にしがみつきビクビク震えていた舞奈は、
「……どうしたの、弥生のヤツ?」
「どうしちゃったんだろうねぇ、やよよんはぁ」
微笑み、柚恵はその場にいたもうひとりと、視線を合わせた。
「ねぇ、ろっきゅん?」
間六彦は腕を組み、難しい顔をしていた。
「いや……というかそのきゅん、というのは如何なる意味なのだ?」
「えぇ、萌える男の子に対して使う、ゆえたちの世界の住人の、尊称だよぉ? あ、男の子っていってもぉ、男の娘じゃないよぉ、やだぁキャハハっ」
柚恵は二次の話題に花を咲かせ、キャラ崩壊を起こしかけていた。それに間六彦はこめかみを痙攣させる。
「いや、その、そういう分野に関しては俺からはなんともいえんが……さっきのは、なぜあのようなことを言ったんだ?」
「え? ん~」
それに柚恵は珍しく、企んでます的なニヤニヤ笑いを浮かべた。間六彦は、眉をひそめる。これはひょっとして――
「……ひょっとしてなにか、演じているのか?」
「そうだ、YO! いわゆる変身願望だ、YO! 実HA、普段は見せてなかったけDO、そういう願望はあるんだYO!」
とつぜんのラップ調、そしてくねくね気持ち悪い動きだった。間六彦は少しだけ醒めた目でソレを見つめ、
「……ラッパーに憧れてたのか?」
「いやぁ、違うけどねぇ」
「違うのか」
いわゆるこちらも通常のツッコミなどが出来ないが故の、不毛なやり取りだった。柚恵はニコっと笑って、ノリを元に戻した。
「ゆえが憧れるのはぁ、やっぱりお姫さまとかぁ、少女マンガとかで主人公の親友役やってて色んな悪友とかクラスメイトとか部活のライバルとかが恋仲を邪魔しようとするのを圧倒的カリスマ性で一刀両断しちゃうようなキャラとかがぁ、好きかなぁ」
「なかなか豪気なキャラが好みのようだな」
「うん、ゆえはねぇ――」
「ねえ?」
そこで突然、ふたりの間から声が上がった。間六彦と柚恵揃って、視線を向ける。
「……ふたりとも、ウチのこと見えてないわけじゃ、ないよね?」
「あ……あぁ、それはもちろん」「そ……そんなわけないよぉ、やだなぁ、あはは」
「え? ほ、ホント?」
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